第5章
第25話
結局あの日以来、私たちは友達として日々を過ごしていた。
だんだんと、事故の日が近付いてくるにつれ本当にこれで大丈夫なのかと不安になってくる。あの日のように付き合っているわけじゃない、和臣君はきっと私と二人ででかけてなんてくれないだろう。
それでも、あの日と同じように和臣君を守ることができるのだろうか。
「瑞穂?」
「あ、うん。なんだっけ?」
「瑞穂ちゃん寝てたあ?」
「そうかも」
私の言葉に、果菜ちゃんたちが笑う。その中には、和臣君の姿もあった。
和臣君はあの日の約束を守ってくれていた。友達としてならそばにいてもいいと言ったあの約束を。
友達なのだ。そう、友達。
「そうだ、ねえ。今度の土曜日って暇?」
私は、たった今思いついたかのように、提案した。
「今度の土曜日?」
「そう。うちの父親がね、この前映写機を買ったの。DVDが壁に映し出されるやつ。使ってもいいって言ってたからよければ遊びに来ない?」
「わーい、行きたあい」
「俺らもいいの?」
「うん、友達を誘ったらどうかって言われて。だから、みんなで見ようよ」
私は、友達という言葉をわかりやすく強調して、そして和臣君の方を見た。
和臣君は私の視線に気付くと、困ったような表情をした後「いいね」とだけ言った。
「何の映画見る?」
「ちょっと前にレンタルになってた恐竜のやつは?」
「アクションとかでもいいねー」
「昼からだったら二本ぐらい見れるんじゃないかな」
「そしたら、みんなで借りに行ってから瑞穂の家に行くかー」
わいわいと盛り上がるみんなを見ながら、私は小さく息を吐いた。
少しずつでいい。少しずつ、あの日までに、みんなで遊びに行く機会を増やして、それで少しでも自然に出かけられるようにしなければ。
「瑞穂」
みんなの輪から少し離れたところにいた私に和臣君が声をかけた。
こんなふうに、和臣君から声をかけてくれることは珍しくて、少し緊張する。
私は、ドキドキしているのに気付かれないように平静を装って口を開いた。
「どうしたの?」
「その……親父さんたちと上手くいってるのか?」
「……うん」
「そっか」
ホッとした表情を和臣君が浮かべるのが見えた。
私の口からお父さんの名前が出たから、心配してくれたようだ。
本当は、そこまで上手くいっているわけではない。でも、あの頃みたいに何もかもが嫌で壊したくて……ということはなくて。
「結構ね、落ち着いてるんだ」
「もうすぐだろ、咲良ちゃん」
「よく覚えてるね。もうだいぶお腹大きくなってるよ。早く咲良に会いたいな」
「瑞穂、咲良ちゃんのこと好きだったもんな」
優しく微笑むその笑顔は、以前の、私が付き合っていた頃の和臣君の笑顔のままだった。
胸が苦しくなる。
和臣君のこんな顔、ずっと見ていなかった。それは私がしたことの結果で、恨まれて、憎まれていたんだから仕方がないと思っていた。
でも、こうやって微笑む和臣君の姿を見ると、私のしたことは本当に正しかったのかと、これからしようとしていることは本当に正しいのかと自分自身に問いただしたくなる。
もしかしたら、二人ともが助かる道もあったんじゃないかと、僅かな可能性に縋りつきたくなる。
でも……。
「産まれたらさ、また会いに来てよ」
「……みんなと一緒にな」
近付いたと思ったのに、伸ばしかけた私の手をするりとかわすと和臣君はみんなの元へと戻って行った。
残された私は、一人楽しそうなみんなの姿を見つめていた。
その日の放課後、先生に呼び出された果菜ちゃんを待つために私は教室で一人残っていた。
この間誘ってくれたのにいけなかったケーキ屋さんに行こうと約束をしていたのだ。
「早くケーキ屋さんに行きたいのにい」と嘆く果菜ちゃんに「待ってるね」と言うと、泣きそうだった果菜ちゃんの顔がパッと晴れた。
「すぐに帰ってくるから、絶対待っててね! 約束だよお!」
そう言って何度も振り返る果菜ちゃんを見送ると、帰り支度をしている雪乃に「待たないの?」と、尋ねた。
「今ダイエット中なの。それに、この間は瑞穂、今日は果菜子。そろそろ私の番が来そうな気がするから、何か言われないうちに帰るわ」そう言いながら、嫌そうな表情を浮かべると、雪乃はそさくさと帰って行った。
それが十分前の話だから、果菜ちゃんが戻ってくるまで、あと十五分ぐらいだろうか……。
「ふぁ、ああぁ……」
静かな教室で一人いると、だんだんと眠気が襲ってくる。
気にしないようにしていたけれど、どこかで気になっていたのかもしれない。
コタ君とのことが少しだけ落ち着いた私は、ホッとしたのか――気付けば眠りに落ちていた。
夢の中の私は、和臣君と二人きりで教室にいた。
私が何かを言うと、和臣君は優しく微笑んでくれる。
それが嬉しくて、私は何度も何度も話しかける。
そして、和臣君が私へと手を伸ばした。
優しく髪を撫でてくれる。
あの頃のように、優しく、優しく。
その手の感触がやけにリアルで、私は眠っていることを忘れそうになる。
「ん……」
触れられた手の感触が夢か現実かわからないまま、私は目が覚める。
夢じゃ、ない……?
私の席の前に座った誰かが、私の髪に触れている。
この手の感触を、私は知っている。
だって――。
「あれ?」
目を開けると、そこには誰の姿もなかった。
やっぱり、夢だったのだろうか。
妙にリアルな夢だった。あんな、まるで本当に触れられているみたいな――。
「待たせちゃってごめんねえ」
教室のドアが開いて、果菜ちゃんが顔を出した。
そして、私の顔を見るなり、嬉しそうに笑った。
「もしかしてえ、和臣君とお喋りしてたあ?」
「え……?」
「ふふふ、瑞穂ちゃん。顔赤いよお」
「こ、これは……」
慌てて顔を抑える。
まさか、和臣君に触れられるの夢を見ていたせい、だなんて言えるわけもなく。困ったまま黙っていると、どう勘違いしたのか「隠さなくてもいいのにい」と果菜ちゃんは笑った。
「さっき教室から出てきた和臣君も赤い顔してたしい。そうじゃないかって思ってたんだよねえ」
「だから、ちが……。って、え? 和臣君が?」
「そうだよお。私が廊下を歩いていたら、赤い顔した和臣君が教室から出てきてえ。だから、てっきり……」
じゃあ、あの手はやっぱり……。
「瑞穂ちゃん? さらに顔が赤くなってるよお?」
「み、見ないで……!」
両手で顔を覆うと、私は赤くなった顔を隠した。
やっぱり、さっきのは和臣君だったんだ。
でも、どうして……。
私のことは嫌いになったと言っていたのに、いったいどうして……。
和臣君の気持ちがわからない。
どういうつもりであんなことをしたのか、今私をどう思っているのか。
聞いたら和臣君は、答えてくれるんだろうか。
「瑞穂ちゃん?」
「あ、ごめんね! 行こうか!」
「うん。あのねえ、今日行くところはねえ」
私は果菜ちゃんと並んで教室を出た。
振り返った教室には、もう誰の姿もなかった。
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