第3章
第13話
朝、目が覚めて私は学校の準備をする。
教科書やノートと一緒に、一昨日和臣君にもらったシャープペンをペンケースに入れて鞄に放り込んだ。
一階に下りると百合さんが朝ごはんの準備をしてくれているのが見えた。「おはようございます」と挨拶をして、私は食卓につく。
ふと目をやると、壁にかかったカレンダーが12月になっているのに気付いた。
あれから、あの日から一か月が経ったなんて……。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
百合さんに見送られて家を出ると、学校までの道のりを一人歩く。この間、赤く染まっていた葉っぱは、気が付けば足元に落ちていていた。もうしばらくしたら初雪が降るんじゃないか。そう思わせてくれるような冷たい風が吹き抜ける。いつの間にか、冬が訪れていた。
「あと、二ヶ月」
あの事故が起きるまで、あと二ヶ月。
全く同じことが起きるとは限らないし、それこそ何かが変わって数日のズレが起きることだってあり得るかもしれない。
だから、一日でも早く和臣君との距離を縮めたい。距離を……。
一昨日の和臣君の行動を思い出して、顔が熱くなるのを感じる。でも、あんな態度を取るぐらいだから、きっともうすでに和臣君も私のことを好きでいてくれていると思う。そう、信じたかった。
気が付けば、駆け足になっていた。 少しでも早く会いたい、そう思いながら私は学校までの道のりを急いだ。
教室につくと息を整えて、そしてきっと和臣君がいるであろう教室のドアを開けた。
「お、おはよう!」
「瑞穂……?」
「え……?」
教室にいた和臣君は、私に気付くと一瞬驚いたような表情をして、それから……泣きそうな顔で私を見た。
「どうしたの?」と、尋ねる私に和臣君は首を振る。
私は和臣君の態度を不思議に思いながら、自分の席にカバンを置いた。
「なんでも、ないんだ」
「ホントに?」
「うん。……ね、瑞穂。元気?」
「元気だよ?」
「そっか、ならよかった」
カバンの中身を机の中に入れていく私の隣に立つと、和臣君は嬉しそうにニッコリと笑った。
やっぱり、今日の和臣君はどこか変だ。
「本当に、なにかあったんじゃないの……?」
「ううん……。ただ、ちょっと嫌な夢を見て」
「夢……?」
その単語に、ドキッとする。
いったい、どんな夢を和臣君は見たというのだろう。
「でも、夢でよかった。……ね、瑞穂。今日の放課後って暇かな?」
「え、うん。暇だけど」
「じゃあ、さ。俺と出掛けない?」
「二人で?」
「そう。デートしようよ」
やっぱり、今日の和臣君はどこかおかしい。
でも、そんなことはどうだっていい。
「うん!」
和臣君がどういうつもりなのかはわからなかったけれど、これは和臣君との距離を縮められるチャンスだ。逃したくない。
私の返事に和臣君は嬉しそうに微笑むと「じゃあ、放課後楽しみにしているね」と言って自分の席へと戻って行った。
私はというと……和臣君の態度に戸惑いつつも、チャンスだ何だといったって結局和臣君と二人で出かけられることが嬉しくて、頬がにやけるのを必死で堪えていた。
放課後、少しドキドキしながら机の中の教科書やペンケースをカバンへと片付けていた私に、果菜ちゃんが声をかけた。
「どうしたのぉ?」
「え。な、なにが?」
「んーとぉ、なぁんか朝からずーっとそわそわしてるなぁって思ってたんだけどぉ」
「そんなことないよ!」
「でも、さっきからペンケースを出したり入れたりしてるよぉ」
果菜ちゃんの言葉に、慌てて手に持ったペンケースをカバンの中に押し込んだ。
誤魔化すように笑った私を、果菜ちゃんは「あやしいなぁ」と言って覗き込む。
と、そんな果菜ちゃんの後ろから和臣君が声をかけた。
「お待たせ」
「あ……和臣君」
「なぁんだ、和臣君と約束してたからそわそわしてたんだねぇ」
「か、果菜ちゃん!」
「こら、果菜子。あんまり瑞穂をいじめるなよな」
「いじめてないよぉ」
果菜ちゃんが唇を尖らせて言うのを和臣君は聞き流すと「行こうか」と私に言って歩き出した。
果菜ちゃんに「また明日ね」と言うと「明日ぁ、お話聞かせてねぇ」と笑って手を振っていた。私も手を振って、それから和臣君の背中を追いかけた。
校門を出て二人で歩く。「どこに行くの?」と尋ねると「内緒」と言って和臣君は笑った。
と、いっても歩いているうちにだいたいどこに行くつもりなのかはわかった。この道は、多分……。
「着いたよ」
「たい焼きだー!」
付き合っていた頃、何度か二人で行ったことのあるたい焼き屋さん。おばあちゃんがやっている昔ながらのお店なんだけど、甘すぎなくてとっても美味しいお店だ。ちなみに、たくさんある種類の中で私のお気に入りは……。
「瑞穂はマロンカスタードでいい?」
「え……?」
「あれ? 違った?」
「う、ううん。マロンカスタードがいいな」
「わかった。買ってくるからちょっと待ってて」
当たり前のように言うと、和臣君はお店の中に入って行った。
ここのたい焼き屋さんにはいくつか変わり種があってマロンカスタードもその中の一つ。
店主のおばあちゃんが面白い人で、若い子にもウケるたい焼きを作る! と、意気込んだ結果、変わり種が沢山並ぶちょっと不思議なたい焼き屋さんとなったらしい。マロンカスタードの他にも、紫いもホイップとか黒糖チーズとか、いろいろ。
だから、その中で和臣君が当然のようにマロンカスタードを選んだことに少しびっくりした。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
差し出されたたい焼きを受け取ると、私たちはお店の横に設置されたベンチに座った。
お金を渡そうとした私に、和臣君は「今度ジュースでも奢って」と言って受け取ってはくれなかった。
「そんなことよりさ、ここのたい焼き美味しいよね。俺は甘いのがいいんだけど、琥太郎は甘いのが苦手だからって餅ピザソースとか頼んだりすんだよ」
「それって美味しいの……?」
「さあ? でも、琥太郎は美味しそうに食べてたよ。変だよね」
和臣君は首をかしげて、それからおかしそうに笑った。
ちなみに、和臣君は紫いもホイップを選んだみたいで、たっぷりつまったホイップクリームが溢れないように、苦戦しながら食べていた。
私も、和臣君が買ってくれたマロンカスタードのたい焼きを食べようと、包み紙を開けた。
でも、やっぱり気になる。どうして和臣君は……。
隣でたい焼きを頬張る和臣君に視線を向けた。
「どうかした?」
「あ……」
私の視線に気付いたのか、和臣君が「食べないの?」と尋ねた。私は慌ててたい焼きに口を付けながら、どうしても気になって和臣君に聞いた。
「ね、なんでマロンカスタードだったの?」
「え?」
「や……別に、いいんだけど。他にもいっぱい種類があったのに、どうしてこれだったのかなって」
「マロンカスタード嫌いだった?」
「ううん、好きなんだよ? 好きなんだけど、だからこそビックリしちゃって」
私の言葉に、和臣君は一瞬何かを考えているような表情をした後で、「なんとなく、好きそうな気がして」と言って、何かを誤魔化すかのように笑った。
その笑顔が気になって、私は食い下がってしまう。
「なんとなく?」
「そう。あとは……前に栗ご飯をすっごく嬉しそうに食べていたから、栗が好きなのかなって思って」
「そ、そうだったっけ……?」
「覚えてない?」
「う……。そんなこともあったような……。そ、そういえばね!」
思い出そうとしたけれど、それよりも目の前で和臣君に笑われていることの方が恥ずかしくて私は慌てて話題を変えた。
そんな私に和臣君は、しょうがないなぁとでもいうかのように、優しく笑っていた。
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