第3話

 授業が終わるチャイムが鳴り響き、ざわざわとした空気が教室を包む。おずおずと足を踏み入れた私に気付いたクラスメイトが一瞬こちらに視線を向けたけれど、すぐに逸らされる。

 教室の中には安藤君の姿があったけれど、名前も覚えていないクラスメイトと楽しそうにお喋りをしていた。

 ……一気に気持ちがしぼむ。結局あんなのあの場の雰囲気が言わせただけで、実際は……。

 痛む胸に気付かないふりをしながら、私は足早に自分の席へと向かった。


「あ! 遠山さん! 戻ってきたんだね」


 瞬間、クラスメイト達の視線が、私へと向けられた。

 ひそひそ声で何かを話す人や不思議そうに首をかしげる人もいる。そして――。


「え、和臣。どうしたんだよ?」

「何が?」

「いや、だってそんな声かけるような仲じゃないだろ?」

「声かけるような仲になったんだよ」


 そう言うと、安藤君は私の机のところまで歩いてきて……カバンから取り出したお弁当箱を持ち上げた。


「ね? 俺たちと一緒に食べよう? ほら、果菜子かなこたちもいるし」


 たしかに、安藤君の視線の先には女子の姿があった。不思議そうに私の方を見ているところを見ると、嫌な感情をもたれてないとは思うけれど……。


「で、でも……私が混ざったら迷惑じゃあ……」

「そんなことないよ! ねっ?」

「お、おう」

「別に……どっちでもいいよ」

「うん、大丈夫だよお」


「ほらね」と笑う安藤君に連れられるようにして向かった私を、先程のクラスメイト達が待っていた。

 口を開こうとするけれど、何と言っていいか分からない。さっき保健室で安藤君と話をした時は、あんなにもスラスラと言葉が出たのに、教室に戻ってきた瞬間から昨日までの私に逆戻りをしてしまったみたい。

 けれど、そんな私の様子に気付いていないのか、安藤君は目の前にいる名前の分からないクラスメイト達を紹介してくれた。


「こいつは萩原はぎわら 斗真とうま。口数が少ないけど、別に怒ってる訳じゃないから」

「……どうも」

「で、こっちが呉村くれむら 琥太郎こたろう。バカで明るくてバカでお調子者で……」

「おい! 和臣、そこまで言う!?」

「本当のことだろ?」

「ひでー! 俺そこまでバカじゃないからね!?」


 まるで漫才の掛け合いのように繰り広げられる会話に、どうしていいか分からずにいると隣から「琥太郎、うるさい」と萩原君が呉村君の口に何かを入れた。

 もぐもぐと食べている姿がなんだか可笑しくて笑ってしまう。


「あはは……」

「ほらみろ! 和臣のせいで遠山さんに笑われたじゃないか!」

「俺のせいというか、琥太郎がバカなだけだろ。まあ、そんなバカな琥太郎はおいといて」

「おい!」

「こっちの背の高い方が柏山かしやま 雪乃ゆきの。で、ちっちゃい方が……」

「ちっちゃいって言わないでよお。私、志村しむら 果菜子かなこ。果菜ちゃんって呼んでねー」


 ニッコリと笑ってそう言うと、志村さん――果菜ちゃんは隣の席を手でポンポンとすると「こっちおいでえー」と言ってくれた。

 どうしたらいいか分からずにいると、安藤君が「座りなよ」と言ってくれたので、私は迷いながらも果菜ちゃんの隣に座ることにした。

 席に着いた私を、安藤君を除いた四人がジッと見ている事に気付いて、私は慌てて姿勢を正した。


「あ、あの……遠山瑞穂です……。えっと……」

「瑞穂ちゃん! ううん、それともみーちゃんの方が可愛いかなあ?」

「え……?」

「果菜子、みーちゃんじゃあ琥太郎のところの猫になっちゃう」

「あ、そっかあ。じゃあ、やっぱり瑞穂ちゃんだね」


 果菜ちゃんのその言葉で、空気が変わるのを感じた。

 名前の呼び方ひとつで何が変わるわけじゃない。でも、なんとなく……私の居場所が与えられたような気がして、張りつめていた緊張の糸がほんの少しだけ緩んだ気がした。

 そんな私を安藤君は、嬉しそうに見つめていた。

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