三途の川のほとり

見慣れた光景に葛藤を覚える。

私は、三途の川のほとりで、船の管理をしている。

なぜか……、三途の川を渡った『あの世』の入口側でだ。

『あの世』とは、死後の世界のこと……。

なぜ、私がここにいるかって?

ここで産み落とされたからだよ。

生まれたときから、ずっと、ここで暮らしてきた。


船は一方通行で、こちらから向こう岸に行くことはできない。

私は、この場所からずっと……、過ぎゆく時間とともに、向こう側の世界を眺めてきた。

そこでは、人々が人生を謳歌していた。

家族との団欒の日々、友人と語らいながら飲み明かしたり、恋人とデートやセックスを重ねて愛を育んだり、結婚をして祝福されたり、子供が生まれて生きる意味に気づかされたり……。

人々は、常に、人の輪の中で、笑顔を浮かべていた。


どれほどの時間が流れただろう。

私は向こうの世界を、ずっと眺めているだけだった……、ただ、何もできずに……。

ここにいても、奴らと同じように歳を重ねてしまう。

私は死ぬためだけに生まれたのか?

ああ、そうだ……、考えても仕方がない……、私は『あの世』の入口にいるのだから……。

ここでは、どうすることもできない。

ただ、眺めていることしかできない。

見慣れた景色なのに、なぜか葛藤を感じるんだ。

どうにかして向こう岸まで行けないものかと……。

いろいろと試してはみたものの、結局、不可能だとわかったんだよ。


三途の川は仏教の話ではない。

これは世界中のあらゆる宗教・神話・慣習に登場する。

要するに、向こう岸に行けないのは世界共通なんだよ。

問題は『なぜ、初めからこちらの世界にいるのか』ということだ。

今日も向こう岸からたくさんの人間たちがやってきた。

安らぎに満ちたこの表情は、人生をやりきったという充実感の表れだろうか?

ああ……、近いようで遠い、向こう岸……。

そして、その先にある世界……。


ああ……、たった一度でいいから……、そっちの世界の輪に入りたかった。

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