《KAC9》当方勇者、全パーティメンバー募集中

一十 一人

当方勇者、全パーティメンバー募集中

「旅の目的――即ちどこまでを目標とするか? ということです。もちろん途中で変えても構いませんが一応仲間を募集するに当たってリュー様の当面の目標はどうなさいますか?」


「それはもちろん、魔王アイリスを討伐することに決まっているじゃないですか!」


「はあ、成る程――では完全魔王志向と。因みに誰か既に仲間が居られたりしますか?」


「いえ、旅についていきたいという『友』も居ました、けれどこれは『遊び』じゃないんです。僕が今求めているのは『友』ではなく『仲間』なんですから!」


「じゃあ、全パーティ募集中、と。オーソドックスな前衛1後衛2、後衛は内癒者ヒーラー1の募集にしておきますね。他に何かパーティメンバーに求めたいこと――募集条件の指定はございますか?」


「募集条件――それって職業やレベルの指定は出来たりするんですか? 例えば上級職のみ、レベル35以上のみなんか」


「出来ますが――職の指定はあまりオススメしません、職業というものは幾らでも細分化することが出来ますから、大雑把に前衛後衛くらいの方が条件に引っかかりやすいんですよ。また、上級職指定をできるのは上級職の方のみ、指定出来るレベルも募集者以下のレベルのみですから駆け出しのリュー様にはまだ当分縁がないかと」


「そう、ですか……ではこちらの指示をきちんと聞く方にしてください。パーティ内の規律は重要ですから」


「成る程、作戦名は命令させろというこですね」


「それから、最後にこれが一番重要なんですが、さっきも言ったように僕は本気で魔王を倒すつもりなんです。だからやる気のある方だけにしてください」


「はい、やる気のある方のみ! と」


 えーと、出来た。

 出来た……のか?


 私様は自分が書き上げた書類をどこか間違えていないか確認する為に読み直した。あの私様が間違えるはずがないので本来不必要な作業だが――


◇◆◇

パーティ募集!

当方勇者、完全魔王志向、初心者の為バトルは不得手ですが指示はできます。

只今、全パーティメンバー(前衛1、後衛2内癒者1)募集中!

・バトル中の命令を聞いてくださる方のみ

・ある程度のレベルを求めてるので選考に落ちても恨まない方

・報酬の分け前はこちらが決めます

・やる気のある方のみ!

◇◆◇


 これが何も間違えてないということが恐ろしい。


 一応ヒロノブ(本名はリューなんちゃらだが顔がヒロノブ顔の為)にも見せてみたが満足げなあたりやはり間違えていないのだろう。


 ヒロノブの要望通りの筈なのだから当然だが。


「それではこれで以上ですね、おめでとうございますリュー様、貴方は勇者と認定されました!」


 私様のその言葉にヒロノブは頰を紅潮させた。

 私様の営業スマイルが美しすぎるのもあるのだろうが――しかし、自分が勇者になったという事実に興奮しているのだろう。


 夢見がちな若人が勇者となる光景は全く何度見ても――――何もめでたくない。


              ◇

 


『おめでとうございます、貴方は勇者と認定されました!』


 この台詞を一体私様は何回吐いたことだろう。

 さっきのヒロノブで今日だけでもう7回目だ。


 ヒロノブは中々良かった。

 今時あんな地雷の詰め合わせのようなパーティ募集するやつは三人に一人くらいしか居ないのだから。


 当方勇者、なんて言えば今のご時世笑われてしまうことくらい簡単に分かるだろうに――分からないんだろうな。


 全く、昔の勇者はこうじゃなかったというのに、勇者が英雄の職から英雄願望の職になってからもう何年経ったのだろうか。


 勇者と言えば、剣を振るえば地を砕き、魔法を唱えれば天を貫き、そして何よりその存在が人心を導くそんな者を指す言葉だったはずだ。


 恥を承知で告白すれば、在りし日の勇者にはこの私様も憧れがなかったと言えば嘘になる。


 しかし、あれは12代前の勇者が魔王を倒した時のことだった――いや正確に言えば12代前のが魔王を倒した時のことだった。


 魔王を倒す職は勇者である、否、勇者以外倒してはいけない――と当時は本気でそう思われていたのだ。


 しかし当時の厳しい勇者試験は主に家柄で決まるもので平民出身である『戦士』は勇者になれなかった――これが大問題になったのだ。


 その辺は天職思想だの職分主義だの職業選択の自由だのそんな勇者云々以前――というか以上の政治的思惑とか利権とかもあったらしいが、とにかく当時の一般常識としては勇者以外が職分を超えて魔王を倒すことは考えられないことだったのだ。


 一応、魔王を倒した『戦士』を勇者と呼ぶことで辻褄は合わせたが、しかし事実は変えられない。


 もちろん勇者でもないくせに生意気にも魔王を倒した『戦士』が悪いのではない、魔王を倒せるような『勇者』が職業勇者になれない制度が悪いのだ! と世論がそういう方に動いてしまった。


 そうして勇者は選ばれし者だけの称号ではなくなり、ただの職業に落ちぶれ――今となっては『当方勇者全パーティ募集中』で分かるように評判は最下層職だ。


 もちろん公式なランク的には別枠とも別格とも置いており、そういう意味での最下層職ではないのだが――なにせ勇者なのだ。


 戦士は戦うつわもの、魔法使いは魔法を使う者――では勇者は? と聞かれれば答えは勇ましき者である。


 つまり、勇ましかったら誰でもなれるのだ。


 大昔と違い広く門戸を開き過ぎた勇者という職業はもはや勇ましかったら誰でもなれる職業になってしまっている。


 正義の心? 気高き志? いやいや、そんなの要らないって。無謀と勇気を履き違える必要すらない、自分が勇ましいと思ったらもう君も立派な勇者なのだ!


 そんな職業である。

 

 舐めてんのか? って思うかもしれないが多分舐めてるんだろう――そし舐めててもなれるお仕事だ。


 そうしてそんな人生舐めてる奴らが集まるのがギルドの勇者担当窓口であり、その勇者担当窓口の受付がこの私様、エシリアちゃんなのだ。


 私様の仕事はなんていうか――とても酷い。


 何せさっき散々笑ったヒロノブ君ですらまだ17歳という若さを考えればまず間違いなくマシな部類に入る。


 勇者とはいつ腑抜けの代名詞になったのだ。


 勇者とはいつから戦えなくとも指示さえしていれば許される免罪符になったのか。


 なまじ簡単になれる上、パーティの顔とも花形とも言える職業だ。リーダーを兼任することも殆どだし、パーティ単位で有名になればそのパーティのメンバーの中でも格別の評価を受けることは間違いない。


 ただもう少し現実見ろよ、と思ってしまう。


 普通なら貼り出す前に気づくと思うが、当方勇者全パーティメンバー募集中の張り紙は掲示板に何枚も何枚もずらっと並んでいる。

 そんなのに引っかかる奴なんているわけもなく、たまに冷やかし半分に声がかかる程度。


 出来る勇者やつはそんなもので仲間を集めなくとも勝手に人が集まるものだし、一度どこかのパーティに所属して経験を積んだ後独立したっていいだろう。


 現実問題低レベルのなんの実績もない、戦うことすらできない初心者とパーティを組む奴なんて居ないんだから、必要なのはやる気のある仲間ではなく地道なレベリングと戦闘技術の向上だろう。


 本当に魔王を倒すつもりだというのなら、やる気があるというのならそれくらいはするべきだ。


 無根拠の自意識の高さを捨て、世界は自分を中心に回っていないという自覚を持っても別に何かバチは当たらない筈なのだから。


 なのに勇者あいつらときたら。

 勇者あいつらときたら。


 全く、何が『おめでとうございます、貴方は勇者と認定されました!』だ。

 何もめでたくない。


 勇者という職業が腑抜けの代名詞になってしまったのは制度のせいだが、勇者を殺したのは魔王でも制度でもない、そんな『勇者』自身だ。


 かつての勇者は良かった。


 私様も敵ながら彼らの勇ましさに恋い焦がれたものだ。


 幾度も転生を重ね幾度もの戦いを経て全時空で誰よりも勇者というものを分かっている私様に言わせてみれば今の勇者だなんて過去の偉人達の栄光を土足で踏みにじる存在に他ならない。


 勇者を破滅させていいのはこの私様以外に居ないというのに。


 勇者というものはあんな風に減らず口ばかりは雄弁で、人徳よりも自尊心の方が高い石の下で蠢く虫けらのような者どもが汚していい存在では断じてない。


 ああ、我慢ならない。

 もういっそ私様が手ずから――





 トン、トン。


「――はい、書類はこれで全てでございますね、レオン様」


 書類をまとめるついでに私様は佇まいを元に戻す。


 いっそこの世に存在する全ての偽物をこの手で縊り切ってやりたいが、しかし、そういうのはもう無しにしたのだ。


 私様は何度も勇者と戦った、そして幾度も負け続けた。


 そんな、永劫とも無限とも言える輪廻と転生の果てに私様はもう最初に何がしたかったのかすっかり忘れてしまったのだ。


 何の為に戦い続けてるのか分からなくなってしまった。


 世界征服したかったのか、神になりたかったのか、特に理由なんてないのか――


 そうして何もかも無くしてしまった私様の中に唯一残っていたのが勇者我が好敵手のことだった。


 私様の趣味と言えばもう勇者観察くらいしかない――だからそれを仕事にしてしまおうと。


 正直早計だったなとは思う。


 この仕事今すぐやめたい。


 しかし私様は魔王である以前にプロの窓口職員なのだ、途中で仕事を投げ出すのは魔王の名折れである。


 私様は目の前の書類に目を落とす。


 レオン・ネヴァルシュタイン、35歳、職歴無し、勇者志望、パーティメンバーは女性のみ(顔審査あり)と――おおう、こいつはなかなかの大物だ。


 私様は引きつりそうになる顔を表情筋を駆使して、無理やりいつもの可愛すぎる営業スマイルに作り変えた。


 先程は現代の勇者を腑抜けと断じだが――しかしいつの時代も『勇者』と相対する時は気が抜けないものである。


「おめでとうございますレオン様、あなたは勇者と認定されました!」

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