第23話

 友達、と言い張って、私は以前と変わらないような日々を手に入れた。

 二人きりでどこかに行く、ということはなかったけれど、前みたいに話をしたりみんなでどこかにいったりすることはできた。

 コタ君のことは、どうしたらいいか悩んだままだったけれど、あの日から何かを言ってくることもなかったから、そのままになっていた。

 ただ……。


「瑞穂、琥太郎。さっき先生が呼んでたよ」

「ありがとう」


 和臣君に言われて、私たちは先生の元へと一緒に向かった。

 取り留めのない話をするコタ君はいつも通りに見えて、あの日の出来事なんて嘘じゃないかとさえ思うぐらい。


「せんせー、何の用ですかー?」

「ん? 呉村と遠山が来たのか?」

「え?」

「安藤のやつ、呉村に押し付けたんだな」

「それって、どういう……?」


 不思議そうに問いかけた私に、先生は言った。


「今日お前と安藤、日直だろ? だからノート運ぶように言ったのに、安藤のやつ」


 ブツブツと文句を言う先生からノートを受け取ると、私たちは職員室をあとにした。


「……和臣のやつ、気遣ってくれたのかな」

「え……」


 はにかんだように笑うコタ君に、私はなんて言っていいのか分からなかった。

 コタ君の気持ちは嬉しい。でも……。


「今さ、困ってるだろ」

「っ……」

「そうだよなー。瑞穂は和臣が好きだもんな」

「知って……」

「そりゃあ知ってるよ。好きな子のことだもん」


 へへっと笑うと、コタ君は「貸して」と言って私の手からノートを取り上げて、器用に自分の持つノートの上に乗せた。

 私より少し背の高いコタ君は、普段はそんなふうに見えないのに、こうやって見るとやっぱり男の子なんだって思わされる。


「いいんだよ、別に。俺が勝手に瑞穂のことを好きになっただけだから」

「……ごめん」

「謝んなって。誰も何も悪いことしてないんだから」


 コタ君の言葉に、胸が痛くなる。

 こんなにも優しくて大事な友達なのに、私は傷付けることしかできない……。

 黙ったままの私に、コタ君は「じゃあ、さ」と言った。


「瑞穂って、パフェ好き?」

「え……? パフェ?」

「そう、パフェ」

「好き、だけど……」


 それと今の話と、どう繋がるというのだろう。

 首をかしげた私に、コタ君は嬉しそうに言った。


「駅前のショッピングモールの中に、今日から新しくパフェの店が出来たんだって。よければ一緒に食べに行かねえ?」

「でも……」

「俺にもさ、いいところアピールさせてよ。ね?」


 あまりにも切なそうに言うから……、思わず「わかった」と頷いてしまう。

 けれど……。


「やった!」

「え……? あれ?」

「あ、いっけね。でも、今わかったって言ったからな」

「ちょ、ちょっと待って……」

「約束な!」


 一瞬で笑顔に戻ると、コタ君は私の小指に自分の小指を絡めて子どものように「約束げんまん」と言ってもう一度笑った。

 そんなコタ君につられるように私も笑った。



 教室に戻った私たちを、気まずそうな表情をした和臣君が待っていた。

 そんな和臣君を見て、コタ君は私の耳元に顔を近付けると私にだけ聞こえるように小さな声で言った。


「これ、どうする?」

「どうするって……?」

「だってさ、取りに行くの俺らに押し付けたわけじゃん」

「ま、まあ、そうだね」

「じゃあさ……」


 いたずらっ子のような表情で笑うと、コタ君は私の手からノートを取り上げると、持っていた分と合わせて和臣君に手渡した。


「はい、これ」

「え……?」

「かっずおみー、先生がお前に頼んだのにって言ってたぞー!」

「……悪い」


 視線を逸らす和臣君に、私とコタ君は顔を合わせると、笑った。


「んじゃ、これ頼んだからな」

「え……?」

「俺たちの役目は終わったからな! なー、瑞穂!」

「どういう……」

「それ、配るのは和臣君の仕事だからね」

「そういうことー」


 ケラケラと笑うコタ君につられるように、私も笑顔になる。

 そんな私たちを見て、一瞬眉をひそめた後「わかった」と言って和臣君はみんなにノートを配り始めた。

 そんな和臣君を見て、私たちはもう一度顔を見合わせて笑った。



 放課後、少しそわそわとしながら私はコタ君が帰る準備を終えるのを待っていた。

 そんな私のところに、果菜ちゃんが来て「見てみてー!」と何かを差し出した。


「これね、学校の近くのケーキ屋さんの割引券なんだあ。今日の帰りに行こうよお」

「え、あ……今日は……」

「何か予定あるのお?」


 思わず言葉に詰まった私に、果菜ちゃんが残念そうな声を出した。何と言ったらいいんだろう、そう悩んでいると声が聞こえた。


「今日は、俺と約束があるからダーメ」

「コタ君……」

「え、えええ!? コタ君と約束? そうなの? 瑞穂ちゃん」

「う、うん」


 頷いた私を見て、果菜ちゃんは顔を上げた。そして。


「だってえ。いいのお?」

「え……」


 振り返ると、そこには和臣君の姿があった。

 一瞬、目があった。気がした。


「……別に。俺に言われても。瑞穂がいいならいいんじゃないかな」

「そんなあ……」

「ほらな。んじゃ、行こうぜ瑞穂」

「あ、うん。……ごめんね、果菜ちゃん。ケーキ屋さん、また今度行こうね」

「わかったあ……。じゃあ、バイバーイ」


 不満そうに手を振る果菜ちゃんと、そっぽを向く和臣君に手を振ると、私たちは教室をあとにした。


「……ごめんな」


 廊下を歩いていると、コタ君は頭を掻きながら申し訳なさそうな顔でそう言った。

 でも、別にコタ君が悪いわけじゃない。そもそも今の私と和臣君は友達なのだ。

 だから、私が誰とどこに行っても構わないし、それを和臣君が咎めなくったって、傷つく必要なんてないんだ。


「気にしないで」

「でも……」

「それより、新しくできたパフェ屋さん楽しみだなー」

「……そうだなっ」


 私の言葉に、コタ君はニッコリ笑うと「んじゃ、行こうか」と歩き出した。



 コタ君が連れて行ってくれたお店のパフェは、とっても美味しかった。生クリームにヨーグルトが混ざっているのか甘いのにさっぱりとしてて食べやすい。トッピングもたくさんの中から選べて、これは絶対に人気の出るお店だと思った。


「連れて来てくれてありがとー! ここ、絶対人気出るよ! その前に来れてよかったー!」

「喜んでくれてよかった。このショッピングモールで姉貴がバイトしててさ、それで今日開店だって教えてもらって、瑞穂と一緒に来たいなって思ったんだ」


 ストレートなコタ君の言葉に、思わずドキッとする。

 でも、言ったコタ君本人はなんにも気にしていないようで、嬉しそうにパフェをスプーンですくって口に運ぶ。


「でも、ホント美味いなー! 男の俺でも食べやすいっていいなー」

「あれ……? そういえば」

「え?」


 ふいに、和臣君が言っていたことを思い出した。

 たしか、あの時――。


「コタ君って甘いの苦手なんじゃあ……」

「あ……」


 私の言葉に、コタ君はしまったという表情をした後で、恥ずかしそうに笑った。


「バレたか」

「バレたかって……。えええ、じゃあどうして……」

「何が?」

「どうして、今日ここに来ようって思ったの……?」


 私の質問に、一瞬キョトンとしたあと、コタ君はニッコリ笑った。


「言ったじゃん。瑞穂と来たかったんだって」

「そんなのここじゃなくても……」

「だって、ここだったらさ、まだ誰とも来たことないだろ?」

「え……」

「誰かとの思い出が詰まってるところじゃなくて、瑞穂が初めて行くところに俺が一緒に来たかったんだ」


 コタ君はそう言うと、パフェに乗ったチョコレートを頬張ると「あっま!」と言って笑った。

 そんなコタ君の気持ちが嬉しくて、でも受け入れられないことが苦しくて、私は小さく微笑むことしかできなかった。

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