弱い僕は君の勇者になれただろうか
@balsamicos
弱い僕は君の勇者になれただろうか
僕は幼少期、勇者に憧れていた。
己の身体ひとつで魔物の軍勢を退き、自身よりふた回りも大きな怪物をバッタバッタと斬り伏せる─そんな勇者に憧れを抱いていた。
そんな憧れは、時間と環境がお前には分不相応だというようにチリも残さず吸い取っていった。
今は、父が開業している村唯一の診療所でお手伝いの日々だ。
「おーい、ユーリ!消毒液と包帯、持ってきてくれ!」
「わかったー」
父からそう言われ包帯と消毒液を、持ち診察室へ向かう。
隣村のロビンさんが来ていた。腕から血を流している。
「おう、ありがとう、ユーリ」
「…うん、あっ、ロビンさんもお大事に」
「あぁ、ユーリくん、ありがとう」
なんでもロビンさんは近くの森で魔獣に襲われたという。この辺りも最近は魔獣が増え、近いうちに村を警備する兵士を王国が寄こすらしい。
「とりあえず、怪我の方は大丈夫そうだが、帰り道は気をつけなさい。念のため、帰りは馬車を使った方がいいかもしれん」
「…はい、わかりました」
ここには多くの怪我人が来る。幼い頃から魔獣に襲われた患者達を、見ているうちに私は勇者になりたいとは思わなくなった。
「そういえばユーリ、包帯と消毒液戻すついでにアンリちゃんの体調も看てきてくれ」
「ん、わかった」
アンリは僕と同じ歳の、いわば幼馴染だ。隣村にすむ彼女は10歳くらいの頃、森へひとりで遊びに出かけ魔獣に襲われた。発見が遅れ一命は取りとめたものの、とある病を発症した。彼女はそれから5年近く、ウチの診療所で面倒を見ている。最近は回復の兆しが見えているが、病気を甘く見てはいけない。
「おーい、アンリ、入るぞ」
「あ!ユーリくん!おはよう!」
「あぁ、おはよう、今日の体調はどうだ?」
「あーもう全然!もう退院してもいいんじゃない?」
病気を甘く見てはいけないと言ったが、むしろ俺より元気そうだ。
「まだだめ、ちょっとした散歩はむしろ推奨するけど、もう少し入院してた方が良いって、父さんが」
「ふ〜ん、そんなこと言って私みたいな可愛い子がいなくなるのが嫌だから退院させてくれないだけじゃないの?ユ・ウ・リ・く・ん!」
「…そんなんじゃないって」
「もう、つれないなぁー!そ、そんなんじゃないんだからねっ!くらい言いなさいよ面白くないなぁ」
どこで覚えたんだ、そんな言葉。
「と、とりあえず!もう少しは入院してろって!」
「ふ〜ん、まぁそんなことはどうでも良いとして、それじゃ!散歩行こ!ユーリくん!」
どうでも良いって…。
「なんで、俺も…」
「こんな可愛い子ひとりにしたら危ないでしょ⁉︎またひとりで森に行くかも知れないし!」
結構な大事故だったのに自らネタにしている…。
「それに、今は私の方がユーリくんより外に出る頻度多いんじゃない?太陽浴びないと健康に良くないよ?というわけで善は急げ!行こ行こ!」
「ちょっ…わかったわかった!せめて着替えさせて!」
そんなこんなで半ば強引に外へ連れ出された。
散歩といっても小さな村をちょっとまわるだけだ。外は魔獣が出る危険性があるため、兵士が来るまでは無闇にリスクを負うべきではない。
「んー、毎日同じ景色だと飽きちゃうね、久しぶりにあそこいかない?」
「あそこは、父さんに危ないって言われただろ?」
「良いじゃん!良いじゃん!退院したら最後になるかも知れないんだし、気をつけるから!お願い!ねっ?」
「…うーん」
「お願いお願いお願いお願い!」
「…少しだけだからな?」
「さすがユーリくん!よし!行こ行こ!」
断りきれなかった僕は彼女と診療所へ戻り、3階へ上がる。あそことは診療所の屋根の上だ。
窓に手をかけ三角形の足場を気を付けて進む。
爽やかな風を浴びて遠くに見える王国の城を眺める。ただそれだけだ。
「んー!やっぱ気持ちいい!」
足をバタつかせてはしゃぐ彼女を見て、少し頰が緩む。初めてここへ連れて来た時と全く変わらない態度と表情。彼女はいつだって変わらない。
「んー?私を見つめてどうしたのー?」
「い、いやなんでもない」
「んー?何が何でもないの?んー?」
「いや、本当になんでもないから!」
そんなことをしていると、村の入り口に見慣れない人達が来ていた。3名、服装からすると村に来る予定だった兵士だろうか。真ん中の金髪の男性が凄く目立っている。
「なぁ、あれって村に来る予定だった兵…」
そう言って彼女の横顔を見たときドキッとした。
紅潮した肌。少し儚げな表情。5年も一緒に過ごしてきたが一度も見たことない表情だった。
「ん?ごめん、聞いてなかった。そろそろ戻ろっか!下に兵士みたいな人来てるし怒られるかも!」
「あ、あぁそうだな。戻ろう…」
あの表情、そして彼女の視線の先。きっとあの金髪の兵士に向けられたものだった。
悶々とした感覚を抱きつつその日は何事もなく終わった。
翌朝、聞いたところによると、彼らは兵士ではなく勇者御一行とのことだった。魔獣に困っている村のために数週間ここに滞在するらしい。
───
それから数日後、村に勇者達が滞在するのが決まって以来、彼女は定期的に勇者に会って話をしているらしい。
らしいというのは、俺は最近、彼女と会っていないからだ。なんとなくあの表情をした彼女と、面と向かって話しかけづらくなってしまったのだ。
あれ以来、何かと理由をつけて彼女とは会わないようにしている。彼女の口からあの表情で勇者の話が出るのが怖かったのだ。
相変わらず僕は弱い男だ。
そんなこんなで数日後、ついに彼女の退院の日が来た。
僕は薬草採集があると理由付けて見送りを拒否した。父からは本当に良いのか?と釘を刺されたが、僕は別に良いと返した。それ以上父は何も言わなかった。
───
僕は森の入り口辺りで薬草を採集していた。そろそろ彼女は隣村に行くところだろうか、そんなことを考えていると後ろから声をかけられた。
「…ちょっと!」
彼女だった。
「あ…、あぁアンリか、もう村を出…」
「…んで…なんで見送りに来ないのよ!私、ユーリに何か悪いことした?ねぇ!ユーリ!なんか言ってよ⁉︎」
凄く怒っている。
「うっ、いや、僕は薬草採集があるから…」
「な、なによっ!薬草採集がそんなに大事?見送りぐらい来てもいいじゃない!」
そして…泣いていた。
「べ、別に僕がいなくてもいいじゃないか!勇者にでも見送ってもらったらいい!そ、そうだ、勇者に護衛してもらったらいい!はは、それがいいじゃないか!」
「なに笑ってんのよ!なんでそこで勇者様が出てくるのよ!全然意味わかんない!」
「もういい!ユーリなんて大っ嫌い!」
そう言い放つと彼女は、こちらに背を向けて走り去っていった。
「…はは、何言ってんだろ、僕…。退院おめでとうっていうだけだったじゃないか…」
「なんて…なんて僕は弱いんだ…」
人のいない森の入り口。鳥の声、木々の隙間から射す木漏れ日。僕は、僕は人知れず泣いた。
その日の夜だった─。
ぼーっとしていた僕の耳に、外で話している父と村人の会話が聞こえた。
「おい、隣村に大きな魔獣が出たらしい」
「なんだって、急いで勇者様を呼ばないといけないじゃないか!」
「なんでも、今勇者様達は森に出向いているらしい」
「そんな…、アンリちゃん達は無事だろうか、不運な子だ、こんなタイミングで…」
そこまで聞くと僕は立ち上がっていた。
…行かなきゃ…行かなきゃ。アンリが…アンリが危ない。
それから僕は隣村まで走っていた。
手には村の納屋に立てかけてあったクワを持って。
はぁ…。はぁ…。運動不足だからか肺が痛い。
隣村には大型の魔獣がいる、怖い。
怖さで涙が溢れ、前がよく見えない。
でも、足は止まらなかった。肺も痛い。魔獣も怖い。でもそれ以上に…彼女を…アンリを助けられない方が何よりも怖かった。
「…あんな…あんな…別れ方じゃダメだ…もう会えないなんて…絶対…絶対に嫌だ!」
クワを片手に息切れ切れの少年は、涙を拭うこともせず隣村を目指し走った─。
───
隣村の入り口に着いた。先では悲鳴や唸り声が混ざりまるで地獄のようだった。
「アンリは…アンリはどこだ…」
僕は村の中を彷徨う。家の中で縮こまる女性や子供たち…。農具を片手に家の前で男が立っていた。
「あの…アンリを…アンリを見ませんでしたか?」
「村の子じゃないな小僧、ここは危ない、とりあえず俺の家で隠れておけ!」
「アンリは…アンリはどこですか…?」
「おい、聞いてるのか?アンリ?アンリってずっと入院してたっていうマーリットの子か」
「マーリットの家はもう魔獣が来て危険なはず…っておい!小僧!どこ行く!」
「僕が、僕が助けないと…」
叫び声や唸り声がのする方へ走った。
アンリの家が近づく…アンリは…いた!
アンリは半壊した家の裏に家族と固まって隠れていた。
アンリ…良かった…と思ったのも束の間、アンリ達の背後から熊のような大きな魔獣が忍び寄る…。
危ない!僕は飛び出した。手に持ったクワを握りしめ、魔獣の背中へ大きく振り下ろした。
「うおぉぉぉお!!!」
勢いよく振り下ろしたクワは魔獣の分厚い皮膚に刺さることはなく柄の部分からポッキリと折れた。
「ユーリくん⁉︎なんで…」
魔獣はアンリたちから僕へとターゲットを変え、迫り来る。逃げ出そうとした僕は恐怖で身体が思うように動かず、後ろにつまづいた。迫り来る魔獣が大きな爪を振り下ろす─。
僕の足から鮮血が溢れる。
「うわあぁぁあ!!!」
「ユーリくん⁉︎」
痛い─痛い、痛い、痛い。
僕は死ぬんだ─。最後に、最後に僕の気持ちをアンリに伝えたい。告白したい。
目の前の魔獣から目をそらし、奥に見えるアンリに向かい─叫ぶ。
アンリ─好きだ!
「あ、アンリ!─退院おめでとう!」
まただ。僕は最後まで弱いままだ。はぁ生まれ変わったら勇者になりたい。
目の前の現実に目を背け、目を瞑る。
薄れる意識の中、声が聞こえた…。
「はあぁぁあ!!」
その声と同時に唸り声と歓声が聞こえたが、僕はそこで意識を失った。
───
目を覚ますと僕は天国─ではなくいつもの診療所だった。横をみるとアンリが僕に突っ伏して寝息をたてている。
「…僕生きてたんだ─」
「目が覚めたか、ユーリ」
父が来た。
父の話によると、僕が魔獣に殺される直前、勇者が現れ魔獣を斬り伏せたらしい。魔獣はあの一匹だけらしく、被害も思いのほか少なく済んだ。僕が一番の大怪我で、村から死人は出なかった。そんなことを父に怒られながら聞かされた。
「でも、まぁユーリ、お前は良くやった」
そう言って父は立ち去る。
眠っているアンリを横目に僕は呟く。
「やっぱ勇者はかっこいいなぁ…」
「…ユーリが一番カッコよかったよ」
眠っていたはずのアンリが返事をする。
「…お、起きてたの⁉︎」
「うん、ユーリ…私を助けてくれてありがとう」
あの表情をしていた。そして僕は─。
「はは、アンリ、好きだ!そして退院おめでとう!」
「なにその告白、でも…うん…私も好き…」
これが僕の物語だ。勇者みたいにカッコよくはないけど、うん、これで良いんだ。
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