第53話 覚めない夢のまた夢の夢


 国の中枢の人間はこう言う。彼らは障害を取り抜く為の駒である、と。




 街の裏側の人間はこう言う。彼らは商売を邪魔する悪魔である、と。





 彼らはこう言う。自分達は決して救われぬ存在である、と。





 四隅を山で囲まれ、天然の要塞となっている中に栄える国、ニコールディア王国。

 その国は周りのどの国よりも異彩を放っていた。

 まず若い王が政権を握り、その周りの人間も経験を積んできたとは思えない若い人間で国政を動かしていることが第一に挙げられる。それで問題が起きていないのだから、王の手腕が上手いのだろう。次に国内の様子だ。ある程度の貧富の差があるにも関わらず、決して街中で争乱が起きていることは無い。

 他にも様々なことがあげられるが、この国の最大の特徴は"Knight Killers"と呼ばれる組織だろう。

 "Knight Killers"とは2年ほど前までこの国に蔓延っていた殺し屋の総称だ。これを名乗る者は多く、少人数でチームを組んで、この仕事をしている者もいた。

 が、現在では国の政策によってそれらはほぼ無いに等しくなっていた。ただし、例外が1つ存在していたが。

 "Knight Killers"の一チームであった〈黄昏の夢〉。彼らは秘密裏に国直属の殺し屋として、国に仕えることになっていたのだ。国からの命令のみを受け、その任務を完璧に遂行する。その事実は隠されているが、裏の人間は周知している。




 これは彼らの物語では無い。これはそんな彼らの記録だ。

 救われることの無い、罪と罰に汚れた人間達の...、記録である。




◆◇◆◇◆◇



「はぁっ!はぁっ!」

 国内の裏側。入り組んだ路地を長い茶髪の女が走っていた。時折背後を確認しながら走っていることから、何者かに追われていることが分かる。

「おいっ!待てっ!!」

 その人物の背後、10人ほどの男達が走ってきていた。その人物は動きやすい服装ではあるが、決して追いつかれない保証は無い。

 この女は見た目を見ても、別に裕福な人間では無い。どちらかと言えば一般家庭の人間だろう。もし、この男達が誘拐犯グループならば、稼ぎの見込みなど無い小さな獲物だ。だが、彼らは人身売買を主な生業とするグループだったのだ。

 働ける人間、あるいは見た目が綺麗であったりどこか見た目が他とは突出した人間を金持ちに売る、そんな職業だ。その女は彼らに"カモ"として目を付けられ、標的として追われている。

 その女は入り組んだ路地裏に入って、懸命に逃げ続けた。だが、行き止まりの場所に辿り着いてしまった。もし身長がもう少し高ければ、もしくは誰か女に仲間が入れば助かるような塀が立ちふさがっていた。その女に登る術は無い。

「はははっ!!追いついたぜっ!」

「残念だったなぁっ!」

 ニヤニヤと笑いながら数人の男が近付いてくる。その中のリーダー格らしい男が一歩前に出て、対峙する。

「ここまでよく頑張りましたっ!これからは俺の稼ぎとして頑張ってくれよ?」

「そうそう!せいぜい頑張れよー?ギャハハハっ!!」

「..........チッ」

 その女は下を向いたまま、舌打ちをした。リーダー格らしき男はその態度が気に食わず、やや強引にその人物の顎を掴んで上げさせた。

 その瞳は茶色をもっと薄くした琥珀色で、どこか哀れむような感情を宿していた。

 男はその瞳に少し腹を立て、恐怖心を植え付ける意味で、拳を握って振り上げた。

「が、顔面は殴らないで下さいよっ!?」

「分かってる。伊達に何十年もこの仕事してねぇよ」

 その時だった。

「ねぇ、オンナノコ相手に寄ってたかって男共が何してんの?」

 頭上から突如した女の声に男達は塀の上を見上げた。

 塀の上にその人物は座っていた。風になびくのは海のように深い蒼色の髪と、左顔面を覆う包帯の先端部分。どこか愉しげに男達を見下ろす髪色と同じ瞳が、男達にある記憶を思い出させる。

「お...まえ.......は!?」

「覚えててくれてるんだー、嬉しいねぇ。まぁでも一応、初めましての人がいらっしゃいますので」

 そう言うと、座っていた彼女は立ち上がった。そして、恭しくペコリと一礼する。

「国直属隠密機関"Knight Killers"のユキだよ。...君ら、この間も痛い目みたんでしょ?黒い髪の人と...そこにいる人にさぁ」

 その言葉を聞いて、リーダー格らしき男は女だと思っていた人物から手を離した。

 その女は自身の長い茶髪の髪の毛を引っ張った。ずるりと、カツラが取れる。それを青年は地面へと投げつける。ベチャッと微かに音を立て、地面に茶色い髪の毛が広がった。

 その頭には先程男が見た瞳と同じ色の髪色が露わになる。短くクセ毛らしい髪の毛だ。ユキはその人物にあるものを投げ渡した。それは黒一色の帽子。それを青年と化した人物は受け取ってかぶる。

 そこで男達は気付く。

 カモとして追っていたのは『女』ではなく、『男』であると。

 そして、自らが『カモ』であったのだと。

 すっかり男らしい格好になった青年に、彼らは見覚えがあった。

 ほんの数週間前、彼らが追われていたのだ。この青年と、もう1人の男に。何とか逃げ仰せたものの、被害は大きかった。


 出会い頭のほんの一瞬で、5人も殺されたのだ。


 あの出来事はトラウマとして、彼らの心に傷をつけている。だから、多少面倒であってもグループで行動しているのだ。

「ホンマ...、あんたら懲りへんなあ。あの時に足を洗うといたらええものを」

 聞き馴染みのない、どこか不思議な口回しで青年はそう言った。リーダー格らしい男は、護身用兼脅し用のナイフを取り出して、青年へと突きつけた。

「ふん!前回はあの男が5人殺してお前は何もしてなかっただろっ!それは戦闘が苦手だからだ!さらに今回連れてきたのは女だ、俺達に勝てないはずはねぇっ!」

「うわぁ....心外。私だって百戦錬磨の武人だからねっ!すっごい強いからっ!」

「ユキ...張り合うなや」

「...はーい」

 ユキはそう青年に謝り、代わりに片手に3本もナイフを取り出して、男達の方へ向けた。

「...あーそうそう。私ばっかりに気を取られないでね?私達だけだって言ってないからね?」

 その言葉を聞いて、リーダー格らしい男がハッとした顔に変わった。そして背後を振り向こうとした。

 しかし、それは既に遅かった。

「はーい、残念!」

 人の良い、明るく気さくそうな若い男の声と共に、ビタリと首筋にナイフを突きつけられた。

「"Knight Killers"のクロでーす。よ、また会ったねおっさん」

 男が横目で見ることが出来たのは、壁に血だらけでもたれかかっている数人の仲間と、耳に付いたルビーの小さな丸いピアス。それで男は完全に記憶を呼び起こした。

 仲間を5人ほど、あっさりと殺した張本人。それがこの男だった。

「な...仲間を...」

「完全には多分死んでねぇと思うよー。まぁアンタが時間をかけちゃったら分かんねぇけど」

 クロはそこで明るい声から一転、低い声で、


「お前らの親玉はどこにいるんだよ?」


「...はは、言うわけが」

「そうか、じゃあ死ね」

 クロはナイフをさらに首へ押し当てた。リーダー格らしい男の首筋からジワリと血が滲む。

「ちょっ!?クロくん駄目だって!居場所を聞かなきゃならないんだから」

「でも口割らないって」

「聞き方ってもんがあるでしょ?」

 ユキにそう言われ、小さく「成程」とクロは呟いた。

「じゃーあー、言わずに死ぬか、言って死ぬか...。好きな方を選べよ」

「それどっちにしろ死ぬやん。それなら俺は言わずに死ぬわ」

「あ、そうだね」

 ケラケラとクロはのんきに笑う。

 完全に気を抜いたと思った男は、目の前の琥珀色の髪の青年にナイフを投げた。青年は何とか身を引いて躱すが、頬を僅かに斬った。つうっと頬から血が伝う。

「は...っ、ざまぁみ!?」

 そこで男は目を見開くほど驚いた。否、その光景に目を奪われた。

 青年の琥珀の瞳がギョロリと爬虫類のように裂け、それと同時にすうっと切り傷が癒えていったのだ。

「お前っ!化け物のっ」

 その男はその言葉を最後まで言うことは出来なかった。


「ごめん、それ以上レオさんを汚さないでくれるよね?」


 クロは男の首に付けていたナイフを何の躊躇いもなく一気に刺し、抜いた。男の首から血が噴き出す。そして、追い討ちをかけるように蹴り倒す。

 男はビクビクと身体を震わせて倒れた。消えゆく意識と視界の中で見たのは、殺気を孕んだ紅の瞳の男だった。


「最っ悪や」

 ムスッとした顔をして、飛び散ってきた血飛沫をレオは拭う。クロは血に汚れたナイフを沈黙した男の服で拭いてから元に戻した。

「ごめんって」

「うるさい」

「許してってばー」

 クロがレオの機嫌を取るように、ポンポンと頭を叩くように撫でる。およそ頭半個分ほど高い、彼の特権でもある。

「ついついムカついたんだってー」

「はぁ...、もうどうするつもりや?」

「そうだよ!シロヒくんが折角私達で情報を聞きだせ、って頼んでくれたのにっ!怒られちゃうかもよ?ご飯抜きかもっ!」

「.......ゴハンヌキ」

 クロは堪えたようにガックリと項垂れた。ユキはわかりやすく溜息を吐いて、腰のポーチからイヤホンを取り出す。

「あ、もしもーし、私だよ。今どこー?...うん、そう」

 ユキがイヤホンごしの相手と話している時に、つんつんとクロがレオをつつく。レオは怪訝そうに眉を寄せながら、見上げる。

「何?」

「...レオさん傷付けたから、手が出た」

「分かってる。......次から気ィつけろ」

「うん」

「2人ともっ!シロヒくん達、この近くにいるって。行こっ!」

 ユキは2人にそう話しかけて、塀からレオ達のいる方向へ飛んで着地する。それからパンパンと土を払った。

「どっち?」

「私についてきてっ!」

 ユキの先導の元、血だらけで倒れている男達を放って、3人は入り組んだ路地裏を進んでいく。程なくして、

「お、3人とも!どうだった?」

 明るい声で黒髪黒目の眼鏡の青年が3人に気付き、話しかけた。その奥には黒髪の左の一部分を碧色に染めた、緑目の青年がいる。2人とも同じ色の茶色いコートを身につけていた。

 彼らの足元には、ゴロゴロと死体と化した人間達が転がっている。

「お疲れ様ー。...あの、さ、その」

「ちゃんと脅せた?どうだったの?」

「それがねー、クロくんが全員殺っちゃったから聞けてない」

「あー...、やっぱりね。一応シロヒが1人確保しておいて良かったよ。シロヒー」

「んん?」

 シロヒと呼ばれた緑目の青年が4人の方を向いた時、その背後に頭から血を流し鉄パイプを持った男がゆらりと立ち上がり、彼にそれを振り下ろそうとしていた。

 レオが注意を促そうとしたよりも早く、黒髪の眼鏡の青年が発砲した。その弾丸は男の額の中心を撃ち抜く。シロヒはその男が自身にもたれかかってこないように、振り向きながら腹部に蹴りを入れて飛ばす。

「まったくさー、"処理"はちゃんとしてよね」

「悪いな、K」

 Kと呼ばれた眼鏡の青年は、「まぁいいけど」と言って、拳銃を元に戻した。

「んで、何て言ってたの?」

「案の定、殺しちゃったって」

「やっぱりか」

「な、なぁ、ご飯抜き?」

「はい...?..........ユキとレオさん、どっちがそんな事言ったの?」

「ユキ」

「.......ユキ」

 シロヒに咎められるようにそう言われ、ユキは少し頬を膨らませた。

「だぁって!そのくらいのペナルティ、あって当然じゃない?」

「意地悪言わない」

「......はーい」

「じゃあ、元々そのつもりだったけどレオさんに頼みますかっ!」

「......しゃあないか」

 Kはクククっと笑って、その男がいるらしい倉庫へと案内する。Kが思い切り扉を開けると、

「あれ?」

「何、1人じゃなかったの?人質多くね?」

「.......あ、通信機器奪っておくの忘れてた」

「何でそんな初歩的ミスをするの?!馬鹿なの!?」

 手首を縛られ目隠しをされた男の周りには、10人ほどの男達が各々の武器を手に戦闘態勢に入っていた。壁を見てみると、武器などを使って無理矢理ここに入る入口を作った跡がある。どうやら、あそこから入ってきたようだ。

「...クロくん、あの目隠しさんのところに行くまで、どのくらいかかる?」

「んー...、走っていくんじゃあ行く手を阻まれたら遅くなるからなー。シロヒくんのそれ、使わせてよ。俺の体重で折れるほど柔じゃないでしょ?」

「よし、任された。K、あの即席入り口を塞いで。さらに仲間を呼ばれたら困るし」

「んー了解っ!」

「レオさん、私の近くにいるー?」

「クロのナイフがあるから護身は出来る。大丈夫や」

「はいはーい、じゃ少し動こうかなっ!」

 一通り会話を終え、シロヒが背中から自身の肩ほどある大鎌を抜き取った。細身の彼のどこにそんな力があるのか分からないのだろう。男達からどよっとざわめきが出るが、"殺す"という意思は硬いようで、逃げ出す人間は1人もいなかった。

「行くよっ!」

「おうよ!」

 そう声をかけ、シロヒの目の前にいるクロの足元めがけて大鎌を振るった。クロはその瞬間大鎌の刃に飛び乗り、男達の頭上を華麗に飛んだ。もし、少しでもタイミングがズレてしまえばこれは成功していないし、クロの足首はバッサリと斬られていたかもしれない。

 親しい仲間であるという信頼性と、クロ自身の運動能力の高さによって成立したものだ。

 クロは目隠しをされた男の前に着地し、彼の後ろ手に握られている端末ごと手の平をナイフで串刺した。

「あああああああああああああああああああああ!!??!?!!?!!」

「うぇ....うるっせぇ...」

「てめぇっ!!」

「どこ見てるのかな?」

 クロの方向に気を取られていた男の1人は、近づいていた蒼髪の悪魔に気付けなかった。振り向こうとした行動よりも早く、ユキは男の喉を切り裂いた。彼女の赤銅色のパーカーがその血を浴びて、じわりと赤を濃くする。

「こ、こいつらっ!!一旦逃げ」

「えー?もう少し遊んでよっ」

 彼らの作った出入口の前に立ち塞がるのはK。片手に拳銃を手にして、やって来る人間の頭へと寸分の狂いなく弾丸を撃っていく。これも外すとユキやシロヒに当たる可能性がある。それでも撃ち続け、また斬り続けるのは、信頼という一言に尽きるだろう。

 約10分後、そこでの戦闘は終わった。

「んー全然だったね」

「じゃあレオさん、よろしく」

「はいはい」

 レオは呻く男に近づいて、目隠しを外した。男の目がレオを捉えた瞬間、その男の目が見開かれた。

「お...お前は...っ!」

「どーも、コンニチハ。なぁ、今どういう気持ちや?..."標的"としとったええカモに、こうやって"カモ"にされた気分は?...なぁ!」

 レオはそう言ってニコリと笑った。

「え、レオさん。その人に目をつけられたとか、分かるの?!」

「体型似とるし、今目ェ見て分かった。...アンタら結構分かり易かったで?ジロジロ見てくるんやもん。ホンマにプロ?」

「びっくりしたー?今、目の前にいるの、女だと思って仲間を追わせてたってさ!」

 それを聞いてさらに男は目を丸くした。それを見て、レオはやや不服そうに顔を顰める。

「...そんなに女顔か...?」

「レオさん、どっちかと言えば女顔だし童顔だよ?3年くらい前にやった王宮警護の時の女装も似合ってたしねぇ」

「ナンパもされてたしな」

「そこ、黙れ」

「聞いてきたの、レオさんじゃん...」

 レオは改めて男の方を向き、相手の目を見る。

「アンタらが人身売買や麻薬密売に関わっとんのは知っとる。そして、アンタがここの裏の区画でそこそこ偉いんも承知済みや。「関係ない」っちゅう言い訳は意味無いからな。アンタが俺らに教える事は親玉の居場所。....ほら、痛い事はまだせんから、言うてみ?」

「も、もうしてるだろうがァあ!!」

「...ん?」

 レオは小首を傾げ、男の言葉の意味を理解しようと頭を捻る。そこでクロは思い出したように、

「その人の手と端末...、ナイフで刺しちゃった」

「刺しちゃった、じゃないからね!?何で取り上げるだけにしなかったの?!」

「面倒臭かったから」

「...あーもう」

「...とりあえず教えてや?」

「ふざけるなっ!あの人を裏切るわけがないだろっ!!」

「そうか」

 レオはそれだけ言うと、腰のポーチから透明な液体が入った試験管を取り出し、男の目の前で振り、近くに転がっている死体の皮膚に少量かけた。すると、じゅーじゅーと音を立てて、死体の皮膚がやや溶け出す。

「こういう風になる液体かけてくけど、別にええよな?」

「っ!!!?」

「右肩からやってくから、言う気になったら大声で頼むわ」

 さらっとそう言うと、レオは右肩に少しほどその液体をかけた。音を立てて服が溶け、皮膚が火傷を負ったように赤くただれる。かなりの痛みが男の全身を駆け回った。

「レオさん、殺さない程度にね?」

「分かっとるわ!」

 レオはどんどんその液体をかけていく。やがて試験管1本分が無くなり、レオは新しくポーチから試験管を取り出す。その淡々とした対応に、

 とうとう男は耐えられなかった。

「西地区っ!西地区だっ!!」

 その言葉を聞いて、レオの手はピタリと止まった。

「西地区のどこや?」

「西地区の...西地区の5番通り、突き当たりのレディジェンスのバーの二階だっ!」

「へー、あんな所にあったんだ」

「...暗号あるよな?それも吐けや」

「で、デメテルだっ!も、もう勘弁してくれ...っ!」

「はい、どーも」

 レオは試験管に蓋をして、男から離れた。

「よく分かったね暗号って」

「ん?カマかけただけや」

「おー、ホンモノの刑事みてぇじゃんレオさん」

「で、これでええか?」

「上出来だよ」

「あ、俺のナイフっ!返してもらお」

 今度はクロが男に近づいて、男の手と端末を縫い付けていたナイフを引き抜いた。血と共にナイフが抜け、クロがそれを近くの服で拭う。それをポーチへ戻した。

 その時だった。

「お前ら本当に............な」

 クロはその言葉を聞いて、ほぼ反射的に持っていたナイフを男の首めがけて振り下ろそうとして、

「はーい、だめっ!」

 ユキがその手を握った。

「ユキ」

「もう放っておきなよ、時機にここへ警察が来ちゃうよ。一応私達秘密隠密機関だから捕まっても大丈夫とかじゃないんだからね?」

「...分かった」

「ほら、行こう行こうっ!」

「ま、待てよっ!!お前らっ!!助けてくれる...って!」

「...助けてるじゃん?何か問題あるかなぁ?だって捕まって生きて罪を償う方がずうっと"助かってる"と思うけど、私」

「そ...んなっふざけっ」

「ふざけてねぇよ。逃げたかったら、自力で頑張って?そんじゃあね!」

 ユキとクロはそう言って、男の元を離れた。


「ね、クロくん」

「んぁ?」

「あの人に何言われて、殺そうとしたの?レオさんのこと?」

「...ハズレ」

「えー...じゃあ何?」

「...『お前ら本当に救えねぇな』って。腹立った。アイツ、俺らのこと何も知らねぇくせに」

 唇を尖らせつつそう言うクロに、ユキは僅かに苦笑して「確かに」と呟いた。

 救えない、のではなく、救われようとは思ってないのだ。あまりにも彼らは人間を殺しているという罪を背負ってしまっているからだ。他人に言われずとも知っている。

 他人に言われてその罪を目の前に叩きつけられることが、傷を抉られることになる。それが嫌いなだけなのだ。

「...まったく馬鹿だね、その人」

「...ん」

「でもね、クロくん。意味の無い殺しは駄目。レオさんやシロヒくん、Kくんにもそう言われたでしょ?」

「でも」

「クロくんの気持ちも分かるけど、そんな小さな言葉に耳を傾けなくていいから。ね、私達は"分かってる"でしょ?」

 救われない人間だ、と。

 そんなニュアンスでユキが言っていると、クロは思った。ユキは何も言わず、ただ少し微笑んでクロを見上げる。

「そう...だな」

「おーい、2人とも!」

「置いてくでー」

「え、ちょっとくらい待ってよっ!」

「待たん」

「酷いっ!」

「後処理でもしてた?」

「んー、そんなとこ!ほら、ナツくん達に報告しに行こっ!」

「あはは、相変わらずだねぇレオさんてば」

 5人の楽しげに語り合うその姿形は月明かりに照らされて、その影は歪んで地面に映った。

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Knight Killers~黄昏を纏ふ者達~ 本田玲臨 @Leiri0514

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