森の妖精の花粉症まつり

かめかめ

花粉症の世界へようこそ!

「おめでとう! これでリリも晴れて仲間入りだね!」


 ミウがズビズビと鼻をすすりあげながらニヤニヤ顔で言った。リリは盛大なくしゃみを連発して返事も出来ない。


「やっぱり独りぼっちはさびしいもんね。リリも早く花粉症の仲間入り、したかったんでしょ」


 ミウが楽しそうにリリの周りをひらひらと歌い踊りながら歩く。


「ららら~、花粉症仲間は~、かたい鼻水のキズナで結ばれて~、ららら~」


「きたないな! 鼻水はかんでゴミ箱に捨てろよ!」


「あら、きたないのはリリの言葉遣いよ。女の子なんだから、もっとおしとやかにしなくっちゃ」


「うるへー」


 鼻づまりのせいではっきりしない発音しか出てこない。リリは思いっきり鼻をかんだ。だがつまりにつまった鼻が開通することはない。


「リリは鼻から来たのねえ。鼻だけで済むと思うな、花粉症なのよ。その症状を皮切りに、目がかゆい、喉が痛い、皮膚がチクチクする、なんなら熱だって出ることもあるのよ。楽しみね」


「楽しくないびょ」


 鼻をかみながらしゃべるので変な発音になる。まったくどうしてこんな目にあわねばならないのか。森に棲んでいる妖精たちが、ここ何年かで続々と花粉症になっていく。

 人間が真っ黒な道路を作るために森のまんなかを切りひらいてから起こるようになった怪事件だった。森で暮らし、森とともに生きてきた妖精たちが、まさか森の木々から深刻な被害を受けようとは、だれも考えてもいなかった。


「ぜんぶ、あのブーブー言ってるやつが吐く黒い煙のせいだ」


 リリが憎々し気な目で森を分断している道路をにらむ。新しくできたばかりの道を人間たちの自動車が快適そうに気ままに走っている。変なにおいがする空気が森の奥までただ寄ってくる。森の空気まで最近は変なにおいがして煙たい感じもする。リリはまたくしゃみを連発した。


「あれはね、自動車っていうのよ。本当にリリはなんにも知らないんだから」


「それくらい知ってる! ぶひょ!」


「あらあら、元気なくしゃみね。生まれたての小鹿ちゃんみたいに震えた声でかわいいわ」


「小鹿はくしゃみなんかしない!」


「まあ、リリは小鹿を見たことがあるの? 私はおばあから聞いた話でしか知らないわ。この森から鹿がいなくなったのは、もう五十年も前らしいもの」


 リリとミウは生まれてから数年しか経っていない。はるかな時を生きる妖精の中ではまだまだ赤ん坊と言えるほど幼い。


「おばあの話はどこまで本当か信用できないよ。だいたい『自分は岩の妖精じゃからのお』なんて言っているけど花粉症になってるじゃないか。岩が花粉症になる?」


「あら、それを言ったらリリだって。あなたが花粉症になるなんて森中のだれも思っていなかったわよ、諸悪の根源さん。やっぱり一人だけ仲間はずれはさびし過ぎるもんね」


「花粉症は私のせいじゃない! 汚い空気を作る自動車のせいら!」


「はいはい、そういうことにしておきましょう。ようこそ、花粉症の世界へ、ららら~」


「本当らぞ!」


 再び自分の周りを踊り回り始めたミウから目をそらす。妖精仲間からはすっかり信用を失っているリリは杉の木の妖精としてこれから何百年もどうやって生きていけばいいのかと頭を抱えた。

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