〈中〉

 高田日本中央技研の隣には民家を潰したぐらいの広さの公園がある。その隣には今時珍しい青いトタン屋根の平屋が建っている。小さな工場の隣の小さな公園を挟んだ小さな平屋、それが我が家だった。

 玄関を開け、上がり框を過ぎ、玉暖簾をくぐる。そこは台所兼居間であり、奥へと続く畳部屋には年季の入った卓袱台が置かれていた。

 荷物を床に置き捨て、真っ暗なまま流しで手だけ洗う。奥に進みながら、レースブラウスの裾から手を差し入れブラのホックを外し、ゆるく髪をまとめていたバレッタも取って、ストッキングを脱ぐ。薄っぺらなくせに締め付けの強いそれは下着も巻き込むから、一緒に。

 解放された身体はどろり濁った液体じみて、支えておくのは難しい。卓袱台に俯せに倒れ込めば、ひんやり冷たく、火照った身体に心地良かった。熱くなったのは、アルコールのせいだけじゃない。

 ブラウスの釦をさらに外し、ごわりとした肌触りのブラを抜き取ろうと肩を竦め、身を捩る。私の場合、少しのアルコールは感覚を鋭くする。カップにこすれた先端はひどく敏感になっていた。生理後の数日間は余計にその傾向が強い。畳に膝を突き、ウエストから手を差し込み、臍から下腹部、そしてもっと下に這わせる。毎夜ボディバターを塗り込んでいるおかげか、滑らかではりのある質感だった。

 そろりと降りた恥骨部はぷっくり膨らんでいた。ぐみの実やさくらんぼのような赤く色付いたはちきれんばかりの果実がぶら下がっている、そんな妄想を抱かせるほどに。畳に膝を付き、卓袱台に上半身を預け、臀部を突き出す卑猥な体勢だから、余計に煽られ肥大する。

 濡れる、とはよく言うが正確ではない気がする。感覚的には、熟れる、の方が近い。個人差もあるのだろうけれど、こうして肌を撫で回しても指先は濡れず、そこはまだぴたり慎ましく閉じている。

 にじり寄り、ゆるり撫でさすり、押して潰して、ぴたりと閉じた裂け目につぷり入り込めば、そこは熱く柔く溶けた果肉。薄皮をめくる心地で、襞を分けて侵入する。掻いて出して押せば、垂れる、滴る、溢れ出る。でもまだ浅い、ここはここで気持ちいい、だけどもっと深いとこ、指の届かない奥までもっともっともっと。

 ――今、後ろから、のしかかられたら。きっと多分、天国にいかせてあげられるのに。

 俯せ姿勢のまま正面のガラス戸を見上げる。公園を挟んだタカギはこの角度からは見えず、サハラは数キロメートル彼方。男たちはまだ仕事中。お気の毒さま。馬鹿、もったいない。

 無意識のうちに空いていた片手がブラウスの中へと入り込む。先端を軽く摘まむだけで声が上がりそうになる。ぷにぷにころころ転がすとくらくら酩酊感に襲われる。

 他者の愛撫は容赦ない。必死さゆえだから、そこが愛しいといえないこともないけれど、たまに気持ちいいの公差を外れて痛みになる場合もある。自分でする時は外れない、気持ちいい、でも物足りない、そもそも思い描いていた図面じゃない、これはたんなるトレース作業、痛くても苦しくても罵られても欲しいのは――

 はっ、と熱の篭もった息が漏れ出て。潤んだ目で見上げたガラス戸に白っぽい影が浮かび上がっていた。

 反射的に身をすくめる。誰、何、嫌だ、絶望的な状況に気付いて。

 立ち上がり、ガラス戸に駆け寄り、六畳の畳部屋から繋がる、家屋に対してやや広めな庭へと裸足のまま飛び出した。

 そして白い影――干しっぱなしで夜風に揺られていたバスタオルを回収する。ブラウスの胸元で指先を拭ってから。

 どうやらレイカさんは洗濯物を干しっぱなしにして夜勤に出てしまったようだ。手早く乱雑にタオルやら靴下やら引っ張り、同じく出しっぱなしだった洗濯籠に放り投げる。洗濯ばさみがばちばち跳ね飛ぶが、明朝回収すればいい。とても宮路さんには披露できない取り込み方だった。

 あれほど口を酸っぱくして言ったのに、下着まで屋外に干されている。嘆息まじりに、ブラやらパンツやらが吊り下げてある円形の洗濯物干しを物干し竿から外し、そのまま畳部屋へ投げ入れた。

 我が家はレイカさんと私――母と娘の女所帯だった。五十過ぎてもどこか世間ずれしていない母は心配の種だ。あるいは憂鬱の。

 肩を上下させたせいで、ブラがお腹のあたりまでずりずり落ちる。夜風がシャツの内側をすうすう泳ぐ。締め付けのない下半身がすかすか頼りなかった。

 タカギの照明で公園は明るく、我が家の庭も洗濯物を取り込むぐらいなら労は無い。公園と庭の境にはフェンスが立っているけれど、せいぜい腰の高さで、子どもの頃はよく飛び越え、庭の続き気分で公園を占有していた。ジャングルジムと豚と犬の合いの子のような木馬と、ブランコだけの小さな公園だ。私たちの。近所の他の子どもたちが遊びにきた時は二人して水鉄砲を撃ち放って追い払った。

 ふと、フェンスを乗り越え、ブランコに乗ろうかと考える。その様子を見せたい気がした。このすかすかの下半身で、子どもの頃、高さを競った勢いそのままで漕ぐ姿を。なんなら立ち漕ぎしたってかまわない。

 けれど、くしゃみが一つ二つと続いて出て、私は風呂に入るべく、家内に戻った。


 我が家は元々祖父母宅であり、離婚した母が私を連れて出戻り、保育園の頃に祖父が、小学校低学年時に祖母が亡くなり、二人家族となったのだった。高田家とは祖父母の代から親しく、母と社長――清太の父親は多少歳は離れているものの幼なじみだったという。

 母は昼夜問わず働き、時には掛け持ちもしていた。そのため私はよく隣家に預けられた――というよりも、同い年の清太と兄妹のように遊び、高田家、工場、公園、我が家と、二人して好き勝手に出入りしていたのだった。

 私には父がいなかったが、寂しいとは特に感じなかった。高田家は私を家族のように接し、高田日本中央技研の従業員は私を〝お嬢さん〟として扱ってくれたから。普通の子よりもむしろ大勢の大人に囲まれ、よくしてもらっていたのだ。

 早希がいつもお世話になっているから、と母はたまの休日にご馳走を作り、卓袱台いっぱいに並べて、しばしば六畳間に高田家を招いた。

 五月の昼下がり、ガラス戸を開け放ち、ご馳走をたくさん食べて、アイスキャンディー片手に庭から公園へとはしゃぎ回り、社長はビールに枝豆と鰺の南蛮漬けをつまみ、母とおくさんはお茶を飲みながら世間話。私は清太の父親を〝社長〟、母親を〝おくさん〟と呼んでいた。周りの大人たち――高田日本中央技研の従業員と同じく。

 それは疑いなく、幸福で、輝かしく、傲慢な子ども時代だった。

 

 自分と清太の関係を考える時、私はいつも『はめあい』を思い出す。

 『はめあい』とは、機械設計する上で軸と穴の組み合わせの関係を指す。

 この時、軸をオス、穴をメスと呼称するのは別にセクハラでもなんでもなく、昔からそういうものなだけだ。高田日本中央技研に出入りしていた私はもちろん知っていたが、サハラの事務採用の新卒女子に顔を真っ赤にされた時は逆に感心してしまったものだった。

 はめあいには三つの種類がある。すきまばめ、しばりばめ、中間ばめ。

 着脱したりスライドさせたりするため、すきま(穴の寸法が軸の寸法より大きい時の差)があるのがすきまばめ。はめ込んだ後は固定させるため、しめしろ(穴の寸法が軸の寸法より小さい時の差)があるのがしばりばめ。その中間が、中間ばめ。これらのはめあいの度合いを示したものを「はめあい公差」という。

 『はめあい』には穴基準方式と軸基準方式がある。穴と軸、メスとオス、どっちを基準とするかだ。この時、穴を加工するよりも軸を加工する方が精度よく加工しやすいので、特別な理由がない場合は穴基準を採用する。穴加工――メスの方が難しいから、オスが合わせるのだ。

 そして二人の関係を考えた時、メスなのはむしろ清太だった。清太は高田日本中央技研の二代目、一人息子で、背負うものがあり、つまりはこれ以上の加工は難しい。

 けれどもそれを理解したのは、私が後戻りできないほど公差を外れた後だった。

 図面には設計者の意思が描かれている。公差の厳しい箇所があれば、その図面にとって重要な部分であると読み取れる。そんなふうに数字や記号が書き込まれていたならば、きっと読み取れたはずなのに。

 あの日、私はちっぽけな六畳間を読み誤った。


 かつて、私は女王様だった。

 清太は優しく、言い換えれば少し気の弱いところがあり、大抵は言いなりだった。二代目坊ちゃんがへつらう少女に、周囲の大人はとがめるよりも面白がってそれに倣った。お菓子をもらう時、遊びを決める時、テレビのチャンネル決定権など、常に私は優先されていた。

 他に身近な女の子がおらず、社長が猫かわいがりしていたせいもあるだろう。

 長い髪を揺らして勝手気ままに跳ね回るそこそこに外見の良い少女は、我が儘すらある種の余興になるのだと、言語化しないまま感じ取っていた。

 五月は心踊る季節だ。清太の誕生日が初旬、私の誕生日が下旬にある。庭の矢車菊が咲き始める頃、今年はどこだろうと二人でわくわくして話し合っていた。小学校に上がる前から恒例となった催しで、五月中の休みには社長が少し遠くに連れ出してくれるのだった。

 十一歳の年、清太は野球場に行きたがり、私は遊園地と言い張った。憧れる選手が来るとかで清太にしては珍しく執着し、一方私は言い張るほど遊園地に行きたかったわけではない。清太とならどこでも良い。けれど我が儘はすでに一種の義務と化していたから。

 本来なら母親であるレイコさんが諫めるべきだったのだろうが、彼女は一向に頓着しなかった。

 大人になってから思う。もしかしたら、彼女は他人に娘の我が儘を解消させて、帳尻を合わせていたのかもしれないと。それとも相手が社長だったからなのか。

 結局、私の要望は通ってしまい、清太はおくさんの膝に顔を伏せてくやし泣きをした。

 さすがに後味悪く、後日、清太に声を掛けたが、謝る前にもういいよと先回りされた。一体、どこまでの〝もういいよ〟だったのか。もしかしたらその時点から読み間違えていたのかもしれない。でも、まだ決定打ではなかったはず。

 遊園地では、清太もはしゃぎ、その様子を見て安堵して、私も大いにはしゃいだ。ジェットコースター、バイキング、メリーゴーランド、観覧車。ソフトクリームを食べ、売店で遊園地のマスコットキャラのぬいぐるみを買ってもらい、帰ったら卓袱台に隙間なくごちそうが並ぶ。

 遊園地でたっぷり遊んだにも関わらず、子どもは馬鹿みたいに疲れ知らずで、庭へ公園へ駆け回り、社長も呆れながら付き合ってくれた。社長は清太の足を掴んでメリーゴーランドと称して遠心力でぐるぐる回し、当然ながら私もせがんだ。下着が見えるのもお構いないしに、もっともっととまとわりついた。

 清太と同じく、少し乱暴な遊びをしてもらえたことが嬉しく、食事時になってもじゃれついた。社長は嫌がるでもなくご機嫌で、食後もプロレスごっこの相手をしてくれた。そうしてすっかり興奮した私は遊びながら口にしてしまったのだ――〝おとうさん〟と。

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