動物の世界観に憧れて
人間だと、ちょっと生きづらくてね。
わかりやすい動物の世界に羨ましさを感じる。
殺すか、殺されるか。
食うか、食われるか。
殺したもん勝ち。
食ったもん勝ち。
なんてわかりやすいんだ。
真っ向勝負あり、不意打ちあり、罠にかけるもあり、集団攻撃あり……。
まぁ、殺すため食うためなら何でもあり。
殺されるだけでなく食われるところが良い。
人間は殺し合いはあっても、その殺した人間を食うという文化が無い。
だから新鮮に映るのだろうか……。
殺したあと、部位を食いつまむのもいいけど、やっぱり丸飲みがグッとくる。
殺すと食うを同時進行。
たまらないよ。
もし、私が動物だったら勝者になれただろうか……。
おそらくなれなかっただろう。
敗れ去り、無惨に殺され、食われてしまっただろう。
気が付いたら骨だけになり、風にさらされている。
人間社会という甘い社会で、家族なし、友人なし、恋人なし、結婚なし、子供なしで終わったゴミなんて、能力至上主義の動物社会だったら、真っ先に殺されて食われていただろう。
生きるためには誰かの奴隷になるしかなかっただろう。
実は、人間社会もそれほど変わりはない。
軍事独裁国家なら、全く同じと言ってもいい。
ただ、民主制を売りにする先進国だと、ちょっと違う。
弱い者・能力のない者を踏み台にする構図は変わらないが、殺したり奴隷にしたりするのではなく、飼いならすというところがね。
私は社会に飼いならされている。
人間社会の底辺で、その日暮らしを何十年も続けて、最後は無縁仏に眠る。
なぜ、才能に恵まれなかったのだろう……。
一度生まれてしまうと、もう、何も変えられない。
私は敗北者の側に生まれた。
こちら側にいない人間たちは、その立場に陥ったのは、努力・我慢・行動・ポジティブ・ネガティブ・前向き・後向き・プラス・マイナス・諦める・諦めない……の問題だと決めつける。
そりゃそうだろう、そいつらは、そういう運命のもとに生まれてなければ、そういう立場に立つこともないのだから……。
立てばわかるよ、人間の力ではどうすることもできないということがね。
『本当の孤独』に陥ったのは不可抗力であって、私のせいではない。
この世に誰もいない世界で、人間がどういう壊れ方をするか、体験してみるのもいいだろう。
もう、疲れたよ。
動物の世界のように、合法的に殺され、または、殺せる世界で生きてみたかった。
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