植木鉢、割りました

@kitsunebito

5月2日

ガシャン


ぺちゃ


ぢぢぢ。


植木鉢が割れた。

大事に大事に抱えていた植木鉢が割れた。

落ちた先には6つの混ざりあったインクがでろでろと纏わり付いた破片。

もう直らない。

直らないと分かってるから今回も諦める。

多分次も諦めるし、その次も。

どうだっていいじゃない、壊れちゃったものなんかさ。早く進もうよ。先に。



私は植木鉢だったものを名残惜しく見つめる事しか出来なかった。


















古い校舎独特の不気味なチャイム音が脳内にこだまする。授業終了時刻を5分もすぎて鳴るなんて、最速チャイムとしての意味など為していないだろう。


そんな事を頭の片隅で考えつつ、自分の机の周りにお弁当を手に集まってくる少女たちに笑いかける。


「それじゃあ、今日も中庭に行きますか」


古貞中学校。何の特徴もないよくあるオンボロ校舎の中学校だ。強いていうなら中庭があるのが少し良心的な部類か。

そんな古貞中学校に通う私の名前は緒方あずま。将来の事なんてまだ何も分からない中学2年生をエンジョイしている。いわゆるどこにでもいるタイプの女子である事は自覚していて、周りにいる友達を羨ましく思うことも多々ある。

そんな友達の決して少なくない私だが、その中でも特に仲の良い友達が4人存在する。ちょうど中庭に着くまでの時間があるので軽く紹介しておこうと思う。


「最近暑くなってきたね。木陰のところ空いてるといいけど……」

紀田 詩藍(きだ しらん)。若干変わった名前はしているが大人しく優しい子。彼女は美術部に入っていてすこぶる水彩画が上手い。そして容姿端麗で肩甲骨あたりまで伸ばしている質の良い髪には、少しの嫉妬を感じる時もある。欠点は少々人見知りっぽい所くらいか。


「ねー! あっついとスポーツしててもすぐバテちゃってなんだかなぁ」」

岡部 つづみ。いわゆる活発的でスポーツが得意な

タイプの子だ。ムードメーカー的存在で、高い位置で縛ってある彼女のポニーテールを見るとなんだか無性に安心する、そんな存在である。意外にも部活には入っていないらしい。


「つづみ、スポーツもいいけど勉強は大丈夫? 6月にテストあるよ?」

橋下 鶴保(はしもと つるほ)。常識人でとてもしっかりしている優等生だ。真面目な彼女は園芸部員で花が本当に好きな為滅多に枯らす事はない。趣味は花に群がるミツバチ鑑賞らしい。なんとも可愛らしいギャップだなと思う。


「げっ、つるほっちってばやめてよー! その言葉アタシにも効くって……」

媛上 卯皐水(ひめあが うさみ)。初対面で読めた人は見たことが無いくらいにきらきらした名前だが、彼女自身も負けず劣らずきらきらしている。良い意味で。恋に恋する今どきっ子で流行の最先端を追うその女子力は見習いたいところがあると常々思っている。ちなみに卯皐水だけ別のクラスだったりする。先生もいじわるだなと思う。


卯皐水の言葉に笑う一同。そんなこんなしているうちに中庭に続く渡り廊下が終わる。詩藍が言っていた日陰の場所は早く来た甲斐あってまだ誰もいない。安堵して全員で腰を下ろすといつものガールズトークがはじまる。


こうやって私たちはあと2年も変わらず時を刻み続けるんだと、誰もがそう思っている。


















歪んだ音のチャイムが放課後5分過ぎを告げる。

いい加減直すべきだと心の中で悪態をつきつつ荷物をまとめ詩藍の席に行く。


「詩藍」

「あっ、あずまちゃん。ちょっと待ってね、今荷物まとめるから」

「あ、焦らないでいいよ、つづみとかゆっくりとお花摘みタイムだから」


しししと笑いながらするっと混ざってきた鶴保と卯皐水と一緒に4人でつづみを待つ。呑気にハンカチで手を拭きながら歩いてきたつづみの焦った表情を見ながらほんとに平和だな、なんて柄にもない事を考えていた。



私たちにはいつも、帰りに寄る場所がある。

規則という鎖にがんじがらめにされている私たち中学生が安心して安らげる、子供たちに人気のない小さな公園。この適度に緩く話してさっと帰れる距離感と雰囲気が、しばしの憩いの場という感じがして心地がいい。


「いいなぁー、JKは学校帰りにタピオカキメられるじゃん?」


卯皐水が大げさに呟くと


「ほんとに、ラーメン食べたりステーキ食べたりパフェ食べたり!」


とつづみが便乗する。


「そんな贅沢キメられるのはトウキョーとかそういう都会なとこだけだよ多分……」


思いっきり夢を壊しにくる鶴保にぶーぶーと文句を垂れる食いしん坊二人組。


「あ…でも、私はこんな風にみんなと話せるこの公園があるだけで、トウキョーの女子高生よりも幸せかな……て」

「「詩藍……!」」

「わっ!」


詩藍に勢いよく抱きつく食いしん坊二人組に苦笑しつつ、鶴保に問いかける。


「そういえば、鶴保は古貞卒業したらどこ行くつもりなの?」

「あ、高校?」

「そう。やっぱ離れ離れになっちゃうのかなーって」


私の"離れ離れ"という単語にわちゃわちゃしていた3人の動きが止まり、鶴保をじっと見つめ出す。

ちょっとやめてよ、恥ずかしいなと顔を隠しながら鶴保は答える。


「高校生って、ならなくちゃいけないのかな」

「え?」


つづみのマヌケな声が公園にこだまする。


「私、今が楽しいからさ。この学校を卒業するって考えた時にやっぱりこうやってネガティブな事考えちゃうんだよね」


真面目な鶴保からこんな言葉が出てくるとは…驚きと同時に、なんだか切ない空気にあてられて私の涙腺が緩みかけてしまった。

周りも同じようで、表情に切なさが見てとれる。

と、詩藍がはっきりと声を出す。


「高校生になっても、会えばいいよ。ここで」


小学校4年生から5人で集まっていたこの公園。そうだ、高校がバラバラになってもまたここで会えばいいんだ。何にも変わらない。私たちが変わらない限り。


「あはは、そうだねそうだね! 会おう! ここで!」


涙目になりながら、でも元気に言うつづみ。うんうんと首を縦に振りまくる卯皐水。

鶴保も笑顔になってくれて、空気がなんだか朗らかになる。

と、まわりを見渡せばそこはもう薄暗闇。鴉の声が遠ざかっていくのを聞いてみんな自然と公園の出口へと向かう。


「それじゃ、また明日学校で」


私が手を振ると


「また明日」

「明日ね!」

「またね」

「ばいばーい」


と各自手を振って帰路へ急ぐ。私は詩藍と帰り道が一緒なので必然的に二人になる。


「なんか今日は感傷的だったね」


私が言うと詩藍は頷いた。


「よく考えたら高校生ってまだあと2年は先の話なのにね」

「ほんと、気持ちだけ生き急いじゃったよ」

「……あずまちゃん」


詩藍が急に立ち止まる。

私は振り返ってどうしたの?と尋ねる。


「高校生になっても、友達でいてくれる?」


不安げな顔で私を見る詩藍。詩藍はおとなしいけどこの"日常"が本当に好きだからこそ、よくこういう事を聞いてくる。


「いるよ、高校生になっても、その先も」


私がそう答えると朗らかな笑顔で再び隣を歩き出す詩藍。

なんだかたまにはこんな日もありだな、と考えながらその日は帰宅して行った。



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