第16話
とにかく話をしなければいけない。
私が何かしたのであれば謝りたい。誤解があるなら解きたい。
このままじゃあ嫌だ。
そう思うけれど、また拒絶されるんじゃあ。そう思うと、勇気が出ない。
一緒に過ごすどころか、話すことも出来ないまま数日が経っていた。
「まだ仲直りできてないのぉ? 私、和臣君のこと呼んでこようかぁ?」
「仲直りっていうか……」
「瑞穂が何かしたわけじゃないなら放っておいたらいいわよ。何を怒ってんのか知らないけれど、男らしくない」
「雪ちゃん男前だぁ。でもお、瑞穂ちゃんは仲直りしたいんだと思うよぉ」
持ち主のいない和臣君の席から椅子を引っ張ってきて座っている果菜ちゃんと、私の机の前で壁にもたれた雪乃は、それぞれがそれぞれらしいアドバイスをくれる。
そのどちらもできない私は、曖昧に笑うしかなかった。
「二人とも、ありがとうね」
「もぅ。瑞穂ちゃんってばぁ、そんなんじゃあストレスで死んじゃうよぉ」
「そうよ。瑞穂は周りのことばかり考えずに、ちょっとは自分の意見を押し通すべきだと思うわ」
「わかるぅ。将来、胃に穴とか開きそうなタイプだよねぇ」
どちらかというと、思ったことをなんでも言う二人には、私のように溜め込んでしまう派の考えはわからないみたいで、でも「それが瑞穂ちゃんのいいところなんだよねぇ」なんて言ってくれるから、ついついそれに甘えてしまっていた。
でも、それじゃあいけないのかもしれない。
「二人は、怖くないの?」
「なにがぁ?」
「怖い?」
「うん……。自分の意見を言って、相手に嫌な顔をされるんじゃないかって、そう思うと私は怖くて言えない……」
そうだ。お母さんが死んだ時も、それにお父さんの再婚のときだって、もっと話をしたらよかったのに、何かを言ってガッカリされるのが嫌で「別に」「いいんじゃない」なんて思ってもないことを言って、それで結局あんなふうに反抗して、傷付けていた。
もしあのとき、もっとちゃんと話をしていたら、もっと違う未来もあったんだろうか。
「んーでもねぇ、相手がどう思うかなんてわかんないからさぁ」
「そうよ、伝えてみないと相手が嫌な顔をするか喜ぶかなんてわかんないじゃない」
「そう、かな」
「そうだよぉ。瑞穂ちゃんはトマトが嫌いでしょぉ?」
唐突に、果菜ちゃんは言う。トマトの話がどう繋がるのか分からず、一瞬の間の後「うん」と答えた私に果菜ちゃんは笑った。
「でもぉ、私はトマト好きだからぁ。瑞穂ちゃんが嫌だなぁって思ったトマトもぉ私にとってはやったぁってなるんだよぉ」
「う、うん……?」
「果菜子、それはちょっと違うと思うわ」
「そうかなぁ? 感じ方は人によって違うからぁ、考えて言えないぐらいなら考えずに言っちゃった方がいいよぉってことなんだけどぉ。あれぇ?」
「おかしいなぁ」と言って果菜ちゃんは笑った。
私は、果菜ちゃんに言われたことを考えていた。
感じ方は人によって違う……。
私が、これを言ったら嫌われるんじゃあ、と思っていることも相手にとっては言ってくれないとわからないよ、と思っていることもある。そういうことだろうか。
なら、聞いてみてもいいのだろうか。
和臣君に、どうして私を避けているの? と――。
放課後、今日こそは……と、教室を出て行く和臣君の後を追った。今度はちゃんと鞄も持っている。
小走りで追いかけると、校門を出たあたりで追いつくことができた。
「和臣君!」
「……瑞穂」
「一緒に、帰ってもいいかな?」
「…………」
一瞬、和臣君が言葉に詰まったのがわかった。
やっぱり迷惑だったんだろうか。
どんよりとした雲は、まるで私の心の中みたいだ。そんなことを思ってため息をつきそうになった私の耳に、和臣君の声が聞こえた。
「……好きにしたら」
「え?」
「何」
「う、ううん! じゃあ、好きにする!」
慌てて和臣君の隣に並ぶと、私たちは帰り道を歩き始めた。
何かを話さなければ、そう思うのに、なかなか言葉が出てこない。
どうしたら……。
「あ……」
「え?」
「雨だ」
和臣君の言葉に空を見上げると、どんよりとしていた雲からは、ポツリポツリと雨粒が降り始めていた。
「ホントだ……きゃっ」
「っ……走るよ」
一瞬のうちに、雨脚が強くなる。和臣君の声に引っ張られるようにして私たちは雨の中を走り出した。
少し走ったところにある、小さなバス停。そこに私たちは駆け込んだ。
思った以上に強い雨に、私も和臣君もずぶ濡れになる。水を含んだセーラー服がぺったりとくっついて気持ち悪いし、随分と寒い。
「大丈夫?」
「う、ん」
「通り雨だといいけど……」
「そうだね」と答えたいのに、寒さで歯が上手くかみ合わない。カチカチとなりそうになるのを堪えるのが精一杯だった。
返事をしない私を不審に思ったのか、和臣君がこちらを向いた。
「瑞穂……?」
その拍子に、和臣君の手が、私に触れた。
冷たい私のそれとは違い、和臣君の手は温かかった。
「あった、かい……」
「っ……!!」
触れたその手のぬくもりが心地よくて、思わず握りしめてしまう。
その瞬間、私の身体は和臣君に抱きしめられていた。
何が起こったのか、一瞬理解できなかった。
ただ、和臣君の心臓がドクドクと音を立てていることと、触れたところから伝わる体温がただただ温かかった。
「和臣、君……?」
「っ……! ご、ごめん!」
腕を掴むと、和臣君は私の身体を押しやった。
驚いて顔を上げると――和臣君の顔は真っ青だった。
「和臣、君……」
その頬に手を伸ばす。けれど、触れる前に避けられてしまう。
「ご、めん……。俺、ちょっと用事思い出したから。やっぱり先帰る」
「え……?」
「じゃあ、また明日」
和臣君は私の方を振り返ることなく、雨の中を駆けて行った。
私は、雨の中を走り去る和臣君の背中が見えなくなるまでジッと見つめたまま動けずにいた。
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