終章
第79話 終わりの始まり1
志保は病院を抜け出すと、健太を探しに学校にやってきた。その前に、自分の部屋にも行ってみたが、健太には会えなかった。健太はやはり学校にいる。そう、あの鏡の中に。
では、清瀬川で自分に手を伸ばしてくれた健太は、どこから来たのだろうか。志保はずっとそれを考えていた。それができる時間は、志保にはたっぷりあった。
病院で沙絵が話しているのを、志保は浮かんで聞いていた。その時、沙絵の首から下がっていた懐中時計にも志保は気づいていた。
確かあれは裏側が鏡になっていたはずだ。
志保が岩の上から川を覗き込んだ時、清瀬川は表面的には流れもなく、覗き込んだ自分が写り込むほど穏やかだった。
『きっと、沙絵さんの鏡と川面が互いに写り込んで、通路ができたんだわ。沙絵さんの教室で鏡同士の間にできた通路と同じ現象が。とても小さな鏡だったから、一瞬の川波の揺らぎの隙間に、直線に映り込んでしまったのかもしれない』
健太も自分を探していた。きっとそうだ。だからあのとき、健太に自分を見つけることができたに違いない。
志保は、あの瞬間、水の中で健太の指先に触れた気がしたが、健太が自分の前に現れないことを思うに、触れた指先は、あの時自分を包み込んだ誰かの……桑田の手によって引き剥がされたに違いない。
もう会えないのかと思っていた健太にもう一度会えたのだから、また会えるに違いない。志保は、健太が消えた学校にこそ、健太へ繋がる通路があるに違いないと考え、学校に向かったのだ。
志保はいつものように、職員の入り口に向かうと、そこを入ろうとドアの引き戸を持ち、開けようとするも動かない。
『あら、どうしたのかしら?』
職員の車が数台止まっていた。子供たちが夏休み中でも、職員の仕事は暦通りで、お盆の間も有休をとる者は多いが、平日には日直がいるはずだ。だから、この入り口が開かないはずがない。
そう思い、何度も引いてみるも、ドアはうんともすんとも音を立てず、閉まったままだ。
『もう、どうしたのかしら。誰かいないの?誰か!』
志保はドアをドンドンと叩いてみたが、返答はない。
『誰かいないの?誰か?』
職員室の窓に向かって、窓を叩いてみるも、返答はない。志保は泣きたくなってきた。なぜ誰も気付いてくれないのか……
志保は学校の玄関に向かい、両側に開くはずの玄関の引き戸を両手で左右に開けようとするも、ここも開かない。
『そうよね、事務室もお盆休みでここは閉まっているはずだわ』
そこを諦め、志保は子供たちが登校する昇降口に向かい、そこも開けようとするが、当然開かない。
『ここは夏休み中は閉めてあったんだわ。開かるはずないわ』
やはり開くのは職員入り口しかない。
志保は職員入り口で待った。きっとそのうち誰かが出てくるはずだ。
どのくらい待っただろう。長い時間だったようで、ほんの数秒だったような気もする。
職員出入り口が開いて、平井が出てきた。
『平井先生、いたんですか。何度もドアを叩いたのに、どうして開けてくれなかったんですか!』
志保は待ちくたびれたのと、開けてくれなかったことへの怒りとで、平井に向けて声を荒げた。が、平井は志保を無視している。
『平井さん、ちょっと!返事くらいしなさいよ!』
志保を無視したまま歩き始めた平井に文句を言いながら、『あ、また閉まっちゃったわ』と、閉まるドアを見ながら、鍵が開いていれば開けられるからいいかと、自分を無視して車に向かう平井を追いかけた。
『平井さん、ちょっと!平井さん!』
平井からの返事はなく、ひたすらに自分を無視している。
『ねえ、平井さん!どうして、どうして無視するのよ』
志保は平井のあまりの態度に怒りと悲しみが混ざり合ったような、自分ではどうしようもない感情に突き動かされ、車の横で立ち止まり、荷物を後ろの席に置こうとドアを開けた平井の両肩をうしろから掴んでこちらを向かせようとした。
その瞬間、志保は平井の車の後部座席に倒れ込んだ。
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