232 藤堂さんと偶然の再会

 四月になった。

 先月の下旬に伊東さんや斎藤さん、藤堂さんらが御陵衛士ごりょうえじとなって屯所を出て行ってしまったけれど、まだ、今まで通りみんないるような気がしてしまう。


 そんな中、気分転換に沖田さんを甘味屋へ誘ってみたけれど、あっさり袖にされてしまった。

 まさか、また体調が思わしくなくて避けられている? と不安が過るけれど、どうやら今回は違うみたいだった。

 どことなく怒っているようにも見えるその様子は、まぁ、思い当たる節があるのだけれど……。


 毎回断られ、この日もとぼとぼと部屋へ戻れば、そういえば、と土方さんが手にした筆を止めた。


「六月中には屯所を移転するぞ」

「え? 移転? ……引っ越すってことですか?」

「おう。今、西九条村(不動堂村)の方に建ててくれてる」


 ……ん? 建てているじゃなくて、建てている?


 思わず首を傾げれば、土方さんがニヤリと得意げに説明し始める。

 なんと、ここより広くてかなり立派な屯所を、西本願寺側が用意してくれているらしい。しかも、費用も全額負担してくれているという。

 もしかして……。


「また脅したんですか?」

「おまっ……馬鹿野郎!」


 避ける間もなくデコピンが飛んでくるけれど、百人以上もの隊士が同時に寝泊まり出来る屯所を建てるだなんて、費用は相当かかるはず。

 疎ましく思っているであろう新選組のために、そこまでしてくれるとは到底思えない。

 脅したわけじゃないのなら、一体どんな交渉をしたんだ?


 土方さん曰く、新しい屯所はウチが用意するからここから出て行ってくれ、ということらしい。

 いつだったか、境内で大砲をぶっぱなして屋根瓦が落ちたこともあったし? 今だって、相変わらず時々苦情が入ってくるみたいだし?

 迷惑をかけているのは知っていたけれど、まさかそこまでだったとは……。

 新しい屯所が楽しみな反面、何だかちょっと申し訳ない気分になるのだった。




 そんな中、隊士の一人が脱走した。

 撃剣師範も務めている人だったけれど、勤王思想が激しく、伊東さん率いる御陵衛士のところへ駆け込んだらしい。

 けれど、新選組と御陵衛士の間には、双方の行き来を禁ずるという約束を取り交わしている。


 それに、裏ではこっそり繋がっているので、脱走した隊士が伊東さんを頼り拒否されたことも、その後、京の町に潜伏していたことも、すぐに新選組の耳に入った。

 おかげで、脱走翌日には本満寺に潜伏していたところをあっさり発見、屯所へと連行され昼頃に切腹となったのだった。


 今回の隊士ほどではなくとも、烏合の衆である新選組の中には他にも勤王思想寄りの人たちはいる。

 きっと今回の切腹も、そういった人たちに対する“見せしめ”の意味を含んでいたのだと思う。




 そして、四月も下旬を過ぎた頃。

 私と非番の重なった沖田さんが、ようやく首を縦に振ってくれた。

 久しぶりに二人で甘味屋へ出かければ、店先の縁台に並んで腰掛け注文する。しばらくして、山盛りで運ばれてきたお団子をさっそく頬張る沖田さんに訊いてみた。


「まだ怒ってますか?」

「それは、労咳を打ち明けたこんな僕とも“一緒に遊んでくれる”、“頼っていい”と言ってくれたのに、僕を置いて御陵衛士へ行こうとしたことですか~? それとも、一番組副組長に任命したばっかりなのに、組頭の僕に何の相談もしないで御陵衛士へ行こうとしたことですか~? それとも、僕が引き留めてもまともな理由すら教えてくれないまま、御陵衛士へ行こうとしたことですか~? それとも~」

「……ご、ごめんなさいっ!」


 やっぱり怒っている!

 勢い良く頭を下げるも、さっきと変わらない声音が降ってくる。


「嫌だな~。どうして謝るんです~? 僕は怒ってなんかいないですよ~?」


 そうは言っても、恐る恐る顔を上げた先で私を見つめる怖いくらいの満面の笑みは、全くもってそうは言っていない!

 状況が状況だったとはいえ、沖田さんからすれば怒りたくもなるようなことをしたと思うし、何より、ようやく近藤さんにも全て打ち明けたというのに、いまだ沖田さんにだけは女であることさえ黙ったままというのが、もの凄く申し訳ないとも思うわけで……。


 言葉に詰まって再び下を向けば、沖田さんがプッと吹き出した。


「もう怒ってないですよ」

「ほ、本当ですか?」


 いや、待って。ということは、やっぱりそれまで怒っていたということじゃ……。


「拗ねてるだけですから~」

「……ご、ごめんなさい」

「冗談ですよ」


 そう楽しげに笑う沖田さんが、何か良からぬことを企む顔で、俯く私を覗き込んだ。


「今度、僕のお願いを一つ聞いてくれませんか? それで全部水に流してあげます」


 前にも似たようなやり取りをした気がする。

 いつだったか、私が武田さんに襲われてれていたところを助けてくれた代わりに、体調が悪いことを隠して池田屋へ討ち入りしたような?


 ここでうっかり頷いて、また体調を隠すことに使われたら困る。あの時と今とでは、状況も身体の状態も違うのだから。

 私の渋り具合から察したのか、沖田さんが急かすように決断を迫ってくるけれど、今回だけはどうしたって譲れない。


「えっと……体調に関するお願いに使うんだったらきけません」

「仕方ないですね~。じゃあ、体調に関係するお願いはしない、でもいいですよ」

「それでお願いします……」


 一体何をお願いされるのかと身構えるも、どうやら今すぐというわけではないらしい。

 ……って、だから無駄にねかせられると、とんでもないことを思いつくんじゃないかとヒヤヒヤするのだけれど!

 まぁ、いつもの沖田さんに戻ってくれたので、ひとまずはよしとお皿に手を伸ばせば、あんなにあったはずのお団子は、いつの間にやら残り僅かとなっていた。


「お、沖田さん?」

「早く食べないとなくなっちゃいますよ~?」

「なっ……」


 慌てて手を伸ばそうとしたところで、目の前の通りを懐かしい人の姿が横切った。


「あ……藤堂さんっ!」


 咄嗟に声をかければ、およそ一ヶ月ぶりの再会となる藤堂さんが立ち止まり振り返る。


「あれ……総司さんと春? 久しぶりだね。二人とも元気してた?」

「はい、お久しぶりです!」

「平助くんこそ、衛士の方はどうです~?」

「まぁまぁかな」


 苦笑いで答える藤堂さんに、立ち話も何なので隣に腰かけてもらった。

 お皿の上で、残り三本となっていたうちの一本をおすそ分けすれば、ちゃっかり沖田さんも手を伸ばしてくる。


「沖田さん、夜ご飯食べられなくなっちゃいますよ?」

「ん~、今日は僕の好きな献立じゃなかった気がするので――」

「好き嫌いしたらダメですっ!」


 全く、夕餉の時には残さないようちゃんと見張らないと!

 子供のように口を尖らせる沖田さんが、ふと、思い出したように藤堂さんに視線を移した。


「そういえば、平助くんたちは善立寺を屯所にしたんですか?」

「あー、いや。そこも仮の屯所ってところかな……」

「なるほど~。早く見つかるといいですね」


 御陵衛士が新選組の屯所を出て最初に向かったのは、城安寺だと聞いている。

 けれど、どうやらそこは一日で出ることになってしまったらしく、以降は、今も話に出た善立寺に身を寄せているという。

 とはいえ、ここもずっとはいられないようで、屯所になる場所を探さなければいけないのだと。

 そう話す藤堂さんが苦笑した。


「きっとさ、土方さんだったらすぐに決めちゃうんだろうね」

「あの人の場合、やると決めたら意地でもやりますからね~」

「でもさ、このご時世、多少の強引さも必要なのかなって痛感してるよ」


 まぁ、脅しは論外だけれど。いつまでも拠点となる場所が決まらないというのも、困っちゃうかもしれない。

 早く決まることを祈りつつ、時折お互いの近況報告を交えたりしながら話をした。

 気がつけば日も傾き始めていて、藤堂さんがおもむろに立ち上がった。


「そろそろ行かないと」

「あっ、長々引き止めちゃってごめんなさい」

「ううん。急ぎの用事があったわけじゃないからいいよ。こうやって話が出来るのはやっぱり楽しいし」


 でもさ、と付け加えた藤堂さんが、少し寂しそうな顔をした。


「いくら円満に分離したとはいえ、こんな風に今まで通り仲良く話すっていうのはさ……傍から見たら良くない気がするんだよね」


 それはつまり、もうこんな風に話をする機会もないということだろうか。

 確かに、双方の行き来を禁ずる約束はあるし、分離を快く思っていない人たちから見れば、面白くないかもしれない。

 藤堂さんの言わんとすることもわかるけれど、だからって、今までの関係まで壊れてしまうのは寂し過ぎる。


「今日は偶然会ったからつい話し込んじゃったけどさ、今後は――」

「なら問題ないじゃないですか~」

「……え?」


 立ち上がると同時に割って入った沖田さんの言葉に、藤堂さんが間抜けな声を上げた。


「偶然会えばいいだけじゃないですか~」

『……へ?』


 今度は私まで一緒に間抜けな声を上げてしまった。

 けれども沖田さんは、そんなことはお構いないしにニコニコと私の手を取り立ち上がらせる。


「春くん。ここの団子美味しかったですね~? また食べたいですよね~?」

「……はい。もちろん食べたいですけど……」

「じゃあ、しばらくはここへ通いましょうか。もしかしたら、また平助くんにも会えるかもしれませんしね~?」


 そう言って、沖田さんがチラリと視線をやった先で藤堂さんが苦笑した。


「総司さん、あからさま過ぎ」

「何がです~? 僕は春くんと次の約束をしているだけですよ~?」

「はいはい」


 呆れながらも堪えきれずに笑う藤堂さんが、でも……と、夕日を浴びながら微笑んだ。


「ここの団子美味しかったから、オレもまた食べに来ようかな」

「奇遇ですね~。僕らもここの団子が気に入ったんです。ねぇ、春くん?」

「はいっ! 絶対にまた食べに来ましょう!」


 沖田さんお得意の茶番劇の意図を読み取り便乗すれば、おかしくなって三人同時に吹き出した。

 しばらく笑いあえば、藤堂さんが目尻にたまった涙を指で拭ってから切り出す。


「じゃ、オレはそろそろ行くね」

「僕らもそろそろ帰りましょうか」

「はい」


 それじゃ、と言って背を向けあった。

 また今度、という確かな約束の言葉はないけれど、またここで会えるかもしれないと思えば、さっきまでの寂しさはもうなくなっていた。






*西本願寺の次に屯所地となったのは「不動堂村屯所」と言われていますが、近年、西本願寺の古文書の中に、移転先を「西九条村」とする記述が見つかったそうです。

 なので、本作でも「西九条村(不動堂村)」とさせていただきました。

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