第22話
結局、あの後コタ君とは話をしないままだった。
避けているわけではないけれど、まだ顔を合わせてなんて言っていいかわからない。
もし「好きだ」って改めて言われたら、私はなんて伝えればいいんだろう。
そんなことを考えながら、放課後職員室に呼ばれた私は誰もいない教室のドアの前に立っていた。
どれぐらいかかるかわからなかったから、パフェを食べに行くと言っていた果菜ちゃんたちには先に帰ってもらったけれど、こんなに早く終わるのであれば待っててもらって一緒に行けばよかったな。そんなことを考えながらドアを開けると、教室には誰かの姿があった。
あれは……。
「和臣君」
「……瑞穂」
そこには、教室の窓から外の景色をボーっと眺める和臣君の姿があった。
私が戻ってきたことに、一瞬驚いた表情を浮かべたけれど、和臣君はまた窓の外へと視線を戻した。
私は、和臣君の隣に立つと同じように窓の外を眺めた。
「瑞穂」
「え……?」
気が付くと、和臣君は窓の外ではなく私を見つめていた。
真剣な表情に、思わす心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
「な、何……?」
声が上ずってしまいそうになるのを必死に堪えると、本当は飛び上がるぐらい嬉しいのに、必死にいつも通りを装って返事をした。
「……瑞穂さ、琥太郎と、付き合えよ」
でも、和臣君の口から告げられたのは、予想をもしなかった言葉だった。
一瞬、どういう意味か分からずに「今、なんて……?」と聞き返した私に、和臣君はもう一度、さっきよりも淡々とした口調で言った。
「琥太郎と、付き合えよ。って言ったんだ」
「なんで……? どうして、そんなこと……」
「あいつ、いい奴だよ。ずっと瑞穂のこと好きだったって言ってた。ちょっとお調子者なところもあるけど、でも……」
「そんなこと聞いてるんじゃないの!」
声を荒らげた私から、和臣君は視線を逸らした。
ずるい、こんなのって。こんなことって……。
「私が誰を好きか、和臣君は知ってるよね!?」
「…………」
「なのに、コタ君と付き合えっていうの? 和臣君が、それを言うの!?」
吐き出した言葉と一緒に、目から涙が溢れだす。
堪えようと思えば思うほど、次から次に涙が頬を伝って教室の床にいくつもの染みを作っていく。
「瑞穂……」
「私は、和臣君が好きなの! 和臣君が私のことをもう好きじゃなくったっていい。そんなのどうだっていい! でも! 私が和臣君を好きな気持ちまで否定しないで!」
「……ごめん」
謝る和臣君は、悲しそうな顔をしていた。
こんな顔をさせているのは、私だってことはわかっている。
私のエゴでワガママだってことはよくわかっている。
本当なら、和臣君のことを責める権利なんて、私にはないのかもしれない。
でも、それでも言わずにはいられなかった。
「私こそ、ごめん」
「え……?」
「和臣君が私のことを思って言ってくれてるのはわかってる。でも……」
「…………」
「…………」
私たちの想いが交わることは、もうないのかもしれない。
私のことを生かせたい和臣君と、和臣君を死なせたくない私。
あの事故が発生する以上、きっとどちらかは死んでしまう。
「あの事故が、起きないように俺はしたいんだ」
ポツリと、和臣君は口を開いた。
それは、私も一番最初に考えたことだった。
「俺たちが付き合わなければ、あの事故は起きないかもしれない。あの場所に行かなければ、少なくとも俺たちは事故にあわないかもしれない」
「それは……」
「前も言ったけど、俺はもう瑞穂の死んだあとの世界を生きるのは嫌なんだ」
「和臣君……」
でもね、と言いかけて、私はその言葉を飲み込んだ。
和臣君はまだ知らないことが一つある。
たとえ、私たちがあの場所に行かなかったとしても、きっと事故は起きるということを。
どれだけ変えようとしても、結果として起きた出来事は変わらないということを、和臣君はまだ、知らない。
でも、それを私は和臣君に知られるわけにいかない。
知られてしまえばきっと、事故の起きた日のように、二人きりでどこかに行くことは叶わなくなるから。
「わかった」
「え……?」
「もう、付き合ってほしいなんて、言わない」
「瑞穂……」
私の言葉が意外だったのか、和臣君は怪訝そうな表情を見せた。
「でも」と続けた私の言葉を待つように、和臣君は私を見た。
夕日に透けた和臣君の髪の毛が、とても綺麗で、こんなときなのに見惚れてしまいそうになる。
そんなことを思っていると「でも?」と、尋ねるように和臣君は言った。
「友達ではいさせてほしい」
「友達……」
「
「そう、果菜ちゃんや雪乃と同じように、和臣君と友達でいたい。……それも、ダメ……?」
これすらもダメだと言われると、打つ手がなくなってしまう。
でも、私は和臣君はきっとダメとは言わないと、そう信じていた。
だって、和臣君は知っているもの。私がここに来て友達の存在に、どれほど救われてきたか知っている。だから……。
「それなら、いいよ」
「ありがとう」
そっと微笑む私に、今度は和臣君が「でも」と続ける番だった。
「琥太郎のことも、前向きに考えてやってよ」
「コタ君……」
「そう。……俺とは友達なんだろ? なら、考えるぐらいはいいよね」
「……わかった」
嫌とは言えなかった。
私の返事に、ホッとした表情を浮かべて、久しぶりに和臣君は微笑んだ。
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