第15話
ホームルームが終わって、和臣君の方を振り返ると、席に姿がなかった。どこにいったのかと教室をグルッと見回すと、コタ君の席のところに和臣君はいた。斗真君も一緒だ。
三人で楽しそうに笑っている。その姿に違和感はない。でも、じゃあさっきのは、いったいなんだったんだろう。
どういうことなのかと考えていると、私の視線に気付いたのかコタ君がニッコリと笑って手招きをしてくれた。
「どうしたの?」
「あのさ、今度――」
「ごめん。俺、先生に用事あるから職員室行ってくるね」
「え……?」
何かを言おうとしたコタ君の言葉を遮ると、和臣君はそう言って教室を出て行った。私を見ることは、一度もなかった。
私は不思議そうに和臣君を見送る二人の隣で、教室の窓越しに、一人歩いて行く和臣君の姿を見送るしかなかった。
それから、休み時間も昼休みも和臣君は私を避けた。
ここまで来ると、さすがの私も何かあったんだとわかった。
でも、理由を問いかけようにも和臣君と話をする機会がない。それどころか顔も併せることができない。
何が理由なのか分からないけれど、これは……ちょっと、辛い。
「っ……和臣君!」
放課後、ホームルームが終わるとすぐに私は和臣君の席に行った。まだ帰る準備をしていた和臣君は、顔を上げることなく「ごめん」と言うと、机の上のものを鞄の中に入れていく。
机の上に転がるシャープペンを和臣君が無造作にペンケースへと入れる。赤と青のストライプのシャープペン。……あのシャープペンとは、似ても似つかないものだった。
「これって……」
「……何?」
「ううん……」
あまりにもそっけない言い方に、私は何も言えなくて。でも、そのまま教室を出て行こうとする和臣君を必死で呼びとめた。
「あのね……!」
「ごめん、用事があって」
「そ、っか……」
「ごめんね」
それ以上、何も言えなかった。
「……あいつ、どうしたの?」
教室を出て行く和臣君の背中を見つめていた私に、誰かが声をかけた。振り返ると、そこにはいつの間にか斗真君とコタ君が立っていた。斗真君の言葉に、コタ君は不思議そうな表情を浮かべた。
「んあ? 何か用事があったんじゃないの?」
「琥太郎は黙ってて」
「ひでっ!」
「喧嘩でもしたの? 朝から様子が変だよ」
斗真君が心配そうに言ってくれる。でも、私にも何が何だかわからなかった。
だって昨日はあんなにも……。
「瑞穂?」
「ううん、なんでもない。私なにかしちゃったかな。ちょっと和臣君に聞いてくるね」
「お、おい!」
呼び止めてくれるコタ君の声を背中に聞きながら、私は和臣君を追いかけるようにして教室を出た。
やっぱり、というべきか……。和臣君は、どこに行くでもなく廊下に立って外を見ていた。
その表情は暗くて、いつもの和臣君じゃあないみたいだった。
「和臣君」
「……瑞穂」
「あの、ね」
「ごめん。俺、帰らなきゃ……」
「和臣君!」
背中を向けようとする和臣君の腕を掴んだ。私の行動に、戸惑ったような表情を浮かべた後、和臣君はこちらを向いた。
その表情が何故か悲しそうで、私は掴んだ手に入れた力を緩めた。
「あの……」
「何?」
「え?」
「何か用があったんじゃないの?」
「それは……」
何も言えずにいる私に、和臣君は「用がないんだったら帰るよ」と言って手を振りほどいた。
「待って!」
「……どうしたの」
「一緒に帰ってもいいかな」
「……鞄」
「え?」
「鞄も持たずに帰るの?」
「あっ……」
和臣君の言葉に、慌てて教室に戻る。
机の上に置いてあった鞄を取ると「どうしたの?」と言う斗真君たちに「また明日」と声をかけて教室を飛び出した。
「おまた……せ」
でも、そこに和臣君の姿はなかった。
「どうし、て……」
理由なんてわからない。ただ、和臣君に避けられていることだけははっきりとわかった。
何かしてしまったんだろうか。
もう私のことなんて嫌いになってしまったんだろうか。
「瑞穂……?」
「おい、大丈夫か?」
教室のドアを開けたまま動かない私を心配して、斗真君とコタ君が声をかけてくれた。
二人に心配をかける訳にはいかない。
必死に笑顔を浮かべると、二人を振り返った。
「あ……なんか、和臣君帰っちゃったみたいで……」
「え……?」
「おっかしいなあ……私……」
「瑞穂……」
笑っているはずなのに、どんどんと視界がぼやけてくる。
ぽたりと何かが頬を伝って落ちたのを見て、私は自分が泣いていることに気付いた。
「っ……」
気付いてしまえば、もう止めることは出来ない。
次から次に、涙が溢れだす。
どうして、どうして、どうして……。
疑問は次から次に浮かび上がるけれど、答えなんてわからない。
答えをくれるはずの人は、ここにはいないのだから。
「瑞穂」
ふわっと何かがかけられたかとおもうと、視界が暗くなった。
顔を上げると、ワイシャツ姿のコタ君がいた。私の頭には、さっきまでコタ君が着ていた学ランがかけられていた。
「コタ、君……?」
「それで顔隠しとけよ」
「あり、がと……」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を二人に見られないように隠すと、私は制服の袖で必死に拭った。
どうして和臣君があんな態度を取るようになったのか、私には理由が全く分からなかった。
でも、それでも私は和臣君の傍にいたい。いなければいけない。そうじゃないと、和臣君が……。
こんなことぐらい、和臣君が死んじゃうことに比べればなんてことはない。なんてことはないはずなのに……どうして、こんなにも胸が痛いんだろう。
「っ……」
好きな人から拒絶されることが、こんなにも辛くて悲しくて苦しいだなんて知らなかった。
私はどうすれば……。
「気にすんなよな」
「そうそう」
学ラン越しに、私の頭をコタ君と斗真君がポンポンとするのがわかった。
二人の声にそっと顔を上げると、優しく微笑む二人の姿があった。
「腹でも痛かったんだろ」
「そうそう。琥太郎もよくそういうときあるよね」
「おうよ。三日前の牛乳飲んだときとか……って、んなわけあるか!」
「まあ、琥太郎は放っておくとして。何か用でもあったのかもしれないし、そんなに気にしなくていいんじゃない?」
「うん……」
私のことを思って言ってくれているのはわかる。でも……。
このままじゃあ、和臣君が死んでしまうんだと。それを知っているのが私だけで、きっと防げるのも私だけだから……。
「また明日、話してみる」
「そう。まあ、あまり無理しないようにね」
「斗真、お前……」
「何」
「今日はよく喋るなあ」
「うるさいよ、バカ琥太郎」
斗真君はコタ君の頭を
コタ君も「いってーなー!」なんて言いながらそのあとをついて行った。
「瑞穂?」
「あ……うん。私はもう帰るね」
「そっか、気をつけてな」
手を振ると、コタ君は教室のドアを閉めた。
私は……戻ることも進むことも出来ず、その場に立ち尽くしていた。
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