第11話

 その日は朝から雨だった。天気予報によると明日も雨らしい。――明日、以前の私たちは和臣君の家で勉強をしていた。二人きりで。

 和臣君は化学を私に、そして私は数学を和臣君にと、お互い得意分野を教え合っていた。

 何故覚えているかというと、金曜日に返ってきた小テストの結果がお互いに悪かったからだ。

 あれを見た瞬間、思い出した。二人でした勉強会。そして、一緒に行こうねと約束した映画のことを。

 たしかきっかけは、人気のある映画がもうすぐ上映が終わってしまう、というような話からだったと思う。

 私も気になっていたと言うと、じゃあ今度一緒に行こうかという話になったのだ。

 二人きりでのお出かけは照れくさくて、恥ずかしくて、でもすごく嬉しかったのを覚えている。私の勘違いじゃなければ、ほんの少しだけいい雰囲気になっていた。お互いに好きだと伝えたわけじゃないけれど、なんとなく相手が自分に好意をいだいているんじゃないか、そう感じていた。そして、それは和臣君もだったようで。私たちは約束したのだ。これからたまに、みんなには内緒で――二人きりで出かけようかと。

 あれが私たちの、関係が変わり始めた最初のきっかけだったと思う。

 でも――。

 私はベッドから立ち上がると、勉強机に向かった。

 今の私には、明日、和臣君の家に行く予定は――ない。

 これでいいんだ。好きでいるだけ。二人の関係を進展させはしない。そう決めたんだから。

 あの事故を、起こさないために。


「……あれ?」


 することもないし、月曜日に提出の数学の課題をしようと思ってカバンを開けると、ノートが入っていなかった。

 教室にでも忘れてきたのだろうか。買い置きがあったはず、と引き出しを開けるけれどタイミングが悪いことにいつもなら何冊かあるはずの買い置きが一冊もなかった。

 他のノートに書いていってもいいけれど、提出したときに何か言われるのも嫌だし……。


「仕方ない、買いに行こう」


 シャープペンを机の上に転がすと、私はカバンを手に部屋をあとにした。



 近くのコンビニまでは歩いて五分。……でも、ここはよく和臣君と待ち合わせた二人の家からちょうど真ん中の場所だからできれば避けたい。そう思って私は反対方向にある少し遠いコンビニまで歩いて行くことにした。

 こうやってこの世界で人生を過ごすようになって、明日で一か月が経つ。12月が近付いていることもあって、涼しかった外の気温も随分ずいぶんと寒くなってきた。

 そろそろ初雪もちらつき始めるかもしれないな。そんなことを考えていると、コンビニが見えてきた。

 ノートと、それにジュースでも買って帰ろう。

 ドアを開けてコンビニの中に入ると、暖房が効いているのか外の寒さが嘘のように暖かかった。

 いつも使っているノートと清涼飲料水をカゴに入れると、私はレジへと向かった。


「ありがとうございましたー」


 店員さんから袋を受け取ると、私はコンビニを出ようと出口の方へと視線を向けた。


「瑞穂……?」


 どうしてだろう。

 こんなに会わないようにしているのに。


「どうしたの? こっちに来るの珍しいね。あ、俺はね家の近くのコンビニに行ったらいつも買ってる雑誌が売り切れてて。ついこっちまで来ちゃった」


 いつものように笑顔で和臣君は私の元に近付いてくる。


「瑞穂?」

「え、あ……ビックリして」

「ホントだね。買い物?」

「う、うん。数学の課題しようと思ったらノート忘れちゃって」

「あーあれ。俺もまだ途中なんだよね。……もしよかったら、俺の家で一緒にしない?」


 断らなければいけない。

 そうわかっているのに。


「実はさ、分かんない問題あって。瑞穂に教えてほしいって連絡入れようかなって思ってたんだ」


 恥ずかしそうに笑う和臣君の笑顔に、私は気付いたら「いいよ、一緒にしよっか」と口走ってしまっていた。


「ホント!?」

「あっ……」


 しまった、と思ったときには遅かった。


「じゃあ、これ買ってくるからちょっと待ってて」


 そう言ったかと思うと、和臣君は入口近くに置いてあった雑誌を手にレジへと向かう。

 今更やっぱりダメだなんて言えずに、私は嬉しそうにお金を払う和臣君の姿を見つめることしか出来なかった。


「お待たせ」


 戻ってきた和臣君は「じゃあ、行こうか」と私の隣に並んで歩き始める。

 今は土曜日で、日曜日の出来事じゃない。それに数学の課題をするだけで、教え合いっこするわけじゃないから……。

 必死に言い訳をしながら、和臣君の家へと向かった。

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