013 新選組

 壬生浪士組の隊士はおよそ五十人。揃いの羽織を着て隊列を組むと、“まこと”の一字を染め抜いた隊旗を掲げて御所へと向かう。

 その列に漏れることなく、私も羽織に袖を通して鉢金を巻き、腰には刀を差して土方さんの隣を歩く。


 御所へとつくと、会津藩の守備兵が守りを固めている蛤御門から入ろうとするも、お前ら一体何者だ! 名を名乗れ! と槍で通行を阻止された。

 慌てて近藤さんが名乗るも、お前らなど知らん! と突っぱねられた。

 山南さんも加わり経緯を説明するけれど、帰れ! としまいには槍襖まで作られた。


 いったいどうなっているんだ?

 出動要請があったというその会津藩に、門前払いされているのだけれど?


 隊士たちの顔にも不安の色が浮かび始めると、それまで黙って見ていた芹沢さんが、悠然と槍の前に歩み出た。


「まぁ、そう熱くなるな」


 そう言って、顔の前に突きつけられた槍の穂先を手にした扇子で悠長に扇ぎだす。

 いや、煽っている? ……と思ったら、今度はビシッと扇子を突きつけ大声で嘲った。


「これ以上の無礼をすると、後悔するのはそちらだぞ?」


 あの扇子、芹沢さん愛用の鉄扇なのだと、いつのまにか隣に立っていた原田さんが教えてくれた。そして、酔って手がつけられなくなると、あれを振り回して暴れるのだと。

 今日はお酒の匂いがしなかったから、大丈夫だとは思うけれど……。


 その時だった。御所の方から慌ててやって来た人たちが仲裁に入ると、すぐに中へ入ることができた。

 会津藩からの出動要請は、どうやら本当だったらしい。

 中では会津藩の目印だという黄色い襷が全員に配られて、私もそれをつけながら、今さらながらずっと気になっていたことを土方さんに訊いてみる。


「土方さん。ところで何しにここへ来たんですか?」

「お前なぁ……知らねぇでついて来たのかよ」

「来たくて来たわけではないんですけど……」


 もの凄く呆れているけれど、御所の警備に来たのだと教えてくれた。

 朝廷と幕府が手を取り国難に立ち向かう、という公武合体派の会津藩と薩摩藩らが、天皇を中心として攘夷じょういをしようとしていた過激な尊王攘夷派である長州藩を、朝廷から追い出したらしい。


「ところで土方さん、攘夷じょういって何ですか?」

「お前なぁ。こんだけ攘夷、攘夷って騒いでんのに知らねぇのか。本当にどんな生活してたんだよ……」


 その台詞、昨日も言われたような気がするけれど。

 攘夷とは、異国を打ち払うという意味らしい。つまり、外国人なんて追い出して自分たちだけでやっていこう、ということらしい。

 そんなこと言ったって、外国人は普通にいたし、外国の物も文化も身近にある生活をしていた私には、わざわざ追い出そうだなんて意味がわからない。


 何でも事の発端は、突然、浦賀沖にやって来た黒船らしい。

 ペリーが来て、開国シテクダサーイだっけ。開国するしないで意見が別れて対立して、そのうち長く続いた江戸幕府もなくなって明治へ……って、ああそっか、今がその真っ只中なんだ。

 改めて考えると、何だかとんでもない時代に来ちゃったのかもしれない……。




 御所の警備に来た、と言っていた通り、仙洞御所前の警備についた。日が暮れる頃には、御所南門に移動してそちらも警備した。

 警備といっても、私はただ土方さんの側に立っていただけだけれど。


 長州藩は出ていくように、という勅命まで出たせいか、突然閉め出されたにもかかわらず、素直に退いたみたいで特に戦闘になったりはしなかった。

 意気勇んで出陣した近藤さんや土方さんたちからすれば、肩透かしを食らったようなものかもしれないけれど。私としては、何もなくて本当によかったと心の底から思う。

 刀を抜くとか人を斬るだとか、どんな理由があったって、私にはできないと思うから……。




 夜になると警備の任も終わり、隊士たちが一か所に集まった。

 遅れてやって来たのは芹沢さんと近藤さんで、近藤さんが嬉しそうな顔でみんなの前に立った。


「此度の我々の働きを、会津中将様が大変誉めて下さり、正式に市中警護の任も命じて下さった」


 おおー! と隊士達がどよめいた。

 どよめきに乗じて、土方さんに小声で訊いてみる。


「会津中将様って誰ですか?」

「おい……お前、本気で言ってるのか?」


 その声は小さいながらも多分に怒気を含んでいて、怯みそうになる心を奮い立たせたら勢い余って開き直っていた。


「し、質問に質問で返さないで下さい! わからないから訊いているんで……って、いひゃっ!」


 言い終わる前に思いきり頬をつねられた。


「馬鹿野郎! 殴られなかっただけマシだと思え。いいか、京都守護職である会津藩の藩主、松平容保まつだいら かたもり様だ! 俺たち壬生浪士組を預かってくださっているのもそのお方だ!」


 京都守護職と言われてもよくわからないけれど、藩主だというし、とにかく偉い人なのだろう。

 そう思いながら解放された頬っぺたをさすっていたら、まぁ待て待て、と近藤さんが喜びに沸く隊士たちを鎮めていた。


「実はな、武家伝奏より我々壬生浪士組の新しい隊名も賜ったのだ」


 揺れる篝火に照らされる近藤さんの顔は、どこかもったいぶるように笑窪を作りながら、続きを芹沢さんに促した。

 パチパチと薪の爆ぜる小さな音が虫の音と混じり合い、視界の片隅ではいくつもの火の粉を空へと舞い上げている。


 不意に、前へ出た芹沢さんと目が合った。

 その視線はすぐに土方さんへ移されると、芹沢さんの威風堂々たる声が響き渡る。




「――――新選組だ」




 震えるような歓声が一斉に上がり、喜びに沸く声がそこかしこから聞こえる。

 

 やっぱり新選組だった。

 土方さんが私の肩に手を乗せると、沸き立つ隊士たちをゆっくりと見渡しながら呟いた。


「新選組……だな」

「新選組……ですね」


 壬生浪士組は知らないけれど、新選組なら知っている。兄から何度も聞いたその名は、その人たちは、多くがこの激動の時代に翻弄され志半ばで散って行く……。


「って、おい。何で泣いてんだ!?」

「え? あ、あれ……? 何で……」


 私、泣いているの?


 土方さんの指がそっと私の目元に触れて、初めて涙を流していたのだと気がついた。頬をつねった時とは違って、優しい手つきだった。


「え、えっと。新選組拝名の瞬間に立ち会えたんだって思って、そしたら、その、だから……これは、感動の涙です!」


 咄嗟に誤魔化した。

 だって、言えるはずがないんだもの。


 私の目の前にいる彼らはもう、遠い昔話の登場人物などではなくなってしまったから。

 突然、幕が切って落とされたこの物語は、決してハッピーエンドではないことを、私は知っているのだから……。


「感動してるって顔じゃねぇな」

「そんなことないですよ。気のせいです」


 篝火の明かりだけなのに、どうしてわかっちゃうのかな。これ以上は踏み込まれたくなくて、慌てて手の甲でゴシゴシと拭った。


「あっ! 土方さんが春くん泣かせてる!」


 そう言って指をさすのは沖田さんだった。


「ああ!? ちげぇよ! って、指をさすんじゃねぇ、総司!」

「こんなめでたい日なんだから、新人いびりなんかしてないで、発句でも詠んだらどうですか~?」

「うるせぇ! おい、待てっ、総司!」


 鳴りやみそうもない歓声の中を、土方さんが怒鳴りながら沖田さんを追いかけ回している。

 けれど、そんな二人の顔は言葉とは裏腹に嬉しそうで、しばらくそんな光景を見ていたら、思わず吹き出してしまった。


「あ、春くんが笑った」

「こんな日くらいそうやって笑っとけ」


 ……そう、だね。そうかもしれない。

 泣いても笑っても、動き出したものはもう止められない。

 だったら笑っていたい。


 百五十年以上も先の未来から来た私が、新選組誕生の瞬間に立ち会ったこと。それはきっと、この物語に新たな登場人物が加わったということ。

 結末を知っている私になら、違う物語を紡ぐことができるかもしれない――


「おーい、三人とも置いて行くぞ~?」


 だいぶ離れたところから、近藤さんがこちらに向かって手を振っていた。

気がつけばみんな屯所への帰路についていて、私たちの周りには誰もいなくなっていた。


「ほら、春くん帰りますよ!」


 そう言って、沖田さんが私の手を掴んだ。


「近藤さんのところまで競争です! 一番最後の人は、明日、厠掃除ですよ!」

「ええ!? って、走りには自信あるんで負けませんよ!」

「厠掃除って、明日の当番総司じゃねぇか! っておい、お前ら! 俺を置いて行くんじゃねぇ!」


 私にならできるかもしれない。

 ううん、私にしかできないのかもしれない。

 なら、やるしかない。変えてみせる。

 だって、こんなにも嬉しそうに笑っている人たちを、死なせたくないと思ってしまったから。


 先を歩く近藤さんのもとへ、新選組隊士たちのもとへ。

 何かを振りきるように、何かを目指すように……今はただ夢中で駆けて行った。

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