ブラックコーヒー
本田玲臨
ブラックコーヒー
じりじり、じりじりとけたたましい目覚まし時計の音が鳴り、私はぱちっと目を覚ます。
ふわ、と大きく欠伸をする。そして、目尻に涙を浮かべながら身体を起こして、目覚まし時計の音を止める。
それからベットから降りて、髪の毛を掻きあげながらリビングへ行く。
「おは…」
おはよう、と言おうとして、それを言う相手がもういないことにすぐに気付いた。
ぐっと思わず顔がしかめっ面になったのが自分でもわかる。
それを息を吐き出すことでなんとかやり過ごし、冷蔵庫を開ける。中には大した食料品が入っていない。今日は休日なので、買いに行くことを心に決める。
ロールパンを出して飲み物を出そうとして――、ブラックの缶コーヒーがあるのに気付いた。
「は…」
思わず息を吐き出して、それからそれを取り出した。
私は、ブラックコーヒーは飲めない。ミルクや砂糖が入っているものなら飲めるのだが。つまりこれを買った人物は私ではなく――、昨日出て行ったあいつの飲み物であったものだ。
ちゃんと見た、とか言ってたくせに。下着も服も日用品も何もかも、持って行ってたくせに。これ、忘れる?
缶コーヒーなんて、飲んだり捨てたりしたらすぐに消えるのに。
残らないものを、なんで、忘れるかなぁ。
視界がぼやけだしたのを感じ、慌てて瞼を擦ってそれを誤魔化す。
私はその缶コーヒーをシンクの上に置き、それからパンをレンジに入れて加熱する。その間に簡単なサラダをボウルに盛り付けていく。
チンと軽快な音が鳴って、パンを取り出し、リビングのテーブルに持っていく。それから缶コーヒーを持ってきて、椅子に座ってからパチンと開ける。
少し飲むことにためらいを覚えたが、すぐに意を決して口をつけて喉を鳴らして二口ほど飲んだ。
口の中に広がる苦味。鼻を抜けるコーヒーの香りに、思わず「う」と声を漏らして缶を勢いよく置いた。
何だこれは。苦い。苦すぎる。
あの涼しい顔をして、よくこんな黒い液体を飲めるものだ、と親の仇を見るように忌々しい視線を缶に向ける。
だが私はまた手を伸ばし、コーヒーを飲んだ。
美味しくなくて、苦すぎて。
でもこれからずっと、これはきっと、あいつを思い出す味だ。
今日はあいつと別れて一日目。
私はあいつとの思い出を、まだ捨てられていない。
ブラックコーヒー 本田玲臨 @Leiri0514
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