黒髪の女


 ガタンゴトンガタンゴトン




 揺れてる。


 ふと私は目を覚ました。

 肩にかなりの重みがあるので、そうっと横にを見ると、黒髪の頭が目に入る。

 彼が深い吐息を吐いていた。

 どうやらぐっすりと寝ているらしい。

 出来る限り彼を起こさないように気を付けながら、私は外へ目を向けた。


 この電車に乗ったのは、今朝方の事。

 お互い大したものは持っていない。

 この電車の終着駅までの片道切符に、道中に駅弁を買うためのお金。それ以外と言えば、この着ているお気に入りのワンピースくらいだろうか。


 何故片道切符なのか。お金を持ち合わせていないのか。その理由は分かりやすい。


 私はこの彼と共に何処かで死ぬ事にしたのだ。


 きっかけはとても単純だった。

 こんなにもお互いがお互いを愛しているにも関わらず、親からの言い分によりそれは叶わないものになってしまったのだ。

 他の人からすると、安易でくだらないかもしれない。でも、人が死のうと思い立つ理由は案外単純で、後はほんの少しの力が必要なだけ。

 だから、愛する彼と共に死ぬ為に、適当に選んだこの電車に揺られ、寄る宛もなく乗っている。


 そんな私は今、窓の外にある林の景色を見ながら、ぼんやりとある考えに更けていた。

 本当にこういう方法しか無かったのだろうか、と。

 もしかしたら、他の道もあったんじゃないだろうか、と。

 とんでもない人生の間違えた選択を、一時の苛烈な感情に任せてしてしまったんじゃないか、と。


 彼とは違う別の男性と出逢って、その人に振られたりして。そしてまた別の似合う人を見つけて。

 そんな人と結婚して、子どもを授かって。その子と旦那さんの為に身を粉にして働いて、子育てして、老けていって、死ぬ。

 そんな未来も、もしかしたらあったかもしれない。


 ふと寝ている彼に視線を落とし、それから手へと視線を落とす。

 ここ数日で窶れたせいか、細くなってしまった私の手の指に絡んでいるのは、男性特有のゴツゴツした安心する大きな手だ。

 そして私の心を救済する手であり、私を縛り付ける手でもある。

 いつ繋いだのかは覚えていないけれど、繋いでいる手はまだ薄らと温かい。

 これから冷たくなってしまうのだと思うと、少し寂しいと思うのは私だけなんだろうか。

 貴方も、そう思ってくれてるだろうか。


 ガタンゴトンガタンゴトン


 電車は相変わらず揺れている。私と彼を運ぶ。最果てにある死の終着駅へと。


 揺られているのはこの身体だけなのだろうか。それとも、あの時決意した私の心もなのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

徒花の列車 本田玲臨 @Leiri0514

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説