落下少女の終焉、あるいは文学少女の回想
本田玲臨
落下少女の終焉、あるいは文学少女の回想
私は旧校舎に居ました。
今ではもう使われていませんが、新校舎が建設されて間もない頃。あの時はちょうどベビーブームの頃で、旧校舎を使わないと生徒が入りきらないほどクラス数が多かったものです。
私は旧校舎にある一年C組の生徒でした。
その日。私はクラスに残って日誌を書いていました。
いや…。嘘はいけませんね。正しくは、日誌を書き終えて、小説を書いていたというのが正しいです。当時、まだまだ書き始めの頃でして頭の中のアイデアを書き起こすまで、集中して机にしがみついていたものですよ。
クラスには私一人のペンの音。呼吸音。鼓動。
いつもはぎゃあぎゃあと動物園みたいに騒がしいクラスだったからか、その時の静かさがやけに強調されて思い出されます。
机に縋っていた私ですが、ふいに射し込む光に気付き顔を上げました。
時刻はちょうど夕方、黄昏時。夕日の美しさに私は息を呑み、ただぼうっと夕焼けの空を見ていました。
そこで私は、席を立ちました。
というのも、私がいた教室は一階で、空を見ると言ってもあまりよく見えていませんでした。したがって、よく見えるように窓際の方へ寄ったわけです。
その時でした。
上から何かが降って来たんです。
何か、っていうのは。……人です。女生徒。
時間にして、一瞬だったと思います。
髪の長い、目のぱっちりした先輩。先輩だと分かったのは、クラス章の色からです。私とは違う、青色の章は三年生のものでした。
天使のような微笑みを浮かべて、彼女は夕焼け色の空を飛んでいました。
しかし、私達は人間です。
その姿を見た次の瞬間には、ぐちゃりと衝撃音が耳に届きました。
今でもその音は思い出せます。ぐちゃり、という表現を今はしていますが、本当はもっと無機質で無慈悲で、こびりついて離れない音です。
私が動けるようになったのは、それから体感で数分経ってから。実際はどのくらい時間が経ったのは覚えていません。
指が動くようになって、足が動くようになって。
私は目の前の窓の留め具に手を伸ばし、ゆっくりと窓を開けました。
鼻に、強い鉄の匂いが、入ってきました。
それから顔を覗かせて下を見ると、そこには笑顔を向けてくれた彼女の死体。
私はただそれをじっと眺めて、当直の先生が声を掛けてくださって事態に気付くまで、私は放心状態でした。
病院へ連れて行かれ、カウンセリングを受けるように言われて受けて、あの日から二週間は忙しかったですね。
亡くなった方は、見ず知らずの先輩。先生に訊ねても名前を教えてくれはしませんでした。学年も違うので、卒業アルバムにも名前は載りません。
クラスメイトに彼女の事を訊いても、帰宅部だったのか目立たない内気な生徒だったのか、詳しい話にまでは辿り着けませんでした。
それからこうして月日は流れ、あの時には考えなかった事を思います。
あの時。どうして彼女は笑っていたんでしょうか。
世界を悲観して飛び降りたわけではない、と思います。悲しみに満ちた人間が最期に笑う、とは私には思えないんです。
だとしたら、彼女はどうして飛び降りたのでしょうか。
空を飛びたい願望でもあったんでしょうか。
それとも本当にただ、気まぐれに自殺していて、瞬時に私を見つけて笑って見せたんでしょうか。
ただ、私は思うのです。
あの人はまるで――――、私に見せつけるように笑って、死んでみせたんじゃあないかって。
落下少女の終焉、あるいは文学少女の回想 本田玲臨 @Leiri0514
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