第28話

 星が、綺麗だった。

 和臣君が帰ってから、どれぐらいの時間が経っただろう。

 私は、ブランコに座ったままボーっと星空を眺めていた。

 星は私が今見ているよりも何年も何百年も前に輝いて消滅したものだと科学の授業で習った。

 じゃあ、今ここにいる私はなんなんだろう。

 一度死んでしまってから三ヶ月近く、こうやって過去をやり直すかのように生きている、私はいったい――。


「バカだろ」

「え……?」


 星空を見ていた私のおでこに、温かい何かが置かれたのに気付いた。

 落とさないようにそれを掴むと、隣にいるはずのない誰かの姿を見つけた。


「和臣君……」

「なんでまだいるんだよ」

「なんで、戻ってきたの?」

「……なんとなく、まだいる気がして」

「そっか」


 受け取ったココアが温かくて、随分と身体が冷えていたことに気付いた。

 口に広がる甘さと温かさが心地いい。


「あったかい……」

「それ飲んだら帰ろうな。送っていくから」

「い、いいよ」

「ダメ。また帰らないままここにいるかもしれないだろ」

「今度こそ帰るって」

「ダメ。送っていく」


 こうなると、和臣君は頑固だ。きっと私が家に入るのを見届けるまで帰らないだろう。

 以前もこういうことがあった。だから、私は「はい」と頷くと、ココアに口を付けた。


「何してたんだよ」

「星を見てた」

「星?」


 つられるようにして、和臣君は夜空を見上げた。

 街灯があるといえど、真冬の空には星が綺麗に見えた。


「綺麗だな」

「綺麗だよね」

「……あ、流れ星」

「わっ……!」


 夜空を、一つ星が流れていく。

 流れ星が消えるまでにお願い事を三回唱えると願いがかなう、なんて言い出したのはいったい誰だったのか。

 私は、私の願いは――。


「……帰ろうか」

「うん」


 冷え切ったココアを一気に飲み干すと、私はブランコから立ち上がった。

 けれど、長時間座っていたせいか、足が痺れてそのまま前のめりに転んでしまった。


「ったぁ……」

「大丈夫?」

「う、ん……。転んじゃった」

「何やってんだよ……。あ。血出てる」


 転んだ拍子に擦りむいたのか、膝小僧には血が滲んでいた。

「はあ」と呆れたようにため息をつくと、和臣君は私の前にしゃがんだ。


「え……?」

「背中、乗って」

「い、いいよ! 重いし、和臣君潰れちゃう」

「潰れないよ」


 和臣君は笑うと「ほら」ともう一度、私を促した。

 どうしようかと悩んだあげく、私はそっと背中に身体を寄せた。


「お、重かったら下ろしてね?」

「大丈夫だって」


「よっ」と掛け声をかけると、和臣君は立ち上がって、そのまま崩れ落ちた。


「きゃっ……!」

「なんちゃって」

「も、もう! やっぱり降りる!」

「冗談だって」


 笑い声をあげると、今度こそ和臣君は歩き出した。

 背中越しに、和臣君の心臓の音と体温が伝わる。


「何やってんだろうな、俺たち」


 和臣君が、一人呟く。

 その問いかけに答えることは出来なかった。

 本当に、いったい何をやってるんだろう。

 こんなにもすぐそばにいて、大好きで、大切なのに、どうして――。

 それっきり何も言わなくなった和臣君の背中にギュッとしがみつくと、私はそっと目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る