【KAC9】おめでたい話(主に性的な意味で)
星海 航平
第1話
「……来ないの」
唐突に灯里が言った。
「……何が?」
問い返す。
残念ながら、目的語を教えてもらわないと、何の話か分からない。俺は
灯里が答えた。
「……生理」
いきなり生々しい話だった。つか、それは男の俺に相談する話題か?
「……えーと、
どんな風に触れるべき話なのか、やはりよく分からない。
「うーん……」
灯里は頬杖を突いて、視線を何もない宙にさまよわせた。
「確かにわたしって不順気味だけど、
それから、ちらちらとこちらへ視線を送ってくる。
「三月前と言えば、生理が来なくなる理由に思い当たることがあるよーな、ないよーな……」
台詞の歯切れが悪過ぎる。
その時期は俺と灯里とが正式に恋人として付き合い始めた頃と合致する。確かに灯里と二人、生理が訪れなくなりそーなコトを致した覚えはあるが……。
「ゴムが足りなくなったのに、灯里が『今日は大丈夫な日だから』とか言い出したんだよな、確か」
ジト目で見ると、灯里は再び視線を逸らした。
「『三回じゃ物足りない』とか言ってたお猿さんはどこの誰でしたっけねー」
いろいろあって、ようやく恋人になれたんで、俺も浮かれてたんだよ。とにかく二人して、一緒に一晩中イチャイチャしていた。ハイハイ、それは認める。
いい加減会話が不毛過ぎるので、本題に入ることにした。
「……で、間違いないのか?」
確かに浮かれてはいたが、することをしたのには間違いない。男として、取らなければならない責任はある。
灯里も真顔になった。
「まだお医者さまに診てもらってないわ。次の休みに、病院に行くつもり」
残念ながら、今日は火曜日だ。
「有休を取ってでも、早めに行った方がよくないか?」
食い下がる俺に、灯里が苦笑した。
「この時期に有休が取れるかどうかは、貴方も知ってるでしょ」
「でも、だったら余計に無理をするのは身体によくないだろ」
俺は心配過多だろうか。灯里が苦笑を深くした。
「言ったでしょ、わたしは元々不順気味なんだって。ただ単に時期が遅れてるだけの可能性も充分にあるんだってば」
残念ながら、俺に話を笑い飛ばすだけの気概はなかった。
話し合って埒があく話でもないので、全ては病院での診察結果を待って、ということになった。
灯里と話した翌日、久しぶりに実家に帰った。俺の両親は姉夫婦と一緒に暮らしていて、顔を合わすのは年に数回だ。
「珍しいな。どうした風の吹き回しだ?」
半年ぶりに顔を見た父さんはずいぶんと白髪が増えていた。
「あんた、まさかいい年して、お小遣いをせびりに来たんじゃないでしょうね?」
姉さんは相変わらず気性が荒く、そんな姉さんを
「
「せびられようにも、お小遣い分のお金なんかありゃあしないわよ。わたしたちの貯金は全部、千紗子の進学資金なんでしょ」
両親の遺産は既に我が姪の進学資金になることが確定しているらしい。体育会系の姉さんから生まれたのに、その一人娘である千紗子ちゃんはなんと医師志望だった。間違いなく義兄さん側の血筋の影響だ。
その千紗子ちゃんに逆にお小遣いをせびられ、俺の財布の方がピーピーになった。
「叔父さん、大好き!」
大喜びの可愛い姪っ子に、台詞の訂正を要求する。
「正確には、『叔父さんがくれるお金、大好き!』な」
「……あんた、ウチの娘が金の亡者になったら、責任取れるんでしょうね?」
ウチの姉さんの言動が殺伐過ぎる。
ともかく、一家団欒の夕食ってヤツにご相伴させていただくことはできた。
食後に、姉さんが秘匿しているはずのプリンを台所の冷蔵庫で探していたら、母さんから背中に声をかけられた。
「……で、今日は何の用事で帰ってきたの?」
さすがにバカ息子のことなどお見通しらしい。振り返って、降参することにした。
「……彼女が妊娠したかも知れない」
バツが悪い。
「今度の孫は男の子がいいわ」
でも、母さんは全く動揺しなかった。
「お相手は確か、文将の会社一の才媛って話だったわよね」
もっとも、息子である俺に関する知識がちっともアップデートされていないらしい。
「才媛さんとはもう別れたよ。今度の話は別の娘とのこと」
説明すると、母さんは目をまん丸にした。
「こりゃ驚いた! 智将さんの子のくせに、文将はそんなにモテるのかい?」
我が父、智将に対する母・祥美のディスりが非道過ぎる。
「そんなにモテモテなら、女の子をいきなり孕ませる不手際は犯さないよ」
苦笑すると、母さんはニヤニヤといやらしい笑い方をした。
「祥子たちも『できちゃった婚』だったけど、さっきの台詞、姉ちゃんに言う勇気が文将にあるのかねえ」
それは勇気ではなく、蛮勇と表現すべきです、マイ・マム!
「ちゃんと自分で尻拭いができるのなら、わたしは文句を言ったりしないよ。文将ももう立派な大人なんだから」
確かに、姉さんの時も母さんは一言も口を挟まなかった。むしろ、父さんの方がオロオロしていた。
「できれば、大きな話になる前に一度、お相手の娘さんをウチに連れておいで。さすがに息子のお嫁さんになる娘さんの人となりくらいは知っておきたいよ」
母さんの希望を聞いて、やはり苦笑することしかできない。
「以前の才媛に比べると、灯里はそれはもう地味だからなあ」
「お相手はアカリさんと言うのかい? 文将と並べたら、美人の才媛さんより少し地味めな娘さんの方が釣り合いが取れるんじゃないかしら」
傍若無人な母さんの様子に、心が軽くなるのを感じた。
必ず灯里を実家に連れてくると約束した。
診察の結果が出たと聞いた。
「七週目くらいなんですって」
灯里は青い顔をしていた。
灯里がそんな顔をしていることに、こっちが青くなった。
「……ごめん。俺がきちんと避妊しなかったばかりに……」
今にも死にそうな俺の様子に、灯里が面食らった。
「貴方だけの責任じゃないから」
そこで、俺がショック状態に陥っている原因に思い当たったらしい。
「それと、わたしが具合が悪そうなのは悪阻が始まったせいだから」
「……つわり?」
豆鉄砲を食らった鳩になっていると、灯里が苦笑した。
「酸っぱいモノが欲しくなるって聞いてたけど、とんだ嘘っぱちね。吐き気が大変で、とても酸っぱいモノどころの話じゃないわ」
「……大丈夫なのか?」
心配になって訊くと、灯里は苦笑の色を変えた。
「大丈夫じゃないけど、お医者さまによると、この症状はわたしの身体がお母さんになるために作り変わっているせいなんですって。立派な赤ちゃんを産むために誰もが通る道なんだそうよ」
ずいぶんとポジティブな考え方になっている。
「……産む気なのか?」
思わず尋ねてしまった。
今度は灯里が豆鉄砲鳩になった。
「その気だったんだけど……。何かまずかった?」
何でコンビニのレジでポイントカードを忘れたみたいな顔をしているんだ。
「いや、その……。産む産まないの前に、色々と手続きとかあるだろう。生まれてくる子を父なし子にしない的なヤツが」
こちらは両掌で空中に仮想のろくろ細工を作り始めてしまう。
灯里は左の人差し指を自分の
「……んー。好きな人との間に子供を授かって、その子を産むことができるなら、わたしは細かい手続きとかどーでもいいかな。貴方が『それも大切だ』って言うなら、考えなくもないけれど」
天地神明に誓ってあり得ないが、俺が『堕ろせ』って言ったら、どうするつもりだったんだろう?
――いや、俺がそんなことが『天地神明に誓ってあり得ない』と分かっているからこそ、灯里はこんなにしれっとしていられるに違いない。灯里がこんな娘だからこそ、俺は灯里のことが好きになった。
「灯里のご両親への挨拶とか、婚姻届とか、細かい手続きがあった気がするけど、灯里が『どーでもいい』っていうなら、俺もどうでもいいか」
灯里が相手だと、どうにも知能が低くなってしまう。
そう言えば、そもそも今回の懐妊に対して俺がどんな風に思っているか、考えを灯里に表明していないではないか。知能が低いのは俺の方だ。
俺はきっちりはっきり言うことにした。
「灯里、妊娠おめでとう。是非俺の子を元気に産んでくれ。ついでに、俺のお嫁さんになってくれると、もっとうれしいかな」
灯里が慌てた。
「いやいや、お嫁さんの話も大事だから! 『ついでに』とか言わないで!」
「どっちが大事なんだよ!?」
思わず突っ込むと、灯里はこれまで知らなかった最高の笑顔を見せてくれた。
「貴方も、貴方との子も、両方大事に決まってるじゃない。両方とも、大好き!」
【KAC9】おめでたい話(主に性的な意味で) 星海 航平 @khoshimi
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