第27話

 二本目の映画を見終わった頃、ちょうどお父さんたちが帰ってきたので私たちは場所を私の部屋に移動した。


「あ、瑞穂。それ取って」

「はーい」


 DVDの袋を探していたコタ君は、私が持っている事に気付くと声をかけた。私は中を確認して、さっきレンタルショップでもらったあるものが入っていることを確認すると、袋をコタ君に手渡した。


「サンキュー。帰りに反してくるわ。……あれ? これなんだ?」

「なになに?」

「遊園地の割引券?」

「レンタルショップで配ってたのかな」

「へー、これあそこじゃん。高一の時に遠足で行ったとこ」

「ホントだ、懐かしい」


 どうやら一年の時の遠足で行った場所だったようで、私の知らない名前も聞こえてくる。きっと二年で違うクラスになった友達なんだと思う。羨ましいなと思う反面、ちょうどよかったと思う私がいた。

 もちろん私は行ったことがあるわけなかったので、会話に入れないままでいると、それに気がついた果菜ちゃんが私の方を向いた。


「ここねー、遠足の定番だったのお。一年の時も行ったし、それ以外にも子どもの頃に一度はみんな行ったんじゃないかなあ」

「そうなんだ、いいなぁ。私、行ったことないからさ。みんなの思い出の場所なんだね」


 その言葉に、みんなの声が一瞬止まった。

 どうしよう、白々しかっただろうか。あまりにもあからさますぎて、みんな何と言っていいか困ってるんじゃあ……。

 そんなことを考えていると、コタ君が言った。


「じゃあさ、今度みんなで行こうぜ」

「それ、すっごくいい!」

「……いいの?」

「もちろん。うちの学校、一年で修学旅行も行っちゃうから瑞穂とどっか行った思い出ってないものね」

「嬉しい……!」


 ありがとうと、ごめんねがぐちゃぐちゃになって泣きそうになる。

 目尻に溜まった涙を気付かれないように拭うと、私はスマホを開いた。

 あとは――。


「それじゃあ、いつにしよっか。今週は急だし……来週とか? チケットの有効期限も今月末までみたいだし」

「っ……」


 その瞬間、和臣君の表情が曇ったのに、気付いた。

 でも、私はそれには気付かないふりをして話を進める。


「来週か、いいんじゃない?」

「私も大丈夫だよお」

「私も、何も予定ないわ」

「俺も大丈夫。……和臣は?」


 みんなの視線が、和臣君に注がれる。


「俺は……」


 そう言ったっきり、和臣君は何も言わない。

 だから私は――追い打ちをかけるように言った。


「みんなで、一緒に行きたいんだけど……ダメかな?」

「それ、は……」

「そうだよなっ。和臣、来週で大丈夫? それとも、日変えようか?」

「あ、じゃあ……」

「ええー、でもお月末テストだからその次だとだいぶ先にならないかなあ?」

「あ……」

「たしかにそうね。すると……春休みとか?」

「でもでも、それだとチケットの期限過ぎちゃうよお」


 果菜ちゃんの言葉に、みんなの視線が再び和臣君に向けられた。

 きっと悩んでるんだと思う。でも……。


「わかったよ。来週な」

「やった!」

「わあい、楽しみ」


 果菜ちゃんとコタ君がハイタッチをする横で、和臣君が小さなため息をついたのが見えた。


「ありがとう」

「……別に」


 小さな声でそう言うと、和臣君はそっぽを向いた。

 わかってる、ホントはこの日に私と会うなんて嫌だよね。

 でも、行き場所も違うし、二人きりじゃないからきっと大丈夫だって、そう思ってくれたんだよね。

 ありがとう。

 でも、ごめんね。

 きっと、事故は起きる。

 それがあの日と同じ形じゃなかったとしても、何らかの形で。

 そしたら私は、何の迷いもなく、また和臣君を助けるだろう。

 それを和臣君が、望んでいなかったとしても。


「そろそろ帰るか」と和臣君が言いだして、いつの間にか七時を過ぎていることに気付いた。

 慌てて片付けをして出て行くみんなを見送りに玄関に出た。


「…………」


 みんなが帰っていく中で、何か言いたそうに和臣君が私を見ていた。どうしたらいいか悩んでいると「ちょっといい?」と和臣君は言った。

 玄関から家の中にいるお父さんと百合さんに「ちょっとコンビニまで行ってくるね」というと、外に出た。


「歩こうか」

「うん」


 私たちは、街灯の明りだけを頼りに暗くなった道を歩いて、公園へと向かった。

 あの日、和臣君と話をした公園に。付き合っていた頃、二人で学校帰りによく寄っていたあの公園に。


「…………」

「あのさ」

「うん」

「……まだ俺のこと、助けるつもりでいるの?」


 ブランコに座ったまま、和臣君は私の方を見ずに問いかける。

 私は――小さく息を吐くと、嘘を吐いた。


「だとしたら、あの日と違う場所になんか、行かないよ」

「え……?」


 私の言葉が意外だったのか、和臣君は驚いた顔で私を見た。

 そんな和臣君にへへっと笑うと、私は勢いよくブランコをこいだ。


「ここ、二人で来るの久しぶりだね」

「お、おい。瑞穂……」

「私ね、和臣君のおかげで転校してきてからすっごく楽しかったんだ。果菜ちゃんたちとも仲良く鳴れたし、お父さんや百合さんにも前より心を開けるようになった。全部全部和臣君のおかげだよ」

「俺は、なにも。頑張ったのは瑞穂自身だよ」

「そんなことないよ。きっと和臣君がいなかったら、私は退屈でつまらなくて、卑屈で、何もかもが嫌で、諦めて、もしかしたら生きることすらもやめていたかもしれない」


 和臣君が、私の光だった。

 だから……。


「だから、俺のことを助けたの?」

「……わかんない」

「え?」

「気付いたら身体が動いてた。危ないって思ったら、和臣君のことを突き飛ばして、それで私が車の前に飛び出してた」


 あとから思うと、いろんな理由が思い浮かぶけれど、あの時はそれどころじゃなくて、きっと何も考えてなんていなかった。

 でも、それで和臣君のことを傷付けるなんて、思いもしなかった。


「ごめんね」

「……っ、俺は! 俺は!!」

「和臣君……?」

「なんでもない……」

「来週! 遊園地、行くよね?」


 ブランコから降りて、公園の入り口へと向かって歩いて行く和臣君の背中に向かって、私は声をかけた。

 和臣君は振り返ると、泣きそうな顔で言った。


「本当は行きたくない」

「和臣君……」

「でも、みんな楽しみにしてるから。だから、行くよ」

「よかった……」

「さっきの言葉、信じてるから」


 和臣君の声は冷たくて、怒っているのか悲しんでいるのか、それともその両方なのか、私にはわからなかった。

 ただ、信じていると言いながら、きっと私の言うことなんてこれっぽっちも信じていないんだろうなというのはわかった。


「じゃあ、気をつけて」

「ありがとう」


 そして、ごめんね。

 心の中で呟いたその言葉が、和臣君に届くことはなかった。

 ただ、頬を伝う涙が、地面を濡らし続けていた。

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