雨の話

 その日、雨が降っていた。

 私の上に。目の前にある箱にも。


 私の目線は半開きの箱に注がれていた。


 血の匂いを漂わせる箱。その中にあるのは、この街で生き残れなかった人間の腐った死体ではなく――。


 子猫が数匹入っていた、らしい。


 らしい、というのは、もう分からないからだ。

 共食いでもしたのか、ぐちゃぐちゃにミキサーで混ぜられたような小間切れの血肉が浮いており、その中に猫の毛が浮いていた。所々に薄っすらと原型を残す肉の小さな破片やその大きさからも、恐らく子猫で間違いないだろう。

 犬の可能性もあるが、ここで野良犬に出会った事はない。


 恐らく彼ら―彼女らかもしれないけど―は、ここへかなり前に置かれたんだろう。

 箱の高さを登れずに飢えと寒さに苦しみ、とうとう耐え切れなくなって、この小さな世界で弱肉強食の嵐を巻き起こしてしまった。


 私はその箱をじっと見つめて――、踵を返した。その時。


「ニャー..........」


 不意に、その箱から鳴き声が聞こえた。そんな気がした。

 気のせいだろうか。それともまだかろうじて生きている子猫がまだいるのか。


 今ならまだ....、いや無理かな。

 私は私で精一杯なんだからさ。構ってらんないよ。


「ごめんね」


 私はそこへそう声を掛けた。


 だって私を取り巻く状況は、この箱の中と同じなんだ。

 お互いが生き残る為に殺し合う。弱みを見せればそこから殺される。噛み合い、首を絞め合う、血生臭い世界。そんな世界で他人に構う暇なんて、全然ないんだ。

 そんな事が出来るのは、余裕のある大人だけ。余裕も何もない一般市民には、無理な話だ。


「こんな所にいたのか、ユラ」

 黒い傘を差して、シーが私の元へ来ようとしていた。私はそこから離れて自らがシーへ近付く。

「ユラ?」

「何しに来たの。私、自分で帰るって言ったじゃん」

「雨降ってるから。今日の仕事遠い場所だったから、傘があった方がいいだろ?風邪を引かれたら困るんだよ」

「そう、だね」

 私はシーの差す傘の中へ身を入れる。大分濡れていたみたいで、シーとの体温差を感じていた。

「何見てたんだよ。あの箱、面白い物でも入ってたのか?」

「ん、別に」

 私は誤魔化すように微笑みつつ、視線を交わしたくなくて目を伏せた。


「地獄の箱があっただけ」

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