144 原田さんの恋の行方①

 十一月も中旬に差し掛かった。新暦に直せばおそらく十二月で、日に日に寒さも増すばかり。

 この日は私と沖田さんの非番が重なって、ちょうど隊務の合間で時間があるという原田さんが行きつけの甘味屋へ連れて行ってくれることになった。

 外は期待を裏切ることなく寒いけれど、奢りという言葉に私と沖田さんの足取りは軽い。


 甘味屋に着くと、原田さんが気前よく好きなものを頼んでいいと言ってくれた。

 大福やお団子も捨てがたいけれど、どうせなら普段とは違うものも食べたい。羊羹や最中にも惹かれるけれど、寒い時期の甘味と言ったらこれかな。


『お汁粉ください』


 隣に座る沖田さんと、見事にメニューも声も重なった。


「さすが春くん。やっぱりコレしかないですよね~」

「はい。やっぱりコレですよね」


 しばらく甘味の話で盛り上がっていれば、お汁粉が二つだけ運ばれてきた。


「あれ、原田さんは何も食べないんですか?」

「俺はいい。気にしねーでゆっくり食え」


 そう言って一瞬だけこちらを見たけれど、再び視線をどこかへやってしまった。

 甘いものが得意じゃないのは知っているけれど、ご馳走してくれる人は目の前でお茶を啜るだけ。正直食べづらい。

 そんなことはお構いなしにすでに食べ始めている沖田さんが、手を止め私の方に身体を傾け小声で言う。


「左之さんの目的は甘味じゃないので、気にしないで温かいうちに食べちゃった方がいいですよ」


 そう言えば、やたら甘味をご馳走してくれる理由は一緒に甘味屋へ行けばわかる、と言っていたっけ。

 もしかしてその答えがそこにあるのかと、さっきからずっと一点を見ている原田さんの視線を辿れば、沖田さんがさっきよりずっと近くに顔を寄せてきた。


「おまさちゃんです」


 だから、耳元でしゃべられたら擽ったいってば!

 視線を沖田さんに移して目で抗議するも、笑顔を浮かべたまま呑気に手招きしている。内緒話の続きをしたいらしい。

 仕方がないので沖田さんの方へ僅かに身体を傾け、擽ったいのを我慢した。


 どうやら原田さんの目的は、この甘味屋の看板娘である“おまさちゃん”らしい。

 おまさちゃんが誰なのかは、原田さんの視線を辿ればすぐにわかった。十五、六才くらいの、小さくて可愛らしい女の子だ。

 つまり、原田さんはおまさちゃんのことが好きで、おまさちゃんに会いたいがために甘味を買ってはみんなに配り歩き、自分が甘味を食べられないので、こうして奢るという名目で甘味好きな人を連れ立っては店を訪れているらしい。

 かなり豪快で、裏表なく良くも悪くも真っ直ぐというタイプに見えるのに……。


「少し意外と言うか……原田さん、可愛らしいですね」


 内緒話を終えた沖田さんに小さくそう告げた。


「理由はあとで本人に直接訊けばいいですよ~。それより、お汁粉冷めちゃいますよ?」

「あっ」


 まだ一口も食べていないことに気がついた。

 慌ててお椀に口をつけるもまだ充分熱い。ヒリヒリする舌を少し出して冷気に晒せば、沖田さんが悪戯っ子の笑みを見せる。


「もしかして猫舌ですか~? なら、僕がふーふーしてあげましょうか」

「大丈夫ですっ!」

「冗談ですよ。ゆっくり食べてください。むしろ、ゆっくり食べてあげたほうが左之さんも喜びます」


 そう言いつつも、沖田さんはすでに空になったお椀を置いて、じっと観察するように私を見つめてくる。

 沖田さんめ……もしかして、私のお汁粉を狙っている!?


 そんな沖田さんの視線から逃れるべく、おまさちゃんを見ていたら気がついた。

 おまさちゃんもちらちらと原田さんの方を見ては、目が合った瞬間に俯き頬をほんのり染めていることに。その様子は、同性の私から見ても凄く愛らしく見えるほど。

 もしかしておまさちゃんも……?

 そこまで思い至ったところで、耳元で沖田さんの声がした。


「気づきました~?」


 うん、気がついた。気がついたけれど。

 沖田さんめっ……耳元でしゃべられたら擽ったいからねっ!




 そろそろ時間が迫り、原田さんが一言二言おまさちゃんと挨拶を交わすのを待って三人で店をあとにした。

 屯所への帰り道、さっそく原田さんを見上げて訊いてみる。


「おまさちゃんに想いを伝えないんですか?」


 原田さんの性格を考えたら、結果なんて気にせず真っ先に伝えそうなうえに、あの様子だとおまさちゃんだって……。


「ガラじゃねーって思ってんだろ? けどな、本気なんだ。本気で惚れちまったんだ」

「だったら、なおさら伝えるべきじゃないですか?」

「ほら、俺らはいつ死ぬかもわかんねーだろ?」


 原田さんは笑ってそう言ったけれど、その一言に全て詰まっている気がして、それ以上の言葉を継ぐことはできなかった。






 翌日の巡察中、偶然おまさちゃんを発見した。買い出し中なのか、小さな身体の両腕にはたくさんの荷物を抱えている。

 なんだか放っておけなくて、巡察隊には理由を話して先に行ってもらいおまさちゃんに駆け寄った。

 私が声をかけるより先に気がついたおまさちゃんが、可愛らしい笑顔を浮かべて気さくに話しかけてくれる。


「昨日、原田はんと一緒に来てくれた人やんな?」

「あ……うん。琴月春って言います。荷物大変そうだし、私でよければ手伝うよ?」

「おおきに。ほな、こっちお願いしてもええ?」

「もちろん。任せて!」


 昨日は会釈程度しかできなかったけれど、おまさちゃんのその笑顔と人懐っこい雰囲気のおかげで、打ち解けるのに時間はかからなかった。

 そして、荷物を分け合い店へと向かう道すがら、おまさちゃんが嬉しそうに話すのは原田さんのことだった。

 原田さんが店に来てくれるのが嬉しい、言葉を交わせるのが嬉しいと、頬を真っ赤にしながら打ち明けてくれる。

 けれど店に着く直前、その顔が急に曇り、足を止めるなりぽつりと呟いた。


「うちなんかが側におったら仕事の邪魔になる……そやさかい、この想いは隠さなあかんってわかってる」

「おまさちゃん?」

「最初はな、原田はんが来てくれるだけで、その姿を見られるだけで満足しとったんや。そやけど、いつからか言葉を交わしても足らへんくなってもうた。もっと一緒におりたいって……そう思うのんは、うちの我儘なんかいな?」

「おまさちゃん……」

「なんでもあらへん。今日はおおきに。また来てや」


 そう言って私の手から強引に荷物を取ると、店の中へと入ってしまった。

 追いかけたところで、今の私にはかけてあげる言葉が見つからない。その場をあとにして巡察隊に合流するも、ずっとおまさちゃんの悲しげな顔が頭から離れなかった。




 翌日、どうしても気になって巡察の途中におまさちゃんの店に立ち寄れば、昨日とは打って変わって笑顔で迎えてくれて、少しほっとすると同時に胸が傷んだ。

 それからも時間を見つけてはこまめに顔を出せば、今日も原田さんが来てくれたとか、今日は会えなかったとか、おまさちゃんの恋バナに一緒になって一喜一憂する日が続いた。


 けれど、次第にモヤモヤした気持ちは募る一方で、思い切って沖田さんに相談しようと部屋を訪ねた。

 襖を見に来たんですか〜? と、そんな意地悪な冗談は流して向かい合わせに座り、さっそく本題に入る。


「お互いあんなに想い合ってるのに……悲し過ぎます!」


 唐突なうえに随分と言葉足らずだったけれど、沖田さんは誰と誰のことなのかすぐに理解してくれた。


「当人同士の問題だと思いますよ。それに、春くんだって左之さんの気持ちを理解してないわけじゃないでしょう?」

「それは……」


 ――俺らはいつ死ぬかもわかんねーだろ?――


 確かに原田さんはそう言っていた。

 もしも死んでしまったら、残された相手を悲しませることになる。本気だからこそ相手を悲しませたくない、だったら最初から想いなんて伝えない方がいいと、そういうことなのだろう。

 言いたいことはわかる。それが正しいとか間違いではなく、考え方は人それぞれなのだということも。

 けれど……。


「恋って、そんなに難しいものなんですか?」


 好きな人に好きだと伝えることは、いけないことなの?

 側にいたいと思うことは、いけないことなの?


 きょとんと見つめ返してくる沖田さんに、答えを求めた。


「私には、恋がどういうものかよくわかりません。だから、人の恋路をどうこう言う資格なんてないですけど……でも、お互い想い合ってるのに我慢しなきゃいけないなんて……恋ってそんなに悲しいものなんですか?」


 恋をしたことがない私にとってそれは純粋な疑問であると同時に、否定して欲しい、という淡い期待を乗せた言葉でもあった。だって、いずれするかもしれない恋が、そんな辛いものだなんて思いたくないから。


「そうですね〜。他人の恋路なんて正直どうでもいいですけど、恋が悲しいものだとしたら、僕もしたくはないですね」

「私もです」

「それじゃ春くんは、あの二人には恋仲になって欲しいと、そういうことですか?」


 黙って大きく頷けば、沖田さんの顔には悪戯っ子の笑みが広がった。


「仕方がないですね~。春くんがそこまで言うなら、また僕らで一芝居うってみましょうか」


 それはつまり、山南さんと明里さんの時のような茶番劇のことだとすぐに想像がつくけれど、それで二人が幸せになれるのなら……と、たった今思いついたという沖田さんの作戦を実行することにした。

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