第26話

 結局、あの日の真相を確かめることも出来ないまま、週末を迎えた。

 約束していた待ち合わせ場所に向かうと、私以外みんなもう来ていた。


「ごめんね、遅くなっちゃった」

「まだ5分前だし。気にすることないよ」

「そうそう。んじゃ、みんな揃ったことだし行こうぜー」


 コタ君が言ったのを合図に、私たちは歩いて五分程の距離にあるレンタルショップへと歩き出した。

 レンタルショップにはたくさんのDVDがあって、それぞれがどれにしようかと選び始めた。

 コタ君がトナカイが戦う映画を、果菜ちゃんが山の上で好きだと叫ぶDVDを持ってきて、斗真君と雪乃に却下されていたのを見て、私と和臣君は笑っていた。


「何かないかなー」


 新作コーナーを見に行くと、見覚えのあるタイトルが目に入った。

 これは……。


「懐かしいね」


 思わず手を伸ばした私の後ろから、和臣君の声がした。

 それは、まだ私が死ぬ前のあの世界で、和臣君と二人で見に行ったあの映画だった。


「見せて」

「はい」


 パッケージを渡すと、裏面を見ながら和臣君は寂しそうに笑った。


「ついこの間のはずなのに、もう随分と前のことのような気がするよ」

「うん、そうだね」


 あの日のことを思い出す。

 二人で歩いた道のり、並んで座った映画館の椅子、上映中に触れた手と手。

 あの頃の私たちは、今よりももっと純情で、今よりももっと素直だった。

 それなのに……。

 今はもう、あの頃の私たちはここにはいない。

 思い出は思い出として、綺麗なままで取っておきたい。私は、DVDを棚に戻そうとした。


「あれ? それ借りないの?」


 そんな私の後ろから、誰かの声がした。振り返るの、コタ君の姿があった。


「あ、えっと……うん。前に見たやつだったから」

「そうなんだ? どれどれ」

「あ……」


 コタ君は私が戻そうとした私の手の中からDVDを取り上げた。

 隣に並んだ和臣君は、何ともいえない表情をしている。それはきっと私も同じで……。そんな私たちを見て、コタ君を追いかけて来た雪乃がまるで助け舟のように声をかけてくれた。


「それ、私も見たことあるわ。たしか、最後にヒロインを助けて主人公が海を泳ぐのよね」

「へー、アクション?」

「どちらかというと恋愛ものね」

「恋愛かー。女の子ってそういうの好きだよね」


 恋愛ものと聞いて興味を失ったのか、コタ君はDVDを棚へと戻した。

 そして、「あっちも見てみようぜ」と言って和臣君と一緒に他の棚の方へと歩いて行ってしまった。

 残された私は、さっきのDVDをもう一度手に取った。


「私ね――」

「え?」

「この映画のヒロインが、どうも好きになれなかったの。助けに来てもらうだけのお姫様なんて……」

「そう。そういう人もいると思うわ」

「でも、今なら主人公の気持ちの方がよく分かる。命がけだ助けたいと思うほど、ヒロインのことを愛していたんだって」

「瑞穂……?」


 私の言葉に、雪乃が怪訝そうな表情を見せる。

 慌てて「なんてね」と言った私に、雪乃はそれ以上何も言わなかった。その代り。


「何かあったら相談してね。果菜子も私も、瑞穂の味方だから」


 そう言って、私の背中にポンと手を当てた。

 その言葉が嬉しくて「ありがとう」と伝えると、雪乃は優しく微笑んだ。そんな私たちの耳に「雪乃ちゃあああん、これはー?」という果菜ちゃんの声が聞こえてきた。

 私たちは思わず顔を見合わせると、笑った。


「あっちの様子見に行きましょう。あのままじゃあ、コタと果菜子が二人の趣味に偏ったのを借りてきそうだし」

「そうだね」


 先に歩きだした雪乃の背中を見つめながら、私は手の中のDVDをもう一度見つめて、そして棚の中へと戻した。



 結局、宇宙人が地球を侵略してくるお話とホラー映画の二本を借りた。

 どちらも人気作で楽しみだった。ただ、ホラー映画ということで果菜ちゃんが大丈夫だろうかと若干心配をしていた私に、果菜ちゃんはケロリとした顔で言った。


「大丈夫だよお。だって、映画なんて作りものだしねえ」

「そ、そうなの?」

「うん! それに、そのDVD選んだの私だもん」

「えええ!?」


 知らなかった……。

 どちらかというと、こういうのが平気そうなコタ君の方が嫌そうな顔をしていて、人は見かけによらないものだと改めて思い知らされた。そして、私がどれだけみんなのことを知らなかったのかということも。

 リビングのカーテンを閉めて、DVDを再生しようとしたところで、斗真君が「そういえば」と思い出したかのように言った。


「今日、瑞穂のご両親は? 休みの日に大丈夫だったの?」

「あ、大丈夫だよ。今日は最後の検診に行った後、二人でお出かけしてくるって言ってたから」

「検診?」

「あれ? 言ってなかったっけ。うちもうすぐ妹生まれるんだ」

「聞いてないよお! なんで言ってくれなかったのお……?」


 そういえば、咲良の話をした記憶は、ない。

 それどころじゃなかったといえばそうなのかもしれないけれど、果菜ちゃんなんかはあからさまに悲しそうな顔をしている。

 どうしよう……。

 どう伝えればいいか悩んで、一瞬言葉に詰まった私の代わりに――和臣君が答えた。


「瑞穂の家、親が複雑なんだよ」

「あ……」

「え? そうなの?」

「ってか、なんで和臣はそれを知ってるんだ?」

「うちもほら、片親だろ? それでそんな話をしたことがあったんだよ」

「隠すつもりなんてなかったんだよな」


「そうだよね?」と、振り返って確認するように和臣君が言うから、私は慌てて頷いた。


「その、私の本当のお母さん、私が十歳の頃に死んじゃって……。で、こっちに引っ越してくる少し前に今のおかあさん――百合さんと再婚したんだ。隠してたわけじゃないんだけど、実は最初の頃あまり上手くいってなくて。それで家の話はしなかったの」

「そうだったの……」

「で、でもね! 今は前よりは話もするようになったし、それに産まれてくる妹のことも楽しみにしてるの! だから、気にしないで!」

「……和臣だけが知ってたっていうのは気に入らないけど……でも、そういう事情ならしかたないわよね」

「うんうん。あまり言いたくないお話だよね……。ごめんね、瑞穂ちゃん」

「そんな……」


 私の手をギュッと握りしめながら、今にも泣きそうな顔で果菜ちゃんが言う。雪乃も果菜ちゃんの後ろで、悲しそうな顔をしている。

 二人とも私を責めることはなかった。


「わ、私……」

「ほら、二人とも、そんな顔してたら瑞穂が困ってるよ」

「なによお、ちょっと瑞穂の事情知ってたからって偉そうにい」

「な、なんだよ」

「ね、瑞穂。こっちに来て一緒に見ましょう」

「そうそう、女の子同士で見よお」

「う、うん」


 和臣君は苦笑いを浮かべながら、それでも優しく私たちを見守ってくれていた。

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