my sister!

本田玲臨

my sister!

 私には姉がいる。

 優しくて面倒見もよく頭の良い――、でも少し抜けたところのある、大学一年生の姉だ。



 小さい頃、私は彼女が嫌いだった。

 四つ上の姉の優秀なお手本モデルの歩く道を、両親は当然のように私に強要した。

 でも、私にはそれが出来なかった。

 姉とは違う、落ちこぼれの頭。どうしてもついつい悪い事も言ってしまう、捻くれた口。責任感も強くないから、彼女が出来ていた委員会の委員長だって、私はする事が出来なかった。

 そんな事だから、私は姉と比べられていた。


「どうして出来ないの?ここは簡単な問題でしょう?」


 仕方ないじゃない。分からなかったんだもの。


「真尋はお手伝いしてくれるのに、千尋は全然。少しくらい父さん達の手伝いをしてもいいんじゃないか?ばちは当たらないぞ」


 勉強しないと、お姉ちゃんみたいに出来ないんだもん。お手伝いに時間を割いてたら、テストが悪い点になっちゃう。


 いつも、いつもだ。比較されて、私が悪い子と言われる。


 そんな私をよく理解してくれるのは、奇しくも姉だけだった。


「千尋はいいよねぇ。私は絵しか描けないけど、あんたはフルート吹けるし。この間もコンクールで金賞を取ったんでしょ?私は三年の時の優良賞だけだし。高校は天文だから、コンクールもなかったしね。...あぁ、そう言えばばあちゃんに見せてもらったけど、成績も塾に通い出してから上がりだしたねぇ。しかも私の嫌いな数学と理科、私の時より点数いいんじゃない?羨ましいな」


 心の底からの称賛だとは、分かっていた。この人が嫌味を言うような人でも、そういう計算高い人でもない事は知ってる。

 でも、その時の私は馬鹿で、反抗期真っただ中で。感情を制御出来なかった。


「馬鹿にしてるの...?」


「うん?」


「お姉ちゃんのせいで!私のどんな努力も!意味なくなるのにっ!!いい人ぶってるの!?そうやって出来ない妹の姿を見るの、楽しい!?」


「いや、えと、千尋?」


 いつもと違う様子に、慌てふためくお姉ちゃん。

 言葉は、止まらない。


「お姉ちゃんの馬鹿!私っ、一人っ子が良かった!!」


 そこまで言って、自分が口にした言葉の重さを感じた。

 息が詰まる。呼吸が苦しい。こんな酷い顔を、お姉ちゃんに向けられない。


 しばらく俯いたままでいると、軽く頭を撫でられた。

 いつもなら恥ずかしくて嫌がるのに、今日は指先一つ動かせずにそれを受け入れた。


「ごめんね」


 お姉ちゃんはそう言って、私の部屋から出て行った。



 思えば、そこからあまり姉とは話さなくなった気がする。

 それはその喧嘩が原因だったのかもしれないし、私が高校受験の為に塾へ通い詰めて、姉が大学受験で時間のずれが生じたからかもしれない。


 おはようとかおやすみ、とか当たり障りのない会話だけ。昔みたいに好きな人の話とか、変な男子を思い切り振った話とか。そんな女子トークも出来なくなった。



 そうして月日は過ぎて、私は推薦入試で高校に合格した。姉の通っていた高校よりレベルは低いけれど、私の成績に見合った場所ではある。


 そして、姉は第一志望の国立大学を落ちてしまった。


 正直、ざまあみろとか思ってしまった。

 ようやく彼女にも挫折の時が来たのだと。



 だから、夜。部屋で彼女が泣いているのを見て、私は言葉を失ってしまった。


 いつもニコニコと私へ笑顔を向ける彼女しか見た事なかったから、知らなかったのだ。

 決して天才などではなく人一倍努力している事も、面接の為に苦手なコミュニケーションを頑張って乗り越えていた事も。

 それが報われなかったのを理解する事は、すぐに出来た。それくらいには、私は成長していた。



 何だ。お姉ちゃんだって、私と同じだったんだ。


 そう気付いた時にはもう遅くて。私は姉に何も言えなかった。





 姉は合格していた私立の大学へ進学し、私達の距離は物理的にも離れた。


 そして今日は誕生日。姉が向こうへ行って、最初の誕生日だ。


 私は二日前から用意していたメールの文面を睨み、何度も何度も見直す。

 漢字間違いはないか、文法的におかしくないか、あまりにも沢山の文章を送ってはいないか。

 何度も何度も確かめて。


「っええい、ままよ!」


 送信をタップする。

 ........何故こんなにもドキドキしているんだろう。相手は姉で、関係が希薄になっていただけ。そう、そうなだけだ。

 緊張する意味がない、意味も分からない。冷静になれ、私。


 それから少しして、電話が鳴った。相手が誰なのか、私は知っている。

 決してエスパーなどではないが。こればかりは分かりやすすぎる。

 恐る恐る、電話に出る。


『おはよ!メール、ありがとうね!すごい嬉しいっ!』


 嬉々とした声。家に居た時に聞いていた眠そうな声や、おどおどしたような声とは違う、少し弾んだ声。

 思えば久しぶりに、こんな声を聞いたかもしれない。


「い、いいよ、別に。私のお姉ちゃん...なんだし」


『........そうだね、私。...うん、そうだね』


 少しの沈黙。それが私には胸が張り裂けそうな時間だった。

 会話を紡ごうにも、上手く言葉が出ない。喉から出るのは言葉にならない、空気音だけ。

 でも、すぐに姉の方が口を開いた。


『ごめんね。プレッシャーをかけてたよね。私の事、嫌いだったよね、ごめんね』


 核心を突くようなその言葉に、私は息を詰まらせてしまう。否定の言葉を言うべきなのだろうに、私の口からはそんな言葉が出てこない。


『私さ。正直、羨ましかったんだよね、あんたの事。だから、意地悪してた』


 うん?お姉ちゃんが私を羨ましいと?


 耳がおかしくなったのかと疑うが、そんな一言を聞き取れないレベルに聴力は一瞬で一気に落ちない。


『あんたさ、私より運動できるじゃん?そればっかりは私、何をどうしても駄目で、なら成績だけでも勝ってやろうって。妹に勝るものがない姉って、なんだか誇れないでしょ?そうしたら、今度はあんたに両親が付きっきりになった。私は放っておいても大丈夫って思われたみたいでね。だから見て欲しくて、もっともっと頑張ってみたらさ、千尋に嫌われちゃった』


 くすくすと笑う声。それが酷く悲しく聞こえた。


「あのさ、その........」


『うん?』


 上手い事を言えなくて、言葉に詰まってると、優しい声で『ゆっくりでいいよ』と言われた。

 呼吸を落ちつけて、それから思っている事を口に出す。


「これからさ、また、色々話したい。...ほら、もう忙しくないでしょ、しばらくはお互い。だから、その、時々電話してもいい...?」


 少しの間沈黙が訪れた。


『もちろん、こっちからお願いだよ』


 少し震えた声で、お姉ちゃんはそう言った。


「あの、さ。もう一ついい?」


『ん?』


 今日は誕生日。

 私の大切な、お姉ちゃんが生まれた大切な日。


 今まではぎくしゃくしてて関係が薄かったけど、これから少しずつ直していければいいかな。





「お誕生日、おめでとう」

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