5月12日
私と詩藍は特に仲が良く、用もないのにお互いの部屋に入り浸る事が日課になっていた。
今日も今日とていつも通り5人で帰宅、あの公園で駄弁った後に詩藍の家にお邪魔する事になった。
「おじゃまします」
親の帰りが遅い詩藍の家には今日も誰もおらず、慣れた足取りで詩藍と一緒に2階の彼女の部屋に向かう。9段ある階段を登りきると廊下の右端に花の水彩画が飾ってある部屋がある。そこが詩藍の部屋だ。いつ見ても鮮やかで、それでいて儚げな美しい花の水彩画を目に彼女の部屋にお邪魔する。
「あっ、喉とか渇いてるよね……。お茶持ってくるね」
「ん、ありがとう」
ハッと思い出した様な顔をし、若干あわただしくぱたぱたと部屋を出る詩藍。1人になった私は見慣れた詩藍の部屋をぐるりと見渡す。
……?
違和感がある。見慣れているからこそ分かる、ちょっとした違和感。その正体が、彼女の部屋中に飾られている水彩画の一部分から発せられている事にはすぐ気付いた。
詩藍は描いた絵の中でも特に気に入ったもの、私が褒めたものなどを壁に貼る事がある。折角綺麗なんだから、画鋲なんかで傷をつけないで額縁に入れればいいのにといつも思っていた。そんな具合で少しずつ増えていく詩藍の水彩画を眺めるのが、私の一つの楽しみでもあった。
だからこそ分かってしまう。数枚の絵が無くなっている事に。
「……?」
飾るバランスを調整したのか、一般的に見たら何の違和感もない飾り方になっていたが、近付いてよく壁を見てみると過去に画鋲で刺した跡、つまり小さな穴がぽつぽつと見える。恐らく意図的に外したんだろう。
と足元にあるゴミ箱に目をやる。
……!
中には見慣れた水彩画が。確かに壁に貼られていたものだ。
おかしい、と私は考え込む。
詩藍は例え個人的に満足のいっていない水彩画があったとしても、絶対に捨てる様な真似はしない。彼女の描いた作品は1枚の例外なくスクラップブックのようなものに仕舞い込まれている筈だ。絶対、何があってもこんな丸めてぐしゃぐしゃな状態でゴミ箱に捨てるなんて事はしないだろう。自分の気に入った作品であるなら尚更。
だからこそ理解できない。付き合いの良い友達の矛盾した行動に私が頭を悩ませていると、詩藍がお盆に二つのお茶を乗せて帰ってきた。丁度いい。
「詩藍」
「うん? どうしたの……?」
「ここらへんの壁にあった絵さ」
私がそう言うと同時に、詩藍の肩が微かにびくっと震える。お盆に乗せていたお茶の中の氷も合わせて音を鳴らした。
「どうして捨てちゃったの?」
私はゴミ箱を指して聞く。
詩藍はそれを聞くと軽く俯いて言葉を発さなくなってしまう。
迂闊に聞く事じゃなかったかな…。
自分の軽率な発言に反省してやっぱりいいや、と声をかけようとしたところで詩藍が顔を上げた。表情はいつもの穏やかな彼女らしいもののように見えた。
「暑いね、お茶飲もうよ」
まるでそんな事どうでもいいよ、とでもいうようなニュアンスで机にお茶を置いてカーペットに座り込む詩藍に言葉を返そうとするも、私のような他人がみだりに突っ込んでいいものでもないのかもしれない。彼女には彼女の事情があるのだろう。そう思い留まり大人しく席につく。
心に漠然とした気持ちを抱えたまま、今日もいつも通りの1日を過ごした。
彼女の家を出るときに、微かに詩藍の表情に影が落ちたのはきっと気のせいだろう。
植木鉢、割りました @kitsunebito
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