012 刀のその重み
今日は朝から屯所内が騒がしくて、土方さんも忙しない。邪魔しないようそっと部屋を出ると、やたら騒がしい広間へ行ってみた。
入口から中の様子を覗いてみれば、食事時でもないのに大勢の隊士が集まっていて、みんな揃いの羽織に鉢金という出で立ちなのだけれど……。
浅葱色に袖口が白のダンダラ模様のその羽織、どこからどう見ても新選組にしか見えない……なんて考えていたら、後ろから肩を叩かれて驚いた。
「こんな所で何やってんだ? 中に入って待機しとけ」
振り返ると、そこに立っていたのは永倉さんだった。背中を押され、そのまま一緒に中へ入ってしまったけれど……。
「何かあるんですか?」
「御所の方が騒がしくてな。俺らも出動するんだろうが、まだ声がかからないらしい。だからこうして待機してるってわけだ」
「なるほど」
御所で何かあったのだろうか。大勢で出動だなんて、それなりに大きな出来事なのかもしれない。
その時、勢いよくやって来た土方さんが、声を張り上げた。
「おい、お前ら! 会津からやっと出動要請が出た。急いで支度しろ!」
言い終わるや否や、みんな待ってましたとばかりに騒がしさを増す。
そんな様子を部屋の隅っこで見ていると、土方さんと目が合った瞬間、眉間に皺を寄せながら面倒くさそうに向かってきた……。
「お前、どうすっかな……。誰か残して置いてくしかねぇか……」
側へ来るなりそう言うも、隣で聞いていた永倉さんが驚いたように土方さんを見る。
「何でこいつだけ置いていくつもりなんだ? 見習い隊士だろうが、今日は総出で行くんじゃないのか?」
「いや、まぁそうなんだが……こいつは……」
土方さんが言いよどむも疑問が一つ。
永倉さん、私いったいいつから見習い隊士に? そもそも小姓とは名ばかりで、それらしい仕事はまだ何もしていないけれど。
そんなことを考えていると、芹沢さんが側へやって来た。
「春、お前も早く支度しろ。一緒に行くぞ」
「えっ、私も行くんですか?」
当然、と言わんばかりに側に置いてあった羽織と鉢金を拾い上げ私に押しつけると、少し待ってろ、と言い残してどこかへ行ってしまった。
慌てて土方さんが呼び止めるも、少し遅れてやって来た近藤さんに遮られる。
「どうした、歳?」
「いや、芹沢さんがこいつを連れてこうとしてるから、止めようと思ったんだが」
「何! 歳、これは壬生浪士組結成以来、我々の初の晴れ舞台でもあるんだぞ? 彼だけ置いて行くなんて、そんな可哀想なこと言ってはいかん!」
いやいや、全然可哀想なんかじゃないです。私が行ってもきっと、足手まといになるだけです。
土方さんも同じことを思っているようで、首を縦に振ろうとはしない。すると、近藤さんがやや強い口調で言い放った。
「歳っ! これは会津中将様直々の命だぞ? 我々、壬生浪士組総出で出陣する!」
「……ああ。わかった」
え……待って、私も行くの!?
頼んだぞ、と近藤さんはニコニコしながら私の肩をトンと叩き、満足そうにどこかへ行ってしまった。
「あのー、土方さん? 本当に私も行くんですか?」
「近藤さんが言うんだ、しょうがねぇだろう……」
そう言いつつもため息をつくと、土方さんや新見さんと同じ副長という立場である、
まだ挨拶程度の会話しかしたことがないけれど、私たちの近くへ来るなり、突然、声を荒らげた。
「ここに置いてあった私の装備がないんだが! 誰が持っていった!?」
ここに置いてあった……?
ゆっくりと、自分の両腕の中にある羽織と鉢金に視線を落とす。山南さんが探している場所は、元々これが置いてあった場所だったような……?
山南さんと装備を交互に見つめてから、恐る恐る声をかけた。
「……すみません。もしかして、お探しの物ってこれですか?」
肩の辺りまで伸びた髪を半分だけ結い上げている山南さんは、後頭部に片手を当てながら苦笑いした。
「あ、ああ、驚かせてしまってすまない。君が持っていてくれたんだね」
「い、いえ……どうぞ」
「ありがとう。ええと、琴月君だったかな? 怒鳴ったりしてすまなかったね」
ばつが悪そうに羽織と鉢金を受けとると、逃げるようにして離れて行った。一連の様子を隣で見ていた土方さんが、少し驚いたように言う。
「山南さんが怒るなんて珍しいな」
「そうなんですか?」
「ああ、賢くて温厚な人だ。あんな風に声を荒らげるとこなんて、俺も数えるほどしか見たことねぇよ」
今日のこの出陣に、気が高ぶってしまったのだろうと笑っている。
そういえば、兄の大好きなヒーローたちの中にも、その名があったっけ。つまり、新選組の一人……なんて考えていたら、山南さんがまたしても大声をだした。
先鋒を務める私がどうしてこれだけの装備なんだ、とかそんなことを言っている。確かに、局長の二人はそれなりの防具も装備していたけれど……。
そんなことより、本当に普段は温厚な人……? と首を傾げながら隣の土方さんを見れば、本当に珍しいや、と笑っていた。
結局、側にいた隊士に宥められて落ちついたみたいだった。そして、山南さんを宥めたその隊士は、坊主頭に鉢巻、大薙刀を小脇にかいこむというまるで武蔵坊弁慶のような出で立ちで、みんなから今弁慶なんて言われて喜んでいた。
「んじゃ、ちょっと待ってろ」
騒ぎが収まった途端、土方さんまでどこかへ行ってしまったのだった。
しばらくすると、ほぼ同時に土方さんと芹沢さんが戻って来た。それぞれ手に持っているものを、受け取れ、と私に差し出してくる。
土方さんが持って来たのは羽織と鉢金だった。芹沢さんから渡されたものは山南さんに返してしまったので、新たに私の分を持って来てくれたらしい。
そして、芹沢さんが持って来たのは……刀だった。
「脇差しだ。丸腰で行くわけにはいかないだろう?」
「いや、でも……」
偽物ならまだしも、これはさすがに受け取れない。
新見さんに刀を向けられた時の恐怖がよみがえり、冷たい汗が一筋、背中を伝い落ちるのがわかった。
「早く取れ」
「無理です……」
「そうか。ならばこの場で斬って捨てる」
「なっ……」
無茶苦茶だ。自分勝手にもほどがある。
それでも、芹沢さんを見上げたまま受け取らずにいたら、その顔は口の端を吊り上げ冷たく言い放った。
「取れ。自分の身は自分で守れ、春」
なんて自分勝手な人なんだろう。私の意思などお構いなしに勝手にここへ連れて来たくせに、今回も勝手にどこかへ連れて行こうとする。
そのうえ、自分の身は自分で守れだって?
思えば最初に会った時もそうだった。新見さんに斬られそうになっても、この人は見ているだけで助けてはくれなかった。
思い出したら何だか腹が立ってくる。それに、きっとこの感情すら芹沢さんの思惑通り……そんな気まですれば、悔しさまで込み上げるけれど。
ごくりと喉を鳴らして睨むようにその顔をみつめれば、芹沢さんがさらに笑みを深めた。直後、わかりました、と半ば勢いだけで掴み取る。
生まれて初めて手にした刀は、沖田さんから受け取った木刀より少しだけ軽かった。
軽いはずなのに、何よりも重い気がした。
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