中学生の職場体験

中学生の職場体験なんて、私の時代には無かった。

これが始まった当時、私は、ある県で一番大きい書店の店長だった。

そもそも、中学生で、これをやる意味がわからない。

なんで高校生のインターンシップにしないのか?

それなら、普通にバイト扱いにできるのに……。


3人の受け入れが決まり、さて、どうしようか?

やらせる仕事なんか何も無い。

接客系の仕事で、中学生でも出来る簡単なルーティンワークなんか無い。

しかも、当時の私は、家族なし、友人なし、恋人なし、結婚なし、子供なしの人生が確定しようとしていた頃だったので、精神的にかなり不安定だった。

そんな状態で、子供たちの相手を10日間も一緒に過ごすのは、絶対に無理だった。

このとき、すでに、大量の薬を使わないと人格維持ができない状態だった。


中学生からしたら、私の存在は、それなりに大人で、社会的地位もあって、お父さん的なイメージなのだろう。

私は、そういう自分で居続けなければならないというプレッシャーに襲われていた。

人間の負の素性なんて、どんなに隠していても見抜かれる。

同年代の幸せと成長から取り残された幼い人間性なんか、隠しようがない。

中学生からしたら、こんな授業を受けなければならない学年と、受けなくて済む学年の線引きが、嬉しいやら悲しいやら……、なのだろうけど、こっちだって同じくらいの苦痛があった。


私の中学生時代は、一学年上は全員坊主、私の学年からは髪型の制限は無くなった。

いつの時代も何らかの線引きはあるな……と、改めて思った。


この仕事で責任者になってから、すでに100人以上の新入社員・パート・学生アルバイトを教えてきたけど、負の素性に対する不安は常に付きまとった。

会社には「中学生に、おカネを触らせるな」と言われていたけど、無視してレジを覚えさせた。

自信というのは、結果が出ないと付かないからね。

3日間、サッカー、3日間、キャッシャー、残りの4日間は、1人でやってくれ!という形にした。

学校と契約しているカメラマンが写真を撮りに来たり、PTAが写真を撮りに来たりと……、あいつら、まるで見せ物だったな……。


ある年のこと……。

体験実習前に、何人もの先生が、私との事前打ち合わせのためにやって来た。

「この子は、ちょっと……」

「何か問題があったら連絡ください」

なんか、ヤバそうな子を引き受け入れることになった。

実際に会ってみると、まるで、中学生時代の自分を見ているような感じだった。

自殺寸前の……、誰とも会話できない系だ。

このまま成長したら、間違いなく引きこもり……。

私は家族崩壊したから、世の中に強制的に放り出されてしまったけど、通常、そんなことは起こらないからね。


親心じゃないけど、『出たトコ勝負』という言葉をこいつに叩き込んでやろうと、こっちも情け容赦なく接した。

震えながら接客をする姿は、ほとんど拷問に近かったけど、こいつ、毎日来ていたから、逆に驚いた。

親と学校と私との板挟みでメンタルは相当磨り減ったはず……。

こっちも、自殺するならするでいいよって感じで接していた。

結局、最終日までやり切った。

一人でレジができるようになったのだから、それなりに自信になったと思うけどなぁ。

あのあと、あいつはどんな人生になっていったのだろうか?


残念ながら、それから数年後に、私の方が壊れてしまったので、わからないね、人間って……。

人間……、弱い奴が死ぬのでなく、死ぬ運命の奴が死ぬ。

強いと言われている奴でも、許容以上の負荷がかかれば死ぬ。

私が情け容赦なかったのは、彼に、私の二の舞になってほしくなかったからだと思う。

そう偉そうに言ったところで、私の時代にこんな授業があったら、私は、おそらく、耐えられなかっただろう。

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