第4話

 みんなからの呼び名が遠山さんから瑞穂に変わり、私もそれぞれをニックネームや呼び捨てで呼ぶようになる頃には、新緑が生い茂っていた街にも夏の風が吹き始めていた。

 当たり前のように果菜ちゃんや雪乃、和臣君たちとご飯を食べ、帰りはみんなで寄り道をしてから家に帰る。

 転校してきた頃からは想像もできないぐらい、笑顔に溢れた学校生活を送っていた。


「それにしても、瑞穂明るくなったよな」

「え?」


 食べかけのアイスクリームから顔を上げるとコタ君は言った。六月末だというのに早くも訪れた夏日のせいで、買ったばかりのアイスはすでに溶けはじめていた。コーンに垂れるアイスをペロリと舐めると「だってさ」と続けた。


「転校してきたときは「何こいつ。喋んないし暗いし、ヤバいやつが来たのかな」って思ったけど……」

「琥太郎、言い過ぎ」

「コタちゃんひどおい。瑞穂ちゃんのことそんなふうに思ってただなんて……」

「え、あ! ごめん。そうじゃなくて……」

「軽蔑するわ」

「ち、違うって! あの一瞬! 一瞬だけだから!」


 顔の前で手をぶんぶんと降りながら、慌てて弁解するコタ君をみんなが笑う。私も、輪の中で自然に笑っていた。そんな自分自身を不思議に思いながらも、心地よい温もりに包まれているような、そんな気持ちだった。


「大丈夫だよ」

「瑞穂!」

「コタ君がそういう人だっていうのは私わかってるし……」

「って、おい!」


 私とコタ君のやり取りにみんなはもう一度笑った。

 私も笑いながら顔を上げると、和臣君と目があった。


「っ……」


 慌てて目を逸らす。

 ……近頃、なんだか変だ。

 和臣君は前と変わらず優しくしてくれる。でも、その優しさが嬉しくて……そして苦しいときがある。

 この感情の名前が分からずに、ここ数日私は和臣君の視線から逃げていた。

 こうやって新しいクラスに馴染めるようになったのも、和臣君のおかげだというのに……まるで恩をあだで返すかのような自分の行動に嫌気が差していた。


「それじゃあ、また明日なー」


 コタ君の声にハッとすると、気が付けば帰り道の分岐点まで来ていた。私と和臣君は神社の方向に、果菜ちゃんと雪乃は駅の方に、そしてコタ君と斗真君は商店街の方に向かって歩いて行った。

 何を話していいか分からず、無言のまま歩き続ける。本当はたくさん話したいことがあるはずなのに、上手く言葉に出来ない。みんなと一緒の時ならいくらでも話すことができるのに……。


「瑞穂さ、最近何かあった?」

「え……?」


 無言のまま俯いて歩いていると、和臣君はそう言って立ち止まった。慌てて振り返ると、心配そうに私を見ていた。


「な、何も……」

「本当に? この数日、瑞穂の様子が変だったから……」


 気付かれていたなんて……!

 和臣君の言葉に、私はどうしていいか分からず、あからさまに言葉に詰まってしまう。こんなの何かあったって言っているのと同じで……。そんな私に和臣君は「やっぱり」と言って私の手を取った。


「かっ……」

「家で、何かあったんじゃない?」

「え……?」

「話を聞くぐらいしか出来ないけれど、俺でよかったらいつでも言ってね」

「あ……」


 どうやら私の態度がおかしかったのを、父親と何かがあったからだと思ったようで心配してくれていたみたいだった。

 そちらの方も問題がないといえば嘘になるけれど……。

 心配そうな表情を浮かべる和臣君に「ありがとう」と言って笑顔を浮かべると、私は和臣君の手をギュッと握り返した。


「瑞穂?」

「でも、大丈夫だよ」

「本当に?」

「うん。そもそも父親の帰りが遅いのもあって、ほとんど話もしていないしね」


 嘘ではない。転勤になって新しい支店に異動になったからか、お父さんは夜遅くまで家に帰って来なくなった。……もしかしたら、あの人が家にいて私が一人じゃないから今までセーブしていた分も残業をしている、というのもあるかもしれないけれど。

 あの人との生活も、可もなく不可もなく……。近寄ることもないけれど特に何か問題があるわけじゃなく、会話のない同居人といった感じでこれがいいとは思わないけれど、揉め事もなかった。

 けれど、ヘラッと笑って言った私に、和臣君は眉をしかめた。


「そっか。じゃあ、瑞穂は夜は一人なんだね」

「あ……うん、そうだね」


 ただ、やっぱりどこかであの人のことを受け入れられていない私がいるようで……。私はいまだに果菜ちゃんたちだけではなく、和臣君にさえも継母の存在を打ち明けられずにいた。

 だから、こうやって和臣君が心配してくれると胸が痛む……。


「――寂しくなったら」

「え……?」


 ふいに、和臣君が口を開いた。ためらいがちに言ったその言葉の先を聞こうと顔を上げた私は、夕日に照らされて赤くなった顔で私を見つめる和臣君と目があった。


「誰かに電話するといいよ。果菜子とか、雪乃とか。あと……俺、とか」


 遠慮がちに付け加えたその言葉がくすぐったくって、思わず笑った私を見て和臣君も笑った。

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