すれ違いざまに何を思う?(隣人のセックスが生み出す奇妙な距離感)

ここは、マンションの一室……、1Kの私の部屋だ。

私は、壁に耳を当てている。

隣の部屋で、恋する男女がセックスをしているからね。


音への耐性は、ある方だと思う。

精神が安定しているときなら……という条件は付くけど。

怒鳴っていようが、音楽をガンガンにかけていようが、洗濯機や掃除機などの生活音がうるさかろうが、室外機のプロペラがぶっ壊れてアホみたいな音を出していようが、気にならない。

もう、慣れている。

拘置所と刑務所で、高齢受刑者たちのイビキと、怒鳴り散らすような寝言を山のように聞いているからね。

慣れてしまえば、適応できてしまう。


だけど、セックスしているときの女のあえぎ声だけは、どうしても気になって仕方がない。

だから、反射的に壁に耳を当ててしまう。

終わるまでずっと聞いている情けない絵づらは、神様にしか見られていない。

声が聞こえなくなったとき、私はスーッと壁から離れる。

そのあとが、何とも虚しい気持ちになる。


私より遥かに年下の男女が送っている人生と、この30年間、この世に会話の相手とメールの相手が1人もいない人生との落差が、心に刺さる。

私の1回きりの人生は何だったのか?

まぁ、私も『本当の孤独』に耐えられずに、この部屋で発狂したりしてるから、隣の部屋に私の声は聞こえているだろう。


そんな、声しか知らない隣人との距離感の中、年に1回あるかないかだけど、出かけるタイミングが同じということがある。

玄関前で、バッタリだ。

こいつがあの声の主か……と、お互いが思った瞬間、それぞれの進行方向が真逆だったため、その場ですれ違った。

私は振り返らない。

だけど、女は振り返る。

建物の壁の反射で見えるからね。

お前、私の背中を見て、何を思ったんだ?

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