第14話
「美味しかったー!」
久しぶりに食べたたい焼きはとっても美味しくて、あっという間になくなってしまった。
先に食べ終えた和臣君が、私に手を差し出すのでいったいなんだろうと思っていると「ゴミ、捨ててくるよ」と言って私の手から、包み紙を受け取って捨てに行ってくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして。……あ、瑞穂。顔にカスタードついてる」
「え、どこどこ」
「そっちじゃなくて……。ああ、もう。ちょっとジッとしてて」
和臣君は私の頬に手を伸ばした。
「っ……」
顔についたカスタードを取ってくれてるだけ。ただそれだけだってわかっているのに、和臣君の手が触れた瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。
触れられた箇所から、心臓の音が伝わってしまうんじゃないかと思うぐらいにドキドキしてて、思わずギュッと目を瞑ってしまった私を、和臣君が笑った。
「瑞穂、顔真っ赤だよ」
「そ、そんなことないよ!」
「可愛い」
「なっ……!!」
「はい、取れたよ」
頬を拭うと、和臣君はニッコリと笑った。
私はというと、和臣君が触れた頬が熱くて、心臓が壊れてしまいそうなほどうるさかった。
土曜日といい、今日といい、このままじゃあ和臣君との距離を縮める前に、私がドキドキしすぎて倒れてしまいそうだ……。
恨みがましい目で見る私に和臣君は不思議そうな表情を浮かべると、人の気も知らないで「どうしたの?」なんて尋ねてくる。
だから私は「知らない!」と精一杯の強がりを言うと、和臣君に背中を向けた。
「瑞穂―?」
「…………」
「何を怒ってるの?」
「怒ってない!」
「ええー」
背を向けたままの私に和臣君は、困ったような声をあげる。私は、引くに引けなくなって振り返るタイミングを見失ってしまっていた。
どうするべきか……。悩んでいた私に「そっか」と和臣君が明るい声をあげた。さっきまでとは違う声のトーンにどうしたのかと不思議に思っていると、和臣君は言った。
「ホントに怒ってない?」
「怒ってない」
「じゃあ、あれだ」
「あれって?」
「照れてるんだ」
「っ……!!」
思わず振り返った私に、和臣君は嬉しそうに笑って言った。
「当たり?」
「……それ以上言うと」
「それ以上言うと?」
「帰る!」
「ああー! ごめん、ごめん!」
「もう!」
拗ねたような声を出すと、和臣君はもう一度「ごめんね」と笑いながら言った。
和臣君と過ごす時間はとても楽しくて、あっという間に過ぎ去ってしまう。
帰り道を歩きながら、私たちはどちらも何も喋らずにいた。
この日々がいつまで続くのかわからない。あの事故の日まで過ごせるのか、それともある日突然終わりを迎えるのかそれさえもわからない。
だから、一日でも長く、私は和臣君のそばにいたい。
「今日は誘ってくれてありがとう」
分かれ道で、私は和臣君にそう言った。
一瞬驚いた顔をした後、和臣君は「俺がデートしたかっただけだよ」と笑った。
「また一緒にたい焼き食べに行こうね」
「次は違う味を頼もうかな」
「そう言って、結局またマロンカスタードを頼むんでしょ?」
「そうかもしれない」
私の言葉に、顔を見合わせて笑って、それで手を振ってわかれた。
しばらく歩いて、なんとなく振り返った私は、和臣君が歩き出すことなく私の方を見ていることに気付いた。
「どうしたの?」
「……ううん。また明日」
「うん、また明日」
今度こそ歩き始めた和臣君の背中を、今度は私が見つめ続けた。
和臣君の姿が見えなくなるまで見送ると、私も自宅への道のりを歩きはじめた。
翌日、学校に行くと、いつもの席に和臣君の姿があった。
「和臣君、おはよう」
私の声にこちらを見ると一瞬の間の後「おはよう」と言って、和臣君は視線を逸らした。
「え……」
その態度に、違和感を覚える。
どうしたというのだろう。昨日はあんなに……。
「和臣君……?」
「何?」
「あ、えっと……元気?」
私の問いかけに、不思議そうな表情を浮かべて、それから和臣君はふっと笑った。
「元気だよ。どうしたの、急に」
その声があまりにもいつも通りで、ホッとする。
なぁんだ、さっきのは私の思い過ごしだったのか。
ホッと息を吐くと、私は荷物を机の上に置いて、椅子を和臣君の方に向けた。
「ううん、元気ならいいんだ。元気なさそうに見えたから、何かあったのかなって思っただけ」
「そっか、ありがとう」
短く答えると、和臣君は立ち上がった。追いかけるようにして顔を上げると、和臣君は私の方を見ることなく「トイレに行ってくるね」と、言って教室をあとにした。
やっぱりどこか変だ。いつもの和臣君じゃない……。
戻ってきたらもう一度聞いてみよう。そう思ったのに……結局、和臣君が教室に戻ってきたのはホームルームが始まる寸前だった。
斜め後ろの席の和臣君の顔を見ることは出来ない。
いったい、今どんな顔をしているんだろう。
今、何を考えているんだろう。
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