043 初めての巡察

 翌日、さっそく土方さんと永倉さんを中心とした巡察に同行することになった。

 土方さんが身支度を整える横で、私も同じように装備を整えていく。防具をつけるのも腰に刀を差すのも、初めてではないけれど緊張する。

 最後に浅葱色の羽織に袖を通せば、一層気が引き締まった。


「本当にいいんだな?」


 すでに支度を終えた土方さんが、私を見下ろしていた。まるで、引き返すなら今だと言わんばかりの顔だ。


「土方さんて、何だかお父さんみたいですね」

「はぁ?」

「何ていうか、娘を嫁に出す時の父親……みたいな?」

「ふざけんなっ! お前みたいに言い出したらきかねぇ、頑固な娘なんざいらねぇよ!」

「私だって、土方さんみたいにすぐ怒るお父さんなんていりませんよっ!」


 私を心配するような眼差しが申し訳なくも擽ったくて、思わず茶化してしまったけれど。支度を終え改めて土方さんの前に立てば、しっかりとその顔を見上げて微笑んだ。


「私なら大丈夫です。だから土方さんも、安心して鬼になっていいですよ?」

「お前……」


 新選組のために、鬼になると決めた土方さんの邪魔にはなりたくない。

 土方さんだけじゃない。ここにいるみんなの邪魔にはなりたくないから。

 時に命さえかける彼らの志が半ばで途切れてしまわないよう、私は私のやれることをする。それは、決して中途半端な想いなんかじゃない。


 不意に、土方さんが私の頬をつまんで軽く引っ張った。


「にゃ!?」

「餓鬼のくせに、生意気なこと言ってんじゃねぇ」


 その声音は、怒るというより照れているようにも聞こえた。指摘したところで、きっと睨み返されるのがオチだから言わないけれど。


「行くぞ!」

「はいっ!」


 羽織を翻す土方さんの力強い声が響いて、その背中に導かれるように、私も真っ直ぐに返事をするのだった。






 揃いの羽織を着た人たちが列をなして町を歩く……やっぱり嫌でも目立つらしい。

 壬生狼みぶろや、という買い出しで歩く時には感じなかった視線や陰口が時折刺さる。


「いつもこんな感じなんですか?」

「ん? あー、まぁな」


 何でもないことのように永倉さんは言うけれど、何だか納得がいかない。

 新選組は、京に住む人たちのために市中の警備に尽力しているはず。それなのに、その守っている人たちからこんな態度をとられるなんて……。


「そんな顔するな。迷惑をかけたことがあるのも事実だからな。仕方ないんじゃないか」

「芹沢さんたち……ですか?」


 思わず口にしたその名前に、永倉さんははっきりと肯定はしなかったけれど苦笑した。

 すると、それまで隣で聞いていた土方さんが、前を見たまま口を開く。


「俺たちは町の人間に気に入られるためにいるわけじゃねぇんだ。気に入られようが罵られようが、やることは変わらねぇよ」


 それだけ言い残し、指示を出すため前を歩く隊士の方へ行ってしまった。すると、その時を待っていたらしい永倉さんが、前を見たまま僅かに私の方へ身体を傾けて、随分と控えめな声で呟いた。


「土方さん、お前のこと相当気にかけてるみたいだな」

「え?」

「今日の巡察、当番じゃないのに来てるからさ」


 どうやら今日の巡察当番は、土方さんではなく斎藤さんの予定だったらしい。

 斎藤さんには他の仕事を言いつけ、わざわざ交代して来たのだとか。


「土方さんて、口煩いお父さんみたいなんです。だから、私がヘマしないか見張りに来たんじゃないですか?」

「あはは。なるほど、そうかもな」


 思わず笑い合えば、土方さんが大きなくしゃみをした。

 次の瞬間、聞こえていないはずなのに睨まれるのだった。




 好意的ではない声と視線を浴びながらも、巡察は続いている。

 そんななか、隣を歩く土方さんが再び先頭の隊士に指示を出せば、隊士はすぐに、寂れた空き家らしき家屋の中へと入っていった。


「新選組だ! 中を改めさせてもらう!」


 まるで映画のワンシーンのようなその光景を、感動と興奮を抑えつつ眺めていたら、つい心の声が漏れた。


「凄い……本物だ……」


 結局、怪しいところも何もないただの空き家だったけれど、先陣を切った隊士にさっきの呟きを聞かれていたようで、外へ出るなり苦笑されてしまった。


「凄くはないですよ。死番しばんの務めを果たしているだけですから」


 隣に立つ土方さんとも少しの言葉を交わしたあと、隊士は再び先頭へと戻っていき、巡察も再開となった。


「しばん?」


 さっきの会話を思い出し、首を傾げる私に土方さんが教えてくれる。

 死番とは、京の狭い路地で先陣を切って歩いたり、怪しい場所へ最初に突入する人のことを死番と呼ぶらしい。

 その不穏な名の通り、もし敵が待ち伏せをしていたら、真っ先に斬られてしまうのは先頭を行く死番の人で、それだけ危険だかららしい。


 死番は同じ人が担当するわけではなく、翌日は今二番目を歩いている人が、さらにその翌日は三番目を歩いている人がというように、順番に回ってくるらしい。


「死番の奴は、朝起きた時から覚悟ができてんだ」


 土方さんはさらりとそう言うけれど、死番の隊士を見ていて気づかされる。

 路地へ入る直前の緊張した顔。十字路に差し掛かる間際の覚悟を決めた顔。そして、大通りへ出た直後の少しだけ安堵したような顔。

 本当に命がけで仕事をしているのだと……。


 狭い路地裏などもくまなく歩いたけれど、特に大きな事件に遭遇することもなく、そろそろ屯所へ戻ることになった。

 けれど、大通りへ出ると明らかにざわついていて、様子を見に行った隊士の報告によると、どうやら不逞浪士が一名、攘夷をたてに商家へ押し入り金を出せと言っているらしい。


 急いで騒ぎのお店に向かうけれど、お店まであともう少し……というところで例の不逞浪士が店を出てしまい気づかれた。

 そして、私たちの姿を見るなり反対方向へと逃走する。


「待てっ!」


 誰かが叫びすぐに全員で追いかけるも、なかなか距離は縮まりそうにない。待てと言われて素直に待つような人なら、最初から悪いことなんてしないだろうしね……。

 このままでは逃げられそうで本気で走れば、何とあっさり追いついてしまった。


「待って下さいっ!」


 一応、声をかけるけれど止まってはくれないので、背中から浪士の着物と帯を掴んで力の限り後ろへ引っぱった。

 体勢を崩し、勢いよく転ぶ浪士に巻き込まれないようギリギリのところで踏ん張ると、両手を広げて進路を塞いだ。


「観念して下さい!」

「うるせぇ!」


 私一人なら突破できるとでも思ったのか、立ち上がると同時に私目がけて突進して来ようとした。

 けれど、追いついた土方さんたちが、刀を構え私たちを取り囲む。多勢に無勢、浪士は刀を抜くことなく、ガックリとうなだれるようにして両手を地につけ、大人しく捕縛された。

 そして、数人の隊士らに奉行所へと連行されていくのだった。




 屯所への帰り道、永倉さんが私の背中を軽く叩いてきた。


「春は足が速いな! おかげですぐに捕まえられたぞ」 

「足の速さだけは自信あるんで!」


 私でも役に立てたのかと、若干興奮ぎみに答えるも、土方さんが低い声で割って入った。


「お前は馬鹿か? そんな小せぇ身一つで敵の前に立ち塞がってんじゃねぇ。もし奴が刀を抜いたらどうしてたんだ? 黙って斬られてやるつもりか?」

「嫌ですよ、そんなの! でも、あの浪士は刀を抜いてなかったじゃないですか」

「馬鹿か? 抜かれてからじゃおせぇだろうが! 明らかに捕縛対象だったんだ、常に自分が優位になるよう行動しろ! わざわざ危険に晒すような真似すんじゃねぇ!」


 怒鳴る土方さんを、永倉さんがまぁまぁと宥めた。


「確かにちょっと危なっかしいが、そこまで怒らなくてもいいんじゃないか? 春のおかげで早く片づいたのも事実なんだしさ。初めての巡察にしては、よくやったと思うよ」


 な? と私に笑顔を向けてくれるけれど、土方さんは相変わらず眉間に皺を寄せたままだ。

 それだけならまだしも、あろうことか私を一瞥して吐き捨てた。


「俺は誉めねぇぞ。馬鹿が調子に乗るだけだからな」

「なっ! さっきからバカバカって、そんなに何回も言わなくたっていいじゃないですか!」

「ふん。馬鹿に馬鹿と言って何が悪い」

「知ってますか? バカって言う方がバカなんですよ!」

「はっ。なら、てめぇも馬鹿じゃねぇか」

「そういうの屁理屈って言うんですよ」

「うるせぇ、口の減らねぇ餓鬼が」

「ガキで結構ですー。土方さんから見たら、そりゃ私なんてまだまだ子供ですからー」

「あ!? そりゃどういう意味だっ!」

「そのまんまの意味ですー」

「はぁ!?」


 永倉さんの生暖かい目に見守られながら、土方さんとの小学生並みの罵り合いは続いた。

 おかげで、屯所についた時には私と土方さんは揃って息を切らせていて、呼吸を整えながらお互いを見やると、ほぼ同時に提案する。


「そろそろ、やめねぇか?」

「そろそろ、やめませんか?」


 ここまで傍観していた永倉さんが、私と土方さんの肩を同時にポンと叩いた。


「お疲れ」


 こうして、この不毛な戦いの幕は下りたのだった。

 部屋へ戻る土方さんに続き、私も玄関へ上がろうとしたところで永倉さんに呼び止められた。


「何ていうか、試衛館にいた頃の土方さんを見たような気がしたよ」

「え?」

「いや、土方さんは今じゃ副長として気を張ってるせいか、口数も減ってあんまり多くは喋らないからさ」

「そうですか?」


 試衛館時代の土方さんは、もっとよく喋っていたのだろうか。


「余計なお世話かもしれないが、あれでも土方さんなりに、お前のこと心配してるんだよ。それはわかってやれよ?」


 そう言って、私の頭をポンと一撫ですると、じゃあな、と行ってしまった。

 心配……しているのか? 馬鹿とか餓鬼ばっかりで、心配のしの字もなかったような気がするけれど。


 永倉さんの言葉を思い出しながら、渇いた喉を潤すべく台所へ寄って、温かいお茶を淹れた。

 大した手間じゃないので、お茶の入った湯飲みを二つ用意して部屋へ戻った。


「土方さん、お茶淹れたんでよければどうぞ」

「おう、気が利くじゃねぇか。ありがとな」


 さっきまでの罵り合いは何だったのかと思うほど、いつも通りの土方さんなのだった。

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