233 菖蒲の節句と誕生日

 五月になった。

 そして、五日の今日は土方さんの誕生日だけれど、この時代、お正月にみんな一斉に年を取るから、誕生日を特別お祝いすることはない。

 それでも、土方さんは毎回私の誕生日をお祝いしてくれるので、私も土方さんの誕生日はお祝いするようにしている。

 いるのだけれど……異性へのプレゼントなんて父や兄にしかしたことがないせいで、毎回頭を悩ませている。

 今回も、悩みに悩んであるモノを用意しておいた。




 午前中の巡察を終えると、あるモノも準備して部屋へ戻った。

 午後は非番なので、土方さんの仕事が終わるのを待ってご飯をご馳走することになっているけれど、今はまだ溜まっている書状に追われているみたいなので、邪魔にならないよう用意してきた淹れたての熱いお茶とちまきを文机の端に置いた。


「よかったらどうぞ」

「おう。気が利くじゃねぇか」


 ありがとな、と書状を見つめたまま湯呑へと器用に手を伸ばすけれど、口元へ運んだところでピタリと動きを止めた。


「ん? 俺の湯呑じゃねぇぞ」

「勝手に新調してすみません。今日は土方さんの誕生日なので……お祝いにと思って……」


 土方さんからもらうプレゼントに比べたら、明らかにお手頃価格で申し訳ないけれど。

 こぼさないよう、手元でくるりと湯呑を回して土方さんが言う。


「梅の柄か」

「はい。買う時、菖蒲しょうぶの花柄も勧められて、紫色の綺麗な柄だったので凄く迷ったんですけど……」

「菖蒲? ああ、菖蒲の節句か。尚武しょうぶとも響きが同じで縁起がいいからな」

「……尚武?」


 そんなことも知らねぇのか? という視線が返ってきた。

 何となぁ~くわかるようなわからないような……いや、どうせよくわかっていないけれど!


「武を尊ぶとか重んじるって意味だ」

「……なるほど」


 何だか土方さんにぴったり?

 五月と言えば端午の節句、別名菖蒲の節句ともいうし。何なら土方さんが生まれたのも、ちょうどそんな日だし……。


「菖蒲にしとけばよかったですね……」

「そんな事ねぇさ」

「……変に気を使わなくいいです」


 まぁ、送り主を前にして、直接文句を言える人なんてなかなかいないと思うけれど。


「ちげぇよ。馬鹿」

「ふにゃ!?」


 バカ呼ばわりされたあげく、なぜか膨れているという理由から、片手でガバッと両頬を挟まれた。


「悩んでこれを選んでくれたんだろ? だったら何だって嬉しいに決まってるだろうが」

「ほんにゃほにょへぅか(そんなものですか)?」

「そんなも、ん……ぷっ」


 吹き出しついでに開放されたはいいけれど、自分でやっておきながら笑うとか!


「もう、来年は雑草にでもしましょうか! どこの採ってくるかはんで、喜んでちゃんと受け取ってくださいねっ!」


 何がおかしいのか、土方さんはますます大笑いするけれど、ありがとな、とそっぽを向く私の頭の上に手を置いた。

 誤魔化された気がしなくもないけれど、何となく気恥ずかしくて、そういえば、と文机の上に視線を移して話題を逸らす。


「端午の節句と言ったら柏餅だと思うんですけど……」


 新調した湯呑に合わせてお茶請けも買いに行けば、こっちがメインと言わんばかりに積み上げられたちまきを当たり前のように勧められ、形の珍しさも相まってこっちにしたわけだけれど……。


「ああ、こっちでは柏餅よりちまきが主流らしいからな」

「なるほど、そうなんですね」


 訊けば、どうやら江戸の方でも端午の節句と言えば柏餅なのだそう。

 つまり、東京に住んでいた私がすぐに柏餅を浮かべたということは、百五十年以上経ってもあの辺りでは、その流れを引き継いでいるということなのかもしれない。

 お雑煮の時の角餅や丸餅といい、地域あるあるだ。


「ほら、お前も食っとけ」


 そう言って、私にも一つ手渡してくれたので遠慮なく笹を捲っていくけれど……中から現れたのは、なぜか白いお団子だった。


「これ、何ですか?」

「おい。自分でちまきを買ってきたと言わなかったか?」


 うん、言った。お店の人もちまきだと言っていたし、私もちまきを買ってきたつもりだった。

 けれど、私が想像していたものと違う!

 そんなことはお構いなしに、端午の節句のちまきといえばこれなのだと言う。


「ったく、どんな生活してたんだ?」


 お茶とともにちまきを頬張りながらもの凄く呆れ顔をするけれど、私が想像したちまきとは、おこわに筍や干し椎茸などの具が入った中華ちまきだったんだもの!

 そりゃあね、形もよく知っている三角形とは違って細長い円錐形をしているし、珍しいなぁなんて思っていたのだけれど!


 ここはあえてちまきの話題には触れず黙って食べ始めれば、土方さんが面白がるように訊いてきた。


菖蒲湯しょうぶゆは知ってるか?」


 さすがにバカにし過ぎだろう。それくらい知っている。


「端午の節句に菖蒲をお風呂に入れて、邪気を払ったりするんですよね?」

「じゃあ、その菖蒲は?」

「……へ?」


 菖蒲は菖蒲では?

 ちょうど梅と迷った湯呑の柄を思い出し、紫色の花で……と告げてみれば、案の定と言わんばかりの顔で吹き出された。


「お前が想像してるのは花菖蒲だろう。菖蒲湯に入れるのはただの菖蒲だ」


 花菖蒲と菖蒲は葉の形がよく似ているだけの全くの別物で、花菖蒲をお風呂に入れることもなければ、菖蒲にあんな綺麗な花が咲くこともないらしい。

 思い返してみれば、菖蒲湯に浮いているのは長い葉っぱだけで、花が浮いていた記憶はない……。


 どんな生活してたんだ、と面白半分に本日二度目の台詞が飛び出すけれど。おそらく、これに関しては私が無知なだけな気がする……。

 下手な反論は墓穴を掘るだけになりそうで、大人しくちまきを頬張り土方さんの仕事をが終わるのを待つことにした。




 ちまきで小腹を満たしながら待てば、お昼過ぎにようやく土方さんの仕事もひと段落して、二人で外へ出た。

 五月に入ったばかりとはいえ、ここは旧暦、新暦とはずれがある。もうそろそろ梅雨の時期になるけれど、今日の空は気持ちがいいくらいよく晴れていた。

 天気いいな、と空を見上げて眩しそうに目を細める土方さんが、視線を道の先へと移して言う。


「飯の前に、新しい屯所の出来具合でも見に行ってみるか」

「はい!」


 ……といっても、屯所を出てまっすぐ南下すればすぐにつく。

 西本願寺側が費用全額負担で建ててくれているという新しい屯所は、まだ完成はしていない。

 けれど、広くてかなり立派な建物になりそうで、これなら幹部の部屋は当然個室だろうし、平隊士だって、今よりずっと広々と寝ることが出来そうだ。

 これはもしかしなくても、今度こそ私も一人部屋に?


「土方さん」

「ん?」

「新しい屯所では……」


 ……いや、これで一人部屋じゃなかったら、今から相当なダメージを受けることになる……。

 今日は土方さんの誕生日だというのに、テンションだださがりになっては申し訳ないので、部屋割りは凄く気になるけれど、引っ越し当日まで訊ねるのはやめておくことにした。




 新しい屯所をあとにすると、予定通りご飯をご馳走するため、普段は行かないようなちょっとお高いお店を目指す。

 日向を行けばすぐに暑いとさえ感じる日差しの中、ついさっきを見たからか、ふと、藤堂さんのことを思い出した。


「そういえば、藤堂さんたちが屯所代わりにしている場所なんですけど……」

「今は善立寺だったか」

「はい。そこも、いずれは出ていかなきゃいけないみたいですね」

「らしいな」


 方や新しい屯所を建設中、方や屯所を探し中……。

 そう考えると、素直に喜んでいいものか悩んでしまいそうだ。


「最初の城安寺なんて一日で出ただろ。頭はよく回る癖に、その辺の事はすっぽ抜けてのかねぇ」


 誰、なんて訊くまでもない。伊東さんのことだろう。

 とはいえ、御陵衛士として一緒に出て行った隊士は藤堂さんや斎藤さんを含め十数名もいる。

 今すぐに追い出されるわけではないだろうけれど……。


「信じてついて行った人たちは、ちょっと可哀そうですね」

「んなもん、自業自得だろ」


 ばっさりと切り捨てた!

 それどころか、俺だったらその辺り抜かりはねぇけどな、などとどこか得意げな顔で言い放った!


 けれどもまぁ、藤堂さんも同じようなことを言っていたし、実際、土方さんなら多少強引にでもやってのけそう……なんて思っていたら、横からデコピンが飛んできた。

 どうしてバレたのか!

 額を押さえて隣を見上げるも、藤堂さんの名前を出され文句は不発に終わってしまった。


「伊東さんはともかく、平助たちは元気にしてるといいな」

「あっ。藤堂さんなら、いつも通り元気そうでしたよ」

「何だ、会ったのか?」

「はい。沖田さんと甘味屋へ行った時、に……って、ぐ、偶然ですけどっ!」


 今となっては新選組と御陵衛士。あの時は確かに偶然会ったとはいえ、お団子を食べながら長話をしただなんて、大きな声で言っていいものかどうか。

 けれども私の心配はよそに、そうか、と土方さんはホッとした顔を見せた。


「怒らないんですか?」

「偶然会うことくらいあるだろ」

「……ぐ、偶然ならいいんですか?」


 なぜなら、今後もがあるわけで……って、口にしてしまったあとであからさま過ぎたと気づくも時すでに遅し。

 私を見下ろす土方さんの顔は、全てを見透かしたようにニヤリとしていた。


「偶然なら仕方ねぇな」

「で、ですよね!」

「ま、伊東さんに目ぇつけられねぇ程度のにしとけ」


 やっぱり、どういうかバレていた!




 予定通り、普段は来ないようなちょっとお高いお店に入れば、当然だけれど、屯所の食事とは違い見るからに美味しそうな料理が並んだ。

 うっかり何歳になったのかと訊いてしまい、正月に取ったから今日は取らねぇ! などと不貞腐れる場面もあったけれど、ほんの少しのお酒も嗜みつつ、土方さんの誕生日を祝った。




 おそらく……数えで三十三才、実年齢でも三十二才。

 ……なんて、私との差で答えを導き出せば、速攻でデコピンが飛んで来たのはいうまでもない。

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