第31話
「え……?」
引きずられるようにして、私の身体も動く。
ホームに立っていた私たちは、バランスを崩すとそのまま――。
「っ……!」
悲鳴とともに、列車がホームに入ってくる音が聞こえる。
そして私は――何の
やけにゆっくりとホームの向こうに落ちていく中で、和臣君がショックを受けたような表情をしているのが、見えた。
本当は私だって、和臣君と一緒に生きたかった。
あの場所に行かなければ、車が来る場所でなければ、もしかしたら事故なんて起きないんじゃないか。未来は変えることができるんじゃないかとほんの少し、期待していた。
でも、やっぱり事故は起きてしまう。どんなに抗ったとしても、やっぱり未来を変えることなんてできないんだ。
それなら、死ぬのは、私がいい。残されるのは、もう嫌なんだ。
空中に投げ出された私の身体は、重力に逆らえるわけもなくそのままホームに向かって落ちていく。浮遊感が気持ち悪い。
投げ出された痛みと、電車にはねられた痛み、どちらが先に来るのかな。
できればあまり痛くない方がいいな。
「ふっ……ざけるな!」
「え……?」
和臣君の声が、すぐ傍で聞こえた気がした。
そして……。
「っ……!!」
全身に衝撃が走った。
何が起きたのかわからない。でも、ドンッという衝撃と、私の身体を抱きしめる誰かの温もりがあった。すぐそばで呻き声が聞こえて、私はそっと目を開けた。
そこには、私を抱きしめたまま倒れている和臣君の姿があった。
「かず、おみく……ん……?」
「み……」
和臣君の口が動く。けれど、すぐそばを通る電車の音にかき消されて何も聞こえない。
いったいどうなっているんだろう。
周りを見ようと、私は必死に身体を起こした。――その瞬間、悲鳴と歓声が聞こえた。
「君たち! 無事か!?」
「え……あれ……?」
それまで和臣君の姿しか見えていなかった私は、周りにたくさんの駅員さんが駆け付けてくれているのに気付いた。
真っ青な顔をした駅員さんたちは、私と和臣君の姿を見て「無事でよかった」と口々に言った。
「私……たすか、ったの?」
「この……バカやろう!!」
和臣君が、私を抱きしめて、そして怒鳴った。
こんなふうに声を荒げる和臣君を見たことがあっただろうか。
和臣君の声が、私を抱きしめる手が、震えていた。
「ごめんな、さい……」
「ごめんじゃない! 俺が、俺がどんな想いで!!」
和臣君の頬を涙が伝う。
私のために、和臣君が泣いている。
その頬に手を伸ばすと、血が滲んでいるのに気付いた。
よく見ると顔にはあちこち傷があって、身体中も砂埃で汚れていた。
こんなになるほど必死に、私のために……。
「ごめ……な、さ……」
「っ……! 俺は! 瑞穂と一緒に生きたいんだ!! 俺を庇って瑞穂が死んだ世界なんてもう嫌なんだ!! 瑞穂が隣にいないのは、もう嫌なんだ!!」
「かずお、み……くん……」
泣き声混じりの怒声は、私の心に深く突き刺さった。
抱きしめる手の力を緩めると、和臣君は私の肩に顔を埋めた。
「もう嫌なんだ……。何度も何度も、瑞穂の夢を見た。夢の中では瑞穂が笑っていて、俺の隣で、嬉しそうに、いつもみたいに俺の名前を呼ぶんだ。なのに、手を伸ばすと、瑞穂は消えてしまう……。するりと俺の手を通り抜けてしまう……」
「ごめ、ん……ね……」
「そんなの、もう嫌だ……。もう、どこにもいかないで。俺の、そばにいて……、俺と一緒に生きて……」
「私も……和臣君と一緒がいい……。和臣君と一緒に、生きたい……!」
私たちは、泣いた。
抱きしめあったまま、声を上げて泣き続けた。
全身から伝わる和臣君の心臓の音が、私のものと混じり合いながら、生きているんだと知らしめるように、大きな音を立てて鳴り続けてた。
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