脱出の話

 そこは暗闇だった。何も無い、何も見えない闇だ。


 その中で何故か俺の身体だけが、しっかりと見える。人は光の反射によってその姿を認識するらしいが、光などこの場所には無い。だから、見えているこの状況に首を傾げるしか出来なかった。

 しばらくその場所に座り込み、ぼうっとしていた。誰かを待たせているような記憶も、誰かに呼ばれている記憶も無かったから。

 だが、何か特別な事が起こる事は無かった。

 だから、恐ろしかったが、近くを歩き回ることにした。自らがアクションを起こせば、何か反応が返ってくると思ったからだ。

 しかし、何の反応など無かった。まるで、俺の存在を否定されているような気分だった。


 お前みたいな人間の行動等では、この世界には何の影響を与える事も出来ないぞ、と。


 それでも、懸命に辺りを忙しなく動き続けた。何らかの反応をひたすらに待った。俺の存在が、世界に影響を与えられると信じ続けた。


「何してるんだい?」


 その時だった。何処か小馬鹿にしたような含み笑いをした声が聞こえた。振り向くと、人の影がいた。

 顔も目もないし、身長も平均的で、服装も黒くてよく分からない。そもそも、こんな暗闇の中で何故黒い影を見る事が出来ているのかも、分からなかった。だが、初めての"反応"に少なからず俺は喜んだ。


「ここから抜け出す為に出口を探してんだよ」


「何で探すのさ?出る気も無いくせにさぁ」


 変わらぬ声の調子で影はそう訊ねてきた。ゴクリと生唾を飲む。


「......そんな事無ぇよ」


「いいや、それは嘘だよ。お前はここから出る気はないだろう?」


「...っだからそんな事」


「だって、そんな事すればお前は耐えられないから。大好きな人をそのまま放置して、素知らぬ振りなんて出来ないから。でも大好きな人だって考えがあって、思うようにはいかないよね」


「知ったような事を」


「好きな人はいつも無茶ばかりして、周りの人間の為にその身を投げようとしかけることがある。それが、お前は怖いんだろう?」


 その言葉にゾッとした。

 それは心の奥底にある本心であり、俺自身でも分かっている事だ。だから、胸が痛くて、耳を塞いでしまいたかった。だが、それは出来なかった。


 俺はとうとう行動に移した。一気に踏み込んで、影を素早く手で切った。

 が、影だ。ユラユラと揺れるだけで元に戻り、変わらない見下した笑みで俺を見てくる。


「ほら、それが証拠。お前は図星を付かれて痛いだろう?だから口を塞ごうとする」


 やがてぽっかりと、目の部分に白い瞳が現れた。


『それ』は呆れたような眼でこちらをじっと見ながら口を開いた。


「もう助けようとするの、諦めれば?」


 お前は誰だ。震える声で尋ねると、


「知ったところで君の"なにか"は変わるの?」


 そう呟き消えた。


 それと同時に俺の意識も消えた。


 ガバッと身体を起こした。

 身体中にはじっとりと汗が滲んでいた。顎を伝う汗を手で拭い、今まで見ていたものが夢であった事に安堵した。

 下を見ると、幸せそうな顔をして眠るフェリが見えた。


『もう助けようとするの、諦めれば?』


 夢で吐かれた言葉が反芻する。手の平を見つめた。

 何の変哲もない手だ。だが、この手はあいつを止める事は無い。あいつの想いを尊重してしまうから。

 フェリをもうこれ以上何かに縛り付けたくなかったから。

 だからと言って、殺戮を止める事を諦められるわけなんてなかった。


「...諦めねぇから」


 これからもずっとこいつの戦闘狂いを治す方法を探り続けるのだ。見つからないと分かっていて。

 俺は自嘲気味に笑った。

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Knight Killers~涙雨を知る者達~ 本田玲臨 @Leiri0514

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