231 分離の日

 あれから、近藤さんには全てを打ち明けた。

 未来から来たといっても、ここから百五十年以上も先であり、不勉強のせいでこの時代の歴史はほとんど知らないこと。

 新選組は私のいた時代でもその名が知られていて、私自身もごく一部隊士たちの死にざまだけは知っていること。

 けれど、それを伝えようとすると必ず見えない力に邪魔されて、出来ないことを……。


 黙って話を聞いてくれた近藤さんは、責めることもなければ残念がることもなく、大きな笑窪で全部受け止めてくれた。

 こんなことならもっと早く打ち明けていればよかった……と、近藤さんを無駄に悲しませてしまったことを後悔するけれど、最初に話したのが山南さんだったからこそ、信じて受け入れてくれたのだと思う。

 だから、約束を守って助けてくれた山南さんには、本当に感謝してもしきれない。




 僅かな時間で色々なことが起きたけれど、部屋へ戻るとまとめた荷物を元に戻しながら、土方さんに訊いてみた。


「どうして、私が脅されてるってわかったんですか?」

「言っただろう。お前の考えてる事なんざ全部お見通しだってな」


 ……と言いつつも、ほんの少しネタばらしをしてくれた。


 どうやら御陵衛士ごりょうえじへ行くと最初に告げた時から、私の本心ではないと疑っていたらしい。そして、伊東さんが絡んでいることも、すぐに想像がついたのだと。


 というのも、伊東さんは永倉さんと斎藤さんと私を衛士へ連れていきたいと申し入れていたようで、三人まとめて引き抜かれては困ると、斎藤さんだけを許可したばかりだったらしい。

 それでも諦めきれなかった伊東さんが、私自身に志願するよう仕向けたのだと思えば、自ずと脅されているとしか思えなかったのだと。

 そう考えれば、私の突然の心変わりにも納得がいったのだと。


 つまり、土方さんは私の本心をちゃんとわかったうえで、信じてくれていたということ。

 嬉しいような少し気恥しいような……思わず頬が緩むのを感じれば、側へやって来た土方さんにほっぺたを引っ張られた。


「呑気に間抜け面してんじゃねぇ」

「にゃ!?」


 咄嗟に払いのけようにも、私を見つめる眼差しは真剣で、ついされるがままになってしまった。


「俺は怒ってんだよ。何で頼らなかった? 何ですぐに“助けてくれ”って言わなかった?」

「それ、は……」


 頬を引っ張られたままでは上手く喋れないことに気づいたのか、渋々ながらも開放してくれたので、あの日の伊東さんとのやり取りとあわせて私の気持ちを明かした。


「……だから、私が御陵衛士へ行けば、誰も傷つくことなく全部丸く収まると思ったんです」

「誰も傷つかねぇだと?」

「……はい」


 順序良く丁寧に説明したつもりだけれど、一連の行動に納得がいかないのか、土方さんの眉間にはさらに深い皺が刻まれた。

 けれど、山南さんの助けがなかったら、今頃私も土方さんもどうなっていたかわからない。伊東さんに従う以外に最善な方法なんてなかったし、今でもあの選択が間違っていたとは思っていない。

 だから、その視線に負けじと反論を試みるも、土方さんが意外な言葉を言い放つ。


「お前が傷つくじゃねぇか」

「へ? ……私?」

「お前の性分は把握してるつもりだがな、もっと自分も大事にしろ。俺だってな、お前の犠牲と引き換えに助かったって嬉しかねぇんだよ」


 そんなこと言われても、私のせいで誰かが犠牲になるなんて耐えられない。

 言葉ではなく視線で反論するも、土方さんも負ける気はないらしく、一層険しい顔を浮かべて続きを口にする。


「俺じゃなくてもいい。お前はもっと周りを頼れ。何度も言うが、一人で抱え込もうとすんじゃねぇ」

「でも……」

「でもじゃねぇ。斎藤や平助も心配してたんだぞ。いや、二人だけじゃねぇ、総司たちもだ。みんなお前の様子がおかしい、本当にこのまま衛士へ行かせるつもりなのかと言っていた」


 みんなが……?


「お前があいつらを守ろうとするように、あいつらだってお前の事をちゃんと見てんだよ。だから一人で抱えるな。ちゃんと言え。頼れ。それが仲間ってもんだろ?」

「……はい」


 ……って、雰囲気に流されつい頷いてしまったけれど、今回と同じような状況になったとしたら、やっぱり同じ選択をすると思う。

 そんな私の心中を読み取ったかのように、土方さんが大きなため息をついた。

 相変わらず、その目は何でもお見通しらしい。


 けれど、こんな風に今まで通り言葉を交わせることが嬉しくて、再び頬を緩ませてしまえば案の定デコピンが飛んで来るのだった。






 翌日、三月二十日。

 御陵衛士となった人たちが出ていく時間が迫り、見送りをしようと一足先に部屋を出た。

 境内へ出てすぐのところに伊東さんがいて、私の姿を見つけるなり、まるで待ち受けていたかのように声をかけてきた。

 さすがにこのタイミングで何かしてくるとは思えないけれど、思わず身構えれば苦笑された。


「そう警戒しないでください。いえ、私の言葉を信じろというのも難しいですね……」


 そりゃそうだろう。

 

「今さら何かするつもりはありません。ただ――」

「何もねぇなら、こいつに近づかねぇでくれるか」


 背後から聞こえたそんな言葉とともに腕を強く引かれれば、バランスを失った身体は勢いよく後退する。咄嗟に身構えるも、背中に軽い衝撃があっただけで転倒は免れた。

 ゆっくり見上げた先には土方さんの険しい顔があって、その視線は伊東さんへと向けられている。

 私は……土方さんの片腕にすっぽりと収まっている!?


「行くぞ」

「わっ……土方さん!?」


 伊東さんが何か言いかけるけれど、土方さんは私の腕を掴んだまま無視して歩き出す。

 正直、他人を巻き込む脅しをかけてきたことは許せないけれど、引きずられながら思わず声をかけていた。


「伊東さん。お元気で」


 いつなのかは知らない。

 けれど、私の記憶にある伊東甲子太郎という名は、暗殺という単語がセットになっている。

 もっと良い言葉があったかもしれないけれど、今の私にはそれくらいしか浮かばなかった。


 ……ありがとう。

 伊東さんの驚いた顔の口元が、そう動いたように見えた。


「相変わらず、どこまでもお人よしだな。お前は」

「そんなんじゃないです」


 伊東さんから離れたところでようやく解放されると、藤堂さんを囲む永倉さんと原田さんの姿を見つけた。


「平助ぇ、俺は寂しいぞ」


 そう言って若干瞳を潤ませる永倉さんが、もたれかかるようにして藤堂さんの肩を組んだ。すぐに押し返す素振りを見せるものの、藤堂さんの顔は少し照れながらも嬉しそうに見える。

 そんな藤堂さんに向かって、原田さんが言った。


「平助がいねえと、今後は俺一人で潰れた新八を運ばなきゃなんねえじゃねーか」

「何言ってんだ左之。それはこっちの台詞だぞ?」


 なすりつけ合いが始まるも、藤堂さんの容赦ない突っ込みが割って入る。


「どっちも運んでたのはオレなんだけど」

「そうだったか?」

「細けえこと気にしてっと、大きくなれねーぞ」

「ちょ、左之さん!?」


 藤堂さんの抵抗もむなしく、暖かな日差しでさらに明るく見える髪をぐしゃぐしゃにされている。

 そんな三人のもとへ向かえば、何とか脱出に成功した藤堂さんが土方さんに助けを求めた。


「土方さんからも何とか言ってやって」

「俺が言ったぐらいで直りゃ、とっくに直ってるだろうよ」

「まぁ、そうなんだけど」


 二人が揃って苦笑すれば、次いで藤堂さんの視線は私へと向けられた。


「春は騙されやすいからね。奢るからってついてったら、高い世話料払わされることになるから気をつけなよ?」

「は、はい」

「まぁでも、上乗せでふんだくっていいから」

「了解ですっ! ……って、何で騙される前提なんですか!? 泥酔する前に撤退させます!」


 と抗議してみるものの、藤堂さんはおかしそうに笑いだす。


「アンタってホント面白い」


 そう言って目尻にたまった涙を指で拭えば、沖田さんが、なぜか斎藤さんを引きずってやって来た。


「一くん、隅っこで隠れるように立っていたんでつれて来ましたよ~」

「隠れていたわけではない」

「そうなんですか~? 僕には、そのままこっそり出て行くように見えましたけど~?」

「気のせいだ」


 そう言って、沖田さんの腕を振りほどこうとするも、なかなか離してはくれないらしい。


「じゃあ、そういうことにしてあげるんで、寂しく一人で行こうとしないでくださいね?」

「……わかったから離せ」


 さすがの斎藤さんも、沖田さんが相手では観念したらしい。

 そんな斎藤さんを慰めるように、自由になったばかりの身体を永倉さんと原田さんが遠慮なく両側から肩を組む。


「総司が相手じゃ、さすがの斎藤も形無しだな」

「つーか、底無しの斎藤とも今までみたいに飲めねーと思うと寂しくなるな」

「お供ならいつでもするが……」


 そう斎藤さんが言えば、二人はパッと離れるなり口を揃えたように割り勘を強調する。

 まぁ、斎藤さんを奢るとなると、せっかくの酔いも一気に醒めそうな額を請求されそうな気がするしね。


 ふと、こんな会話も光景も、今後は見られなくなるのかと思えば胸が痛んだ。

 つい俯けば、斎藤さんの片手が私の頬に触れ、強制的に顔を上げられた。


「下ばかり見ても、今は糞など落ちていないぞ」

「なっ……さ、斎藤さん!?」


 そりゃね、何度か一緒に歩いている時に助けてもらったけれど!

 そうじゃないと訴えれば、斎藤さんは手を離すと同時にくくっと喉を鳴らして肩を震わせた。


 こんな日までからかうとか!

 ……でも、いつもの斎藤さんで少し安心した。




 近藤さんと井上さんも見送りにやってくると、いよいよ出立となった。

 最後の挨拶を交わしたあとで、一人、また一人と背を向けて歩き出せば、最後に残った斎藤さんと藤堂さんも歩き出す。


 達者でなとか、息災でなとか。今度甘味を食べに行きましょうとか……。最後までみんな思い思いに言葉を投げかけた。

 徐々に小さくなる背中が完全に見えなくなっても、誰もその場を動かず、原田さんが言った。


「今だから言うが、新八も行くんじゃねーかって心配してたんだ」

「そうだったのか?」


 驚いた様子の永倉さんの顔を、沖田さんの悪戯っ子の笑みが覗き込んだ。


「もしかして、新八さんは伊東さんに誘われなかったんですか~?」

「いや、誘われたぞ。断ったけどな」


 その答えは、正直なところ少し意外だった。

 永倉さんも斎藤さんと同じく、伊東さんの勉強会にも熱心に参加していたし、伊東さんの話は面白い、ためになるとよく言っていたから。

 だから、思わず訊いていた。


「どうして断ったんですか?」

「単純な話だ。伊東さんは博識だし話も聞いていて飽きないが、新選組を出てまでついていきたいとは思わなかった。それだけの事だな」


 当然のことのように語る永倉さんの顔を、沖田さんがまたしても覗き込む。


「つまり~、近藤さんの方が魅力的だったってことですね~?」

「まぁ、あれだ。本人を前にして言うのも何だが、近藤さんには、俺みたいに遠慮なく物申す奴も必要だろう?」


 そう冗談めかせば笑いが起こる。突然名前を出された近藤さんも、ああ、と答えて一緒になって笑っている。

 それに、普段から裏表のない永倉さんだからこそ、“単純な話”と言って述べた理由は、きっと本心なのだと思えて安心した。

 けれど、同時に斎藤さんのことが頭を過る。御陵衛士を選び、伊東さんについて行ってしまった斎藤さんは……?

 ふと、みんなの気持ちを代弁するように、井上さんがぽつりとこぼした。


「寂しくなるなぁ」


 それからもう少しの間、みんなその場にとどまるのだった。

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