145 原田さんの恋の行方②
作戦実行の日、土方さんが箪笥にしまってあると言っていた女性物の着物を持っておまさちゃんの店へ向かった。
私のために買ってくれたとはいえ、勝手に袖を通すのは正直気が引けるけれど、土方さんは朝から出てしまい言いそびれてしまったのだから仕方がない……。
沖田さんの考えた茶番……作戦とは、女装した私とおまさちゃんが町でばったり沖田さんと原田さんに会い、そのまま四人で行動したのち二人を置いてこっそり退散する……というものだった。
おまさちゃんには作戦を打ち明け済みで、店以外で会えることをとても喜んでいたけれど、二人きりにするということはまだ伝えていなかったりする。
原田さんの想いを考えると、これだけで二人が恋仲になるとは思えないけれど、ここまでお膳立てするからには左之さんを焚きつけておきます、という沖田さんの黒い笑みに期待するのだった。
おまさちゃんの店へ着けば家人に見つからないよう裏から入り、奥の部屋へと案内された。
さっそく支度に取り掛かりたいけれど、着替えを見られては私が女だとバレてしまう。当たり前のように気付けを手伝おうとするおまさちゃんを反転させて、襖の向こうへ押しやりそこで待つようお願いした。
すぐに着替え始めるも、急に襖の向こうが騒がしくなった。
今はあかん、というおまさちゃんの慌てた声まで聞こえてきて、どうやら話し相手は男性で、この部屋の押し入れにしまってある物が欲しいと言っている。
おまさちゃんが必死に制止するも今にも入ってきそうな雰囲気で、着直すよりも着替えた方が早い状態に慌てて着物を肩から落とした。
同時に、おまさちゃんの叫びにも近い声が響く。
「うちが取ってくるさかい少し待っとって!」
あ、まずい……そう思うも襖は開かれて、パタンと後ろ手で襖を閉めるおまさちゃんを振り返る。
思考が停止した私とは反対に、おまさちゃんは納得したようにぽつりと呟いた。
「やっぱり……」
やっぱり……? やっぱりってどういうこと? おまさちゃん?
そんな私の横をすり抜け押し入れを漁るおまさちゃんは、目的の物を見つけるなり入ってきた襖へ戻り、それを外へ出して再びパタンと音を立てて閉めた。
やっぱりってどういうこと?
さらしが丸見えの私の側へやって来たおまさちゃんが、手早く着物を着付けしながら切り出した。
「薄々、気づいとったんや」
実は最初の頃から疑っていて、仲良くなればなるほどその疑惑は深まる一方だったらしい。
けれど、男装してまで新選組にいるのだから、よっぽどの理由があるのだろうと気づかないふりをしていたのだと。
男装程度じゃ見破る人もいるのかと、私の女らしさもまだ息をしていたことに安心するけれど、屯所にいるほとんどの男どもは気づいていないことを思い出し、何とも言えない気持ちになる。
着付けを終え慣れない化粧までしてくれると、おまさちゃんは私の顔を覗き込み悪戯っぽく微笑んだ。
「おんなじ女の子や思うとったさかい、恋の話もできたんやで?」
その一言に、なんだか一瞬にして力が抜けた。
「えっと……隠しててごめんね?」
「許さへん」
「え……」
「これからも、うちと友達でいてくれたら許したる」
「おまさちゃん……」
うん! と大きく頷けば、二人分の笑い声が響く。
「そういえば、髪はどないすんの? 綺麗な着物やのに、結うただけなんて勿体ないで」
「あー……。でも、簪とか持ってないから……」
「せやったら、うちの貸したる」
そう言って、おまさちゃんは私の髪を整え簪を挿してくれた。
今までと何も変わらないその態度に、心から感謝するのだった。
支度を終えて二人で町へ繰り出せば、沖田さんたちと出会うはずの道を歩く。予定通り二人は前からやって来て、声をかけてきた。
「こんなところで会うなんて偶然ですね~。お琴さん」
お、お琴さん!? よりによってその名前とは!
もう少し捻ってくれないとバレそうで怖い……。
「僕らこれから近くの神社へ行くんですけど、よかったらお琴さんたちも一緒に行きませんか?」
「は、ハイッ! ぜひッ!」
打ち合わせ通り沖田さんの誘いに乗っかるも、短い受け答えはあまりにも棒読みで、自分でも正直焦った。
けれど、原田さんはおまさちゃんの方に気を取られていて、私の下手な演技なんて全く気にしていない様子。
おかげで、すんなり四人で神社へ向かうことになった。
自然とおまさちゃんの隣には原田さんが立ち、私は沖田さんと並んで二人の後ろを歩いている。そうしてしばらく歩いていれば、突然沖田さんが私の手を取り方向転換した。驚いて見上げれば、口元で人差し指を立てている。
聞いていた計画よりもかなり早い退散なうえに、このまま二人きりにしたところで進展するとは思えない。
それでも沖田さんは、行きますよ、と強く手を引くので黙って頷いた。
しばらく手を引かれたまま歩いているも、沖田さんの歩くペースはいつも通りで案の定足がもつれた。
繋いでいた手を引き上げてくれたおかげで、転ぶことはなかったけれど。
「あ〜、やっぱり歩きにくいですか?」
「そうですね……少し。思ったんですけど、わざわざこんな格好しなくてもよかったんじゃないですか?」
今回の計画はおまさちゃんも知っているし、普段の恰好なら秘密がバレることもなかった……。
わざわざ女装した意味を見出だせないでいれば、沖田さんがにっこりと微笑んだ。
「おまさちゃんが男と歩いてたら、左之さんが焼き餅焼いちゃうかもしれないじゃないですか〜」
「あっ……なるほど。それもそうですね」
傍から見れば普段の私は男だもんね。
「そういえば、あんなに早く二人にしちゃって大丈夫ですかね?」
「うん。左之さんなら平気ですよ~」
その自信はどこから来るのだろうか……。
原田さんとどんな会話をしたのか気になれば、それより、と握ったままの手に力を込められた。
「着物、よく似合ってますよ。でも、自前で女性物の着物なんて持ってるんですね~」
「えっ、あ、こ、これはっ、土方さんがくれたんです! ほら、また女装して潜入したりするかもしれないじゃないですか!?」
「あ〜確かに。前にも丞さんと夫婦役で潜入してましたしね。女性役なんて、春くんにしかできそうにないですし」
ここで沖田さんにまでバレるわけにはいかない。
何とか誤魔化せたみたいでほっと胸をなでおろせば、突然伸びてきた沖田さんのもう一方の手が簪に触れた。
「少し曲がっていたので。あ、簪も似合ってますよ。もしかして、これも土方さんですか?」
「いえ、簪は持ってなくて……おまさちゃんが貸してくれたんです」
しばし何かを考える沖田さんが、あからさまに閃いたという顔をしたかと思えば再び手を引き歩き出す。
「お、沖田さん? どこへ?」
「いいから、いいから~」
そう言って連れて来られたのは、近くの小間物屋だった。
首を傾げる私の隣で、沖田さんは陳列された簪の中から綺麗な紫色の玉簪を手に取ると、さっさと会計も済ませた。
そして、たった今買ったばかりの簪を私の髪に挿した。
「沖田さん?」
「今後も女装するかもしれないなら、一つくらい自分の物を持っておいても損はないでしょう?」
「確かに……あ、じゃあ、お金払います」
「いいですよ〜、それはあげます。その代わり、このまま甘味屋につき合ってくれませんか?」
くれませんか? と訊いてきたわりには、私の返事を待つことなくすでに手を取り歩き始めている。
甘味屋へは行きたいし、そんな沖田さんらしさにも笑いそうになるけれど、簪を買ってもらう理由だけはどこにも見当たらない。
けれど、一向に取り合ってはもらえなかった。
しばらく押し問答をした結果、金銭的には全く釣り合っていないけれど、私が甘味を奢るということで決着がついた。
少し先を歩きながら手を引く沖田さんが、そういえば……と顔だけを振り向かせた。
「簪、勝手に選んじゃってすみません」
「いえ、凄く綺麗な色の玉簪だと思います。むしろこちらこそすみません、買ってもらっちゃって……」
「僕、紫が好きなんです。それより、早く甘味屋へ行きますよ〜」
そう言って前を向いた沖田さんは、好きな色だという紫の紐で結った猫のように柔らかい髪を、甘味が待ち遠しいとばかりに大きく揺らしながら歩いて行くのだった。
甘味屋で長い時間を潰してからおまさちゃんの店へ戻ると、沖田さんには外で待っていてもらうことにした。
すでに帰っていたおまさちゃんのあとを追って奥の部屋へ行けば、おまさちゃんが振り返り様に抱きついてきた。
「お、おまさちゃん!? どうかした?」
「琴月はん、どないしよう……泣いてもええ?」
その声は細かく震えていて、俯いているせいで顔も見えない。
作戦失敗? まさか、致命的な何かがあった?
急に押し寄せた不安が嫌な鼓動を刻み始めれば、自分の心臓ごと落ちつかせるようにそっと両腕を回して背中を撫でた。
「落ちついて、おまさちゃん。……何があったの?」
「あのな、あのな……。うち、な……」
「うん……」
「原田はんとな……そのな……」
「……うん」
「恋仲になってもうたっ!」
「うん……」
……うん? 恋仲になった?
ばっと勢いよく上げたおまさちゃんの顔は真っ赤で、失敗どころか大成功だったのだと理解した。
安心ついでに私まで涙があふれてきて、しばらく二人で抱き合いながら嬉し涙を流すのだった。
おまさちゃんに別れを告げて、いつもの格好で店の外にいる沖田さんに合流すれば、さっそく二人が恋仲になったことを報告した。
「なら、今回も作戦成功ですね〜」
「はいっ! ところで、原田さんをどうやってけしかけたんですか?」
二人がくっついたのは素直に嬉しいけれど、原田さんの心境の変化も正直気になるところ。
「知りたいですか~?」
そう話す沖田さんの顔は、何やら良くないことを企んでいる時のそれにしか見えなくて、気安く踏み込めば絶対に面倒なことになる……。
なんとか好奇心を押さえつけ思いとどまれば、残念です、と沖田さんがわざとらしく肩を竦めた。
直後、でも……と私を見下ろし微笑んだ。
「春くんにとって、恋が悲しいものじゃなくなったみたいでよかったです」
「……はい! ありがとうございました!」
深々とお辞儀をすれば、沖田さんはどこか嬉しそうに私の頭をよしよしと撫でるのだった。
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