パイロット 【短編】

あの日、乗客乗員500名を乗せた飛行機が離陸した。

空港のカメラには、その離陸時の映像が記録されているが、残念ながら、その機を見たのは、それが最後だった。


離陸後、しばらくして、機内では奇妙なアナウンスが流れていた。

「機長より乗客のみなさまへお伝えします。当機は到着予定時刻よりも早く目的地に到着することになりそうです。なぜなら目的地を変更したからです。目的地の名前は、死の世界です。今から10000メートル下の岩山に激突して木端微塵に砕け散ろうと思います。苦しすぎた人生とようやくお別れができます。あっ、そうそう、あなたたちは、ただの道連れです。飛行機なんか、ある程度、良い人生を送っていないと乗る機会なんてないしね。恋する男女のみなさま、家族連れのみなさま、出張帰りの大手企業のみなさま、新幹線が開通したことで航空便が廃止されるのを恐れて公務員は全員飛行機移動が必須となっているクソ自治体所属の公務員のみなさま、暴れてください、泣いてください、叫んでください、怒ってください、まもなく死んでもらいます。残りの時間はわずかです。さぁ、人間の本性をさらけ出しなさい。家族と最後の思い出作りに励むのもよし、美女を心ゆくまでレイプするのもよし、私を殺しに来るのもよし、悔いが残らないようにせいぜい頑張ってね」

機内は騒然としていた。

いったい何を言っているのか?

何の冗談か?

複雑な表情を浮かべる乗客でいっぱいだった。

だが……、次の瞬間、それが事実であることを思い知る。

飛行機が、まるでジェットコースターに乗っているかのように傾き始めた。

垂直落下である。

「キャアアアアアアアア」

悲鳴が上がった。

「機長より、最後のメッセージです。まもなく死の世界へ到着します。ベルトは締めなくていいですよ、どうせ死ぬんですから……。着陸ではなく、木端微塵になるんです。死体すら残りません。消滅するのです。振り返れば、私の人生は苦しみしかなかった……。地獄でした。存在価値を感じることすらできなかった。私は、この30年間、仕事と拘禁施設以外で誰かと過ごしたり会話したりした時間の合計が、全部足しても24時間いかない。この10年に至っては、それが1秒も更新されていない。家族なし、友人なし、恋人なし、結婚なし、子供なしで、1回きりの人生は終わってしまった。日本人は自分さえ良ければ他人がどうなろうが知ったこっちゃない民族で、恵まれた環境でヌクヌクと生きてきた被害妄想者と、不幸の背比べをして意地でも勝とうとしたがるクソガキしかいない……。私はこの歳まで、それ以外の日本人を見たことがない。どうして、この国の人間は、こんなゴミしかいないのでしょう?当たり前のように家族がいて、当たり前のように住む家があって、当たり前のように友人がいて、当たり前のように恋人がいて、当たり前のように結婚できて、当たり前のように子供がいる、または、そのどれか一つでも経験したことがある恵まれた人生ばかり……。家族主義国家日本で天涯孤独になるということが、どれほどの困難か、誰にわかるでしょう?保証人がいないというだけで、どれほど理不尽に追い詰められるか、誰にわかるでしょう?家族観を失うと、『生涯、誰とも出会えない』という現実を知ることになるけど、それがどれほどの苦しみで、どれほどの絶望で、どれほどの無念か、誰にわかるでしょう?わかるわけないですよね、お前ら、クソ日本人どもには……。お前らは、私のような天涯孤独に向かって「普段の煩わしい人間関係から解放されたお気楽な1人暮らしをしている奴……」「独りの方がいい……」などと言って、すぐに不幸の背比べを仕掛けて勝とうとしてくる。ここが『生きられない世界』だなんて誰も思わない。本当の孤独を知る人間なんて、どこにもいない。だから、私の叫びなど誰にも届かない。日本人は自分が全て。他人の人生には全く興味がない。気づかないうちに地面の蟻を踏み殺しているのと同じで、私の存在と窮状には気づきもしない。私は生きていく中で、元受刑者、元路上生活者、元精神病棟患者……など、様々な肩書がついた。そんな私が見ている景色なんか、誰にも見えない。好きでこんな人間に生まれたんじゃない、好きであんな環境で生まれ育ったわけではない、好きでこんな人生を送ったんじゃない……、どうにもならないほどに、どうにもならなかった。どいつもこいつも私と同じ才能に生まれていない。同じ環境で育っていない……。言葉が通じた人間なんて1人もいない。だから、最後に、私の苦しみを、身を持って味わってもらうことにした。だって、それしか私の苦しみを伝える方法が無いのだから……。私を孤独の世界に閉じ込めた日本社会への復讐とでも言うべきか……。短い1回きりの人生を、こんな形で終えた現実に、私は耐えられない。孤独とは、ありとあらゆる人間関係が断ち切れた世界で、生きる意味・気力・目的・希望を失い、廃人になることです。もし、そうなっていないのなら、それは孤独ではありません。ただの被害妄想です。だから、ほぼ全ての日本人は被害妄想者です。どいつもこいつも「努力・我慢・行動・ポジティブ・ネガティブ・前向き・後向き・プラス思考・マイナス思考・諦める・諦めない・強い・弱い……」などという薄っぺらい言葉を使って、何でもかんでも自分の力で勝ち得たことにしたがる。まあ、よくもぬけぬけと……と思うね。廃人になったらそんな言葉は死語になるのに……。人生は、持って生まれた才能(外見・性格・身体的能力・知能指数(IQ))と、親や監護者にどういう環境でどう育てられたかという他者啓発で決まる。恵まれ過ぎているお前らにはそれがわからない。廃人になるという不可抗力の道を進む中で出来上がった無気力を、「努力不足・我慢不足・行動不足・ネガティブ・マイナス思考・諦める・弱い……」などという薄っぺらい言葉で見下されたらたまらない。お前たちが当たり前のように手にしている生き甲斐という言葉なんて、強制的に廃人にさせられた私には、命を懸けても全財産を使っても手に入らない。家族主義国家日本では、才能の無い天涯孤独は詰む。どうすることもできない。私は、彼女1人作れずにこの世を去らなければならない。たった1回のデートすらできなかった。もちろん、セックス経験もない。何もできずに終わった。出会えない運命と人生が死ぬほど悔しい。生まれる前に全てが決まると言うのなら、これほどの無念はない。私は声を大にして「同じ人生を送ってみろ!」と言いたいのです。だが、それは叶わないので、最後に、私が味わった孤独がどれほどの苦しみかをわかっていただければ……と思う。激突までの数分間、お前たちゴミ日本人へ向けて、私から死の呪文を唱えてあげますね。いきますよ。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねええええええ、終わりだぁぁぁぁぁ、ざまぁぁぁみろぉぉぉぉぉ」

ボイスレコーダーの記録は、ここで途切れていた。

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