第2話


「これで最後っと」


 辺りに散らばった消毒液や包帯を安藤君は手際よく片付けていた。私も手伝いながら、きびきびと動く安藤君の姿を目で追っていた。

 サラリと流れる髪の毛は地毛なのだろうか、太陽の光に照らされてほんの少しだけ茶色く見える。落ちているものを拾う指先はすらりと長い。

 保健室で会った時に覚えた嫌悪感は、いつの間にかなくなっていて――それどころか安藤君から目が離せなくなっていた。


「どうしたの?」

「あっ……」


 ボーっと安藤君の姿を見つめていると、視線に気付いたのか不思議そうに顔を上げた。私は自分の行動が恥ずかしくて、さっきまで考えていたことがバレないように慌てて口を開いた。


「あ、安藤君のお母さんって綺麗好きなの?」

「……どうして?」

「その、片付けるのが上手だなって。だから安藤君のお母さんが綺麗好きで、自然と安藤君にもそういうのが身についているのかなぁって思って……」

「あー……」


 私の言葉に、安藤君は一瞬気まずそうな顔をした後、ヘラッとした笑顔を浮かべて言った。


「うちも、遠山さんと同じなんだ」

「え……?」

「まあうちの場合は、離婚だけどね。俺が小学生になる前に……」

「ご、ごめん!!」


 慌てて安藤君の言葉を遮るように謝ると、安藤君は「なんで謝るのさ」と言って笑った。


「遠山さんと一緒。俺が勝手に言っただけなんだから、気にしなくていいんだよ」

「でも……」

「それに、そう言われたらそうなのかもしれない。いなくなった母親がこうやってたなって思いながら掃除も洗濯もやってきたから……。だから、遠山さんの言ったこともあながち間違いじゃないのかも」

「安藤君……」


「なんてね」と言うと、彼は照れくさそうに笑って手元の薬箱を棚へと戻した。そして、私の方を振り返った。


「俺はもう戻るけど……この授業が終わったら、昼休みには遠山さんも戻ってくるよね?」

「あ……うん」

「じゃあ、教室で待ってるね」


 手を振ると安藤君は保健室を出て行った。

 再び静寂が広がる。

 でも、私は気付いていた。

 さっきまでとは違う、心臓の音に。ドクンドクンと大きな音を立てて鳴り響く心臓の音に。


「笑っちゃう……」


 ベッドの上にゴロンと寝転がると私は両手で顔を覆った。

 こんなに単純な人間だっただろうか。

 最近はずっとお父さんとあの人のことで、あんなにも気持ちが沈んでいて何もかもどうでもよかったのに、たったこんなことで気持ちが軽くなるなんて。


「安藤君……」


 名前を呟いて、慌てて身体を起こして周りを見る。

 誰もいないことなんて知っていたけれど、それでも確認して、相変わらず私一人しかいない保健室にふーっと息を吐きだした。

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