第24話

 お会計をしようとするコタ君に、自分の分は払うから! と言って割り勘にしてもらうと「カッコつけさせてくれてもいいのにさ」と不満そうに言ったあと「まあ、そういうところが瑞穂らしいんだけどな」と笑われてしまった。

 私らしいとはどういう意味なのか、問いかけようとした私が口を開く前に、コタ君は「ああっ!」と何かを指差した。

 コタ君の指さす方へと視線を向けると、そこには「二千円で1回ガラガラ抽選会に参加できます」と書いた看板があった。


「さっきのって……」

「二人分足したらちょうどそれぐらいじゃなかったっけ」

「多分、そうだったと思う」

「……やる?」

「私はいいよ。コタ君やってきたら」


 私の言葉に「いいの!?」と嬉しそうに目を輝かせると、コタ君は駆け足で抽選会場に向かおうとして……私に視線に気付いて、振り返った。


「今、俺のこと子どもっぽいって思っただろ」

「お、思ってないよ!」

「ホントに?」

「ホントに!」

「ホントは?」

「……ちょっとだけ」

「あああ、もう! やっぱり……」


 崩れ落ちるコタ君に「冗談だよ」と笑うと、手を差し出した。


「あ……」

「え……?」


 一瞬、コタ君がその手を掴むのを迷ったのがわかった。

 今更出した手を引っ込める訳にもいかず、どうしようかと思っていると「へへっ」と笑ったコタ君が、勢いよく私の手を引っ張った。


「きゃっ……」

「なんてね! 抽選してくるわー!」

「も、もう!」


 走っていく背中に向かって声をあげたところで、もうコタ君の耳には届いていなかった。


 抽選には思ったより人がいなくて、すぐに順番が回ってきた。

 一等はなんとハワイ旅行らしい。コタ君が気合を入れてガラガラを回した。


「って、なんで花火なんだよ!!」


 赤色の玉が出て喜んでいたコタ君に、係りのおじさんは「はい、どうぞ」と言って小さな手持ち花火のパックを手渡したのだった。


「これ、夏の売れ残りだろ!」

「もしくは子ども向けか何かのイベントのあまりとか」

「絶対それだ! くっそー。ハワイ旅行当てようと思ったのにー!」


 真剣に悔しがるコタ君がおかしくて笑っていると、そんな私を見て少し恥ずかしそうな顔で頭を掻きながらコタ君も笑った。


「ね、今日ってまだ時間大丈夫?」

「え……?」

「これ、さ。せっかくだし公園でやって帰らねえ?」

「……うん」


 コタ君の真剣な表情に、なんとなくダメだとは言えなくて、私は小さく頷いた。

 そんな私にコタ君は「ありがとう」と言って、笑った。

 その笑顔が寂しそうに見えて、胸が痛かった。


 子ども用の手持ち花火は、思っていたよりも数が少なくて、あっという間に線香花火を残すのみとなってしまっていた。


「もうこれで終わりか」

「早いね」

「そうだな」


 パチパチと小さな火花が散る線香花火は、どこか寂しげで。

 お互いになんとなく口数も少なくなっていく。


「あ……。終わっちゃった」

「これで最後か」


 袋の中に残っていた最後の二本に火をつけると、コタ君は一本を私に差し出した。


「今日は、ありがとう」

「え……」

「付き合ってくれてさ」

「そんな……」

「ホント言うと、断られると思ってたから、おっけいしてくれてめちゃくちゃ嬉しかった」


 花火に照らされたコタ君の顔が赤く見えて、私は顔を逸らした。


「そ、そんなこと……」

「俺、さ。やっぱり瑞穂のことが好きだ」

「コタ君……」


 コタ君の気持ちは嬉しかった。でも……。


「ごめんなさい」

「うん、知ってる」


 小さく頷くと、コタ君は笑った。


「あーあ。フラれちゃった」

「ごめんなさい……」

「謝んなって。瑞穂は何にも悪いことしてないんだからさ」


 今にも落ちそうなほど大きくなった線香花火の火が、バチバチと火花を散らす。

 何か言わなければ、そう思えば思うほど言葉が出なくなる。


「あの……えっと……」

「ん?」

「いつ、から……?」

「え?」

「だって、ずっと友達だったのに……」


 なんでそんなことを聞いてしまったのか。

 とっさに思いつかなかったとはいえ、自分のデリカシーのなさに嫌気が差す。

 でも、コタ君は特に気にしていない様子で、 コタ君は照れくさそうに笑いながら言った。


「あー……いつからだろ。気付いたら好きだったんだよね」

「気付いたら……」


 私は。そんなコタ君の気持ちに全然気付いていなかった。

 今も、そして以前も――。


「でもさ、多分俺が好きになった時には、瑞穂はもう和臣のことが好きだったと思うよ」

「え?」

「だって、和臣に向かってキラキラした笑顔を向けている瑞穂を見て、ああ、いいなって思って。それで俺、瑞穂のことが好きなんだって気付いたから」

「コタ君……」


 そんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。

 だって、そんなの……そんなの……。


「和臣君を好きな私を好きになったって、いいことないじゃない……」

「しょうがねえじゃん、好きになったものは、さ。……だから、何があったか知らないけど、今の二人を見てるのは正直辛い」

「あ……」

「きっとさ、二人は付き合うんだと勝手に思ってたんだよ。なのに、いったい何があったんだよ」

「ごめん……」


 何も言えなかった。

 こんなにも自分の気持ちを語ってくれているコタ君に、それでもなお私の心配をしてくれているコタ君に、何一つとして私は話すことができなかった。


「まあ、色々あるのかもしれねえけど、俺は瑞穂と和臣のことを応援してるから」

「コタ君……」

「二人がくっついて、あー俺失恋しちゃったー! って言ってみんなから失恋パーティーしてもらうところまで俺の予定にあるんだからな」

「それ、実現したとして、そこに私と和臣君がいるのは変なんじゃあ……」

「いいんだよ! 瑞穂のことが好きな以上に、俺和臣のことが好きだからさ」


 コタ君の気持ちが嬉しくて、なのに涙が溢れそうになる。泣きそうになるのを必死に堪えながら、「ありがとう」と言って小さく微笑んだ。

 そんな私を見てコタ君はいつものように、ニッコリと笑った。


「……あ」

「あ……」


 まるで、これでおしまいと言っているかのように、線香花火の火が落ちた。


「……帰ろうか」

「うん……」


 花火の後始末をして、私たちは公園を出た。

 私の家はこの道を左に、コタ君の家は右に向かって行かなければいけない。


「一人で帰れる?」

「うん、すぐそこだから大丈夫だよ」

「そっか。……んじゃ、また明日学校で」

「うん……。また、明日」


 背中を向けると、私たちはそれぞれの家へと歩き始める。


「瑞穂……!」


 コタ君が、私を呼んだのが聞こえた。

 でも……。


「ごめん、やっぱりなんでもない。またな!」


 私が振り返るよりも早く、コタ君はそう言うとザッザッと足音を立てて走って行ってしまった。

 私は……その音を背中で聞きながら、何も言えないまま帰り道を一人歩いた。

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