017 藤堂さんと勝負

 昼餉を食べたあとも、教えられたことを思い出しながら一つ一つ丁寧にこなしていると、視界の端に稽古場を覗き込む人影が見えた。


「源さんが探してたよ」


 もしかして、私に話しかけている?


「アンタのことだから」


 そう言って、藤堂さんが苦笑しながらやって来た。


「あ、すみません。私だったんですね」

「いいよ。それより、源さんが呼んでるから行くよ」


 急いで木刀を片づけついていくと、向かった先は台所で、井上さんが湯飲みを三つ用意しているところだった。


「おっ、来たか。もうすぐ湯が沸くから、そしたら縁側へ行こうか」


 どうやら三人でお茶を飲むらしい。

 待っている間、竈で揺れる火を見ながら何の気なしに訊いてみた。


「この火って、どうやってつけるんですか?」


 指をさし振り向くも、二人分の冷ややかな視線が突き刺さる。ここに土方さんがいたなら、“どんな生活してたんだ?”って言うに違いない。

 今回、代わりに呆れてくれたのは藤堂さんだった。


「火のつけ方も知らないの? アンタってどこか良いとこの子? 全然そんな風には見えないけど」


 そりゃ見えないでしょうねぇ。父は普通のサラリーマン、母は共働きで看護師という、まぁいたって普通の家庭だし。

 こんな時はアレだな……と前に土方さんと決めたことを思い出した。


「えっと、車に轢かれて記憶がですね、その――」

「そ、そう! 春は大八車に轢かれて今までの記憶が失いんだ。なっ!?」


 私が未来から来たことを知っている井上さんが、すかさずフォローしてくれたことに感謝しつつ頷けば、藤堂さんが驚きと申し訳なさの入り交じるようま表情になった。


「悪い。知らなかったとはいえ言い過ぎた」

「い、いえ。こちらこそすみません……」


 バレないためとはいえ、嘘を吐いたことが逆に申し訳ない。

 気まずい空気を変えるように、井上さんが火の起こし方を教えてくれた。


 火打ち石を火打ち金と呼ばれる鉄片で打ちつけて、その時に発生する火花を火口と呼ばれる燃焼しやすい素材に移して火種を作り、その火種で付木を燃やし、それをやっと竈の薪に移すという。

 指先一つで済んじゃう現代が懐かしすぎる!




 お茶の準備ができると、井上さんが買ってきたという大量の大福を持って日当たりのいい縁側へ行き、二人に挟まれる形で座った。

 とりとめのない話をしながら大福にかぶりつけば、ふと、ここへ来る直前のことを思い出す。気がつくと、井上さんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「どうした? もしかして、大福は好きじゃなかったか?」

「え?」

「何だか浮かない顔してる」


 そう言ったのは、反対側から覗き込む藤堂さんだった。

 二人の顔を交互に見つめてから、慌てて首を左右に振る。


「違います、違いますっ! 大福はとっても美味しいです! ただ、ちょっと前に大福を食べ損ねたことがあったなーって、思い出しちゃって……」


 そうか、と井上さんはポンポンと優しく私の頭を撫でるのだった。

 そのあとは、三人で穏やかな時間を過ごしていると、まだ仕事が残っているから、と井上さんは最後の一口を頬張りその場をあとにした。




 午後の暖かな日差しのなか、時折吹く穏やかな風が、草木を優しく揺らしていた。

 ふと、横目で藤堂さんを見やれば、片腕を枕に仰向けで寝転がりながら大福を頬張っている。そんなのんびりとした空間で、うとうとしながら残りの大福に手をつけていく。


「……藤堂さん」

「何?」

「えっと……天気、良いですね」

「そうだね」


 お互い顔を見合うこともなく、大福を片手に目線だけを空に向けている。

 雲一つない空は、青く高くどこまでも続いているけれど、私たちの会話はなかなか続かない。


「……藤堂さん」

「何?」

「えーっと、その……大福、美味しいですね」

「そうだね」


 緩やかに訪れる睡魔から必死に抵抗を試みてみるものの、微睡む頭では気のきいた言葉も浮かばない。


「……藤堂さん」

「何?」

「えーっと、そのー……」


 言葉の代わりに首がカクンとなれば、盛大に吹き出す藤堂さんがひょいと起き上がった。


「アンタ面白いね。黙って寝たら?」

「でも……」


 よだれ垂らした寝顔なんて、異性に晒すものじゃないと思う!


「それにほら、大福もまだ残ってますし」

「安心しなよ。オレは男の寝顔になんか興味ないから」

「え? あっ! あー……はい、そうですよね!」


 すっかり忘れていたけれど、男のふりをしているんだった。

 変な誤解を与えかねない会話を訂正しようとするも、藤堂さんはお腹を抱えて笑っている。


「眠気より大福って。アンタってホント面白いね」

「お、美味しいじゃないですか、大福!」


 反論すればするほど、大福、大福と口にしては笑われる。

 しばらくして、一通り笑い終えて満足したのか、目尻の涙を指で拭いながら藤堂さんが言う。


「わかったからそう怒るなって。アンタ面白いし、仲良くやっていけそうな気がするよ」

「ど、どうも……。ところで、藤堂さんていくつなんですか?」


 私よりも年下、せいぜい同い年くらいだと思っているのだけれど。


「二十歳だよ」

「えっ!?」

「えってなんだよ。そういうアンタはいくつなの?」

「十八です」

「えっ!?」


 ……って、反応がお互い様すぎる!


「アンタ本当に十八なの? 小さいしもっと下だと……って。まさかオレのこともチビだから、とか思ってたわけ?」

「違いますよ! 雰囲気とか見た目が……って、あ、顔立ちがって意味ですよ? 幼いのに綺麗だなって。あと、子犬みたいで可愛らしいなぁって」

「それ、褒めてんのか貶してんのかわかんないんだけど。オレがガキっぽいって言ってる?」

「言ってません!」


 それまで不機嫌そうだった藤堂さんの目は、急に挑戦的な色を宿したかと思えば、なぜかきらきらと輝き始めた。


「じゃあ、オレと勝負しよう」

「……へ? 何ですか急に。勝てる気がしないんで嫌です」

「へー。アンタは勝てると決まった勝負しかしない奴なんだ?」

「むっ。そんなことはないです! でも、剣術勝負だったらどうあがいても勝てません! だいたい何の勝負するんですか?」


 何だか上手いことのせられた気がするけれど、ここまで言われて敵前逃亡はしたくない!


「手っ取り早く縵面形なめかたなんてどう?」

「なめかた?」

「知らないの?」


 驚いた顔をしながらも、藤堂さんは袂から一枚の硬貨を取り出した。


「オレがこの一文銭を投げるから、縵面が出るか形が出るか当てるだけ。簡単でしょ?」

「なめ……と、かた……」


 再び疑問符がついた私の顔を見て、藤堂さんは苦笑しながらも説明してくれる。

 一文銭の文字が無くなめらかな面が縵面で裏、文字が書いてある面が形で表。つまりはコイントスのこと。


 話の脈絡から想像はついていたけれど、どっちが表か裏かわからなかったわけで!

 それより、この時代にもコイントスがあったことに少しだけ感動していると、藤堂さんがお盆の上にある残り一つの大福を指さした。


「褒美がないのはつまらないから、それでも賭けようか」

「いいですよ」


 てっきり剣術勝負だと思っていただけに、正直、拍子抜けしたけれど。運任せのこの勝負なら私にも勝機はある。

 表か裏か確率は二分の一。


「先に決めていいよ」

「では表で!」

「じゃ、オレは裏ね。いくよ」


 藤堂さんが空に向かって一文銭を真っ直ぐに弾く。落ちてきたところを片手で綺麗にキャッチすると、私の目の前でゆっくりと手を開いた。

 そこに乗った一文銭には文字が書いてある。つまり、形で表。


「あっ、やった! 私の当たりです!」


 思わず両手でガッツポーズをすれば、そうだね、と藤堂さんは綺麗に微笑んでから、一文銭を袂にしまった。


 負けたのに悔しそうな素振りを見せないのは、実力ではなく運任せの勝負だから?

 それとも、褒美が大福一つだから?


 まぁ、大福が食べられるのだからいいか。気にしない。

 最後の一つ、美味しくいただいてしまおう。


「藤堂さん、すみません。食べちゃいますね!」


 豪快にかぶりつく私を見て、藤堂さんが吹き出した。


「あはは。アンタってホント面白い」

「はひ?」


 大福が頬の中を占領し、上手く喋れない私の横で藤堂さんが立ち上がる。


「じゃ、オレは部屋に戻るよ。悪い奴に騙されないようにしなよ、春」


 笑いながら、そんなことを言って去って行くのだった。




 あっというまに最後の一口を飲み込めば、藤堂さんじゃないけれど、少しだけ仰向けに寝転んで空を見ていた。

 眠気はとっくに吹き飛んでいたはずなのに、気がつけば、瞼は落ちて日も落ちていた。


「春!? こんなところで寝てたら風邪ひくぞ!?」


 そんな井上さんの声で気がつくのだった。

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