第20話

 翌日から、二人はことあるごとに和臣君と私を一緒に行動させようとしてくれた。

 でも、どれも和臣君は「今忙しいから」と断り続けていた。

 そんなことが一週間続いたある日の昼休み、相変わらずそっけない和臣君を尻目にお弁当を食べながら雪乃が言った。


「あれは、直接いっても無理そうね」

「どおするの?」

「うーん……」

「どうしたんだ?」

「あ、コタ君!」


 頭を抱える私たちのところに、何かあったのかと和臣君と一緒にお弁当を食べていたコタ君と斗真君がこちらを向いた。

 どうしたものかと思っていると、果菜ちゃんが唐突に言った。


「ねえねえ、二人とも喉乾かないー?」

「え、まあ。うん」

「俺は別に」


 チラッとこちらに視線を送る果菜ちゃんの姿を見て、私は立ちあがった。


「じゃ、じゃあ私買ってくるよ。ジュース買に行こうと思ってたところだし。果菜ちゃんとコタ君何がいい?」

「ホント―? わーい」

「い、いや……それは……」

「じゃあ私もお願いしようかな」

「いいよー。雪乃は何がいいの?」

「カフェオレでお願い」


 雪乃はポケットから100円を取り出すと、私の手のひらに乗せた。

 同じように果菜ちゃんも「オレンジジュースがいいなあ」と言って100円を渡す。

 コタ君からも受け取って、それから私は和臣君のところへ行った。


「和臣君は、飲み物何かいらない?」

「別に……」

「っていうかあ、瑞穂ちゃんだけじゃあそんなに持てないよねえ。あ、そうだ。和臣君。瑞穂ちゃんと一緒に行ってあげてよお」


 果菜ちゃんの言葉に、和臣君は眉をひそめる。

 どうして俺が、と言わんばかりの態度の和臣君に気付かないのか、果菜ちゃんはあっけらかんとした様子で言った。


「だってえ、コタ君と斗真君まだ食べてるでしょお? 私と雪ちゃんも食べてるしい。和臣君と瑞穂ちゃんだけだもん、終わってるのお」


 果菜ちゃんの言葉を聞いて、慌ててコタ君たちを見ると確かにまだお弁当を食べていた。食べ終わって、本を読んでいた和臣君以外。

 果菜ちゃんは喋り方のせいでぽやんとしているように見られることも多いけれど、こういうとき一番気が付くのは果菜ちゃんだった。


「そんなの……」

「いいよ、私行ってくるよ」

「ええー。でもお、重いよお?」

「っ……琥太郎」

「え?」


 和臣君はポケットから財布を取り出すと、お金をコタ君に手渡した。


「奢ってやるから、俺の分も買ってきて」

「え、いいの? やった、行く行く」


 和臣君から受け取ったお金を握りしめると、コタ君は立ち上がった。向こう側から見えないところで、果菜ちゃんががっかりした表情を、そして雪乃が……困ったような顔をしていた。


「雪乃……?」

「あ、ううん。それじゃあ仕方ないわね。コタと一緒に行ってきてくれる?」

「ええーー、和臣君とじゃないとお」

「果菜子、それ以上はダメよ」

「……はあい」


 ブツブツと文句を言う果菜ちゃんに「大丈夫だよ」と言うと、私はコタ君と一緒に教室を出た。

 そう言えば、コタ君とこうやって二人で話をするのは初めてな気がする。

 何を話そうか、と迷っているとコタ君が慌てたように言った。


「いっけね! 俺、和臣に何がいいか聞くの忘れた!」

「和臣君に?」

「そう。スマホ置いてきちゃったし戻るかな……」

「私もスマホ置いてきちゃったや。……でも」

「え?」


 私はいつも和臣君が飲んでいた姿を思い出して、小さく笑うと不思議そうに見つめるコタ君に言った。


「食後だったら、たぶんコーヒーのブラックでいいと思う」

「ブラック? あいつそんなの飲むの?」

「普段は飲まないんだけど、食後だけはブラックじゃないと嫌なんだって」

「へー。……よく、知ってるんだな」

「っ……」


 感心したように言うコタ君の言葉に、思わず赤くなる。

 和臣君とのことなら、些細なことでも覚えている。

 困ると首に手を当てる癖も、眠くなると口数が少なくなることも、意外と甘いものが好きなことも。全部、全部覚えている。


「ね、俺のことも知ってる?」

「え?」


 唐突にコタ君は言った。

 コタ君のこと……。


「うーんと……和臣君と斗真君と仲がいい」

「正解! って、それだけ?」

「あとは、お調子者だけど意外とみんなのことを気にしてて、涙もろいところもあって、小さい子どもの相手が上手くて……」

「ス、ストップ! ごめん、もう大丈夫!」


 慌てたように言うと、頬を掻いた後コタ君は恥ずかしそうにはにかんだ。


「ありがと」

「え……?」

「俺のことなんて、興味ないのかなって思ってたから、知ってくれててちょっと嬉しい」


 その言葉の意味を、問いかけようとするけれど、コタ君は自動販売機のところに向かって走って行ってしまった。

 そのあとを追いかけるようにして私は歩く。

 私が気付かなかっただけで、意外とたくさんの人が私のことを気にかけてくれていたのかもしれない。

 そう思うと、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「ね、瑞穂さ」


 自販機の前で小銭を入れると、コタ君はオレンジジュースを押した。出てきたそれを私に手渡しながら、コタ君は言った。


「和臣のこと、どう思う?」

「ど、どうって……」


 コタ君の言葉に、思わず声が上ずってしまう。

 どうとは、どういう意味なんだろう。

 なんて答えるのが正解なのか……。


「最近さ、なんか変だと思わねえ?」

「え……あ……」

「妙にイライラしてたり、かと思えば不安そうな表情をしてたり……なんかあったのかな」


 続けて他の飲み物も押しながら、コタ君は心配そうな表情を浮かべていた。

 そんなコタ君に何と言っていいのか分からなかった私は「どうしたんだろうね」なんて、白々しく言う自分が嫌になる。

 理由なんて、私が一番よく知ってるのに。


「心配だよなあ。まあ、和臣のことだから、俺なんかが心配するようなことはないと思うけどな」

「和臣君のこと、好きなんだね」

「え……そりゃ、まあね。友達だし? うわっなんか恥ずかし! この話題やめようぜ!」


 わざとらしく手で顔を煽ぐと、コタ君は照れくさそうに笑った。そして、取り出し口に溜まった飲み物を取り出すと「戻ろうか」と言って歩き出した。


「あ、待って。もうちょっと私持つよ!」

「いいって、気にしなくて」

「でも……」

「あ、じゃあこれ」


 そう言うと、コタ君はコーヒーのブラック缶を手渡した。


「これって……」

「瑞穂がそれって言ったんだからなー! 責任持って和臣に渡すこと! おっけー?」

「わかった」


 笑うコタ君につられるようにして私も笑った。

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