第80話 終わりの始まり2
『えっ?』
今、この瞬間に起こった現象を理解するまでに、どのくらい時間が経ったのだろう。志保は自分が浮かんだまま学校に向かったことにようやく気付き、
『戻らなきゃ』
と、高校生の頃に事故に遭ったとき、浮かんでいた自分がすぐに見下ろす自分に戻り意識を取り戻したあの日を思い出した。
『わ、たし……どのくらい離れてたのかしら』
そういえば、病室を出る時、未来が私を呼んだような気がする……
高校生の時、母が呼ぶ声で浮かんでいたはずの自分が意識を取り戻したのと同時に、浮かんで見下ろしていた自分が消えたことを思い出し、
『戻らなきゃ、早く、一刻も早く』
志保は病院に向かった。
どうやって学校まで来たのか、志保には思い出せない。ただ、健太を探しに部屋に、学校にと思い、気付いたらここにいた。
『病院に行かなきゃ、病院に、病院に……』
フッと意識が飛んだ瞬間、病院に戻ると志保は自分がいた部屋を探して歩き回った。
『どこだった?どこだっただろう……』
志保は自分の身体を探し、一つ一つ病室に入って出てを繰り返していた。
すると、一つの病室の前に知った顔を見つけた。
『マー君?マー君……』
悲しそうな顔の小さな正樹を見つけ、志保は急いでその部屋へと入った。
が、そこに志保の身体はない。
『マー君、マー君……私の身体、どこ?』
悲し気な顔で自分を見つめる正樹に、必死に問いかけた。すると、正樹は志保に背を向け歩き出した。それはその背について来いと言っているのだと思い、志保は正樹について行った。
母が泣いている。ここは、そうだ、実家だ。泣いている母の前には、私の写真があり、その写真が背にしてしているのは……
『しーちゃん、ごめんね。ずっと僕が護っていたのに、護り切れなかった。ごめんね、しーちゃん。僕のせいだ。僕がしーちゃんに会いたかったから、しーちゃんに思い出して欲しかっただけだったのに。僕が……僕のせいだ。僕の声がしーちゃんには届かないから、未来に呼んでもらったのに、何度も何度も呼んでもらったのに、しーちゃん……』
マー君が泣いている。マー君の声が聞こえる。マー君、泣かないで。マー君、ごめんね。私も、あの時マー君を助けることができなかった。マー君、ごめんね。今まで、ずっと忘れててごめんね。
ずっと護ってくれていたんだね。マー君、ありがとう。ごめんね、知らなくて、ごめんね。
マー君、マー君、マー君……マー君、……マー君……
フッと時間が消え、次にハッと目覚めた志保は平井の車の後部座席に倒れ込んでいた。
『あら、どうしたのかしら。おかしいわ。なんだか時間の感覚がおかしいわ』
平井が運転席に移り、車を発進させようとして、下りなきゃと思った志保がまだ車から完全には下りていないのに、平井の車は行ってしまった。
『戻ろう、学校に。平井は鍵を閉めていなかったから入れるはずだ。行こう、健太のいるあの鏡のところに。健太のところに』
志保は職員出入り口に向かうと、取っ手を回してドアを開けようとした。が、やはり開かない。
『どうしたのかしら。誰かが鍵を閉めてしまったのかしら?どうしよう、どうしたら入れるの?』
すると、またそのドアが開いた。出てきたのは下田だ。
『下田先生、下田先生』
声を掛けるも返事がない。
『そうか、聞こえないんだ』
下田がドアから出て閉めようとした瞬間、志保は
『入らなきゃ。また入れなくなってしまう』
と、ドアから入ろうとした。が、開いているのに入れない。ドアを通り抜けようとすると、何故かそのドアがまたその向こうに行ってしまう。
『あら、どうしたのかしら?何故?何故入れないのかしら?』
志保は考えた。ひたすらに考えた。
そこで、ハタと気付いた。自分が習慣としてやっていたことを。
『あれだ。あれを、壊さなきゃ。健太に会えない』
どうやってあれを壊そうか。どうやったら壊せるか。誰か、学校に入れる誰か、沙絵さん……沙絵さん……いえ、ダメだわ。沙絵さんには私の声は届かない。
志保は考えた。ひたすらに考えた。
そうだ。未来なら、未来なら私がわかるかもしれない。マー君が未来に呼んでもらったと言っていたではないか。
『未来、未来、未来……未来、未来……』
志保はいつの間にか未来の職場に来ていた。ついさっき、来た場所だ。
あちこちで未来を探していると、ピンクの看護服を着た未来が点滴のチューブを下げた女の子と歩いてきた。
『未来!!』
志保は未来の名を呼んだ。
未来は一瞬、こちらに視線を寄越した。間違いない。私を見たはずだ。なのに、その視線は自分を外れ、まるで誰もいないかのように、無視して通り過ぎた。
『未来!ねえ、未来!聞こえるでしょ?未来、お願いがあるの。未来、未来、ねえ……』
どうしてよ。どうして未来も私を無視するの?未来、どうして……
未来が自分に気付きながらも何事もないように無視する姿を見ているうちに、それが昔の自分と重なった。
ああああああ、そう、私もそうだった。私も、ずっとそうしてきたんだった。
志保は自分に生きていない人が見えたとき、その人が何か言いたそうにしているところや、自分を追うようについて来る人たちがいたことを思い出した。
あの人たち、何かして欲しいことがあったのかもしれない。想いを残し、誰かにそれを知って欲しい、伝えて欲しい、そんな人たちがいたのかもしれない。
悔やんだところで、もうどうしてやることもできない。何故なら、自分がそちら側にきてしまったのだから。
健太に会いたい。健太に会いたい。健太のところに行きたい。健太と……望みはそれだけなんだ。
志保はどうしたら学校に入れるのか、誰かに自分の声が届かないか、誰かに頼むことはできないかと考え続けた。
考えて考えて考えて、ともすると消えそうな思考の中でひたすらに考えて、パッと沙絵とのやり取りが頭の中に閃いた。
『そうだ、あの子。あの子、美咲といったか、あの子は見えるはずだ。聞こえるはずだ。そうだ、あの子なら……』
浮遊する感情 村良 咲 @mura-saki
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