第15話:仲良くなる技法
賀留多カフェ――こんてい屋で邂逅を果たした四人は……意外にも和やかな雰囲気に包まれ、「休日」を楽しんだ。
宇良川と斗路が着席してから一〇分程が経った頃、ようやくに龍一郎も落ち着きを取り戻し、自ら「折角だ、何か打ちましょうか」と提案をするようになった。彼の変化を無下にせぬよう、梨子は「私もやりたいです」と微笑んだ。
一重トセとの関係は未だ解決していないが……しかし龍一郎達の提案を断る理由も無く、また夏期休業期間によって賀留多闘技に飢えていたのもあり、宇良川と斗路は「それなら少し」と技法の選定を始めた。
「何にしようかしら……悩むわねぇ?」
「《八八》は如何でしょう? 四人も揃えば一応は出降りの妙も楽しめますし」
「道具が無いと雰囲気出ないわよぉ……そうねぇ」
宇良川はチラリと梨子を見やった。
「左山さん……は、何か良い案があるかしら?」
えっ、と目を泳がせた梨子。宇良川と直接会話をするのは花ヶ岡に入学して以来、片手で数える程だ。だが――梨子は現在を「好機」と捉えている。
今後……彼と懇意になるには味方が必要だ。
龍一郎に近しい存在である宇良川柊子、彼女の親友であり《金花会》の筆頭目付役を勤める斗路看葉奈。
二人と親密な関係を築くチャンスを、みすみす逃す手は無い!
幸い……ここは花石の飛び交う「打ち場」では無い。四人で闘技を行いつつ、「コミュニケーション」も取りやすい簡単な技法――。
「じゃあ……たまには《花合わせ》がしてみたいなぁ、って……」
提案と同時に、梨子は冷や汗を掻いた。
宇良川と斗路の両名は、相当の打ち手である事を梨子は知っている。故に「そんな技法、打つ気が起きないわ」とかぶりを振られるのでは……と不安が押し寄せた。
しかしながら――優れた打ち手は「差別」をしない。宇良川と斗路は笑顔を見せて「懐かしいわぁ」「肩肘張らず楽しめますね」と肯定してくれた。
「では、手五場八で配りましょう」
手際良く札を切り混ぜ、すっかり配り終えてから龍一郎は「やっちまった」と眉をひそめた。
「あらぁ、どうしたのかしら?」
「親……決めるの忘れていましたよ。一旦集めますか」
問題御座いません――斗路が握り拳を場札の上に差し出した。
「ジャンケンポン、それで決めちゃいましょう」
《花合わせ》は実に大らかな技法である。千差万別の出来役、細則を全て抱き留め、「さぁ、好きなやり方をどうぞ」と打ち手に提示してくれる。
例えば、《六百間》と同じように「鬼札」「フケ」を採用したり、手役を採用したりもする。中には猪、鹿の札に《芒に雁》を加えて《猪鹿雁》、別名「野荒し」という出来役もある。
《花合わせ》に正解は無い。その為、間違いも無い。場が立つ毎にやり方を変えても良いし、一コミュニティで「公式ルール」を定めるのも良い。
賀留多の闘技に熱心な花ヶ岡高校でも、この優しい《花合わせ》は時折打たれる。しかしながら、校内通貨である「花石」が絡む場合には、「花ヶ岡式」の方法を採用した。
出来役、点数は《こいこい》と同じ。全員の手札が尽きるまで打ち、「鬼札」「フケ」「手役」は無し――それだけだった。
この校内ルールを定めた者が誰かは、今となっては不明であるが――どうでも良い事だ。《こいこい》の練習として……または「煩雑化」を避ける為……裁定理由も全く不明である。
「他の地域と違っても、手順を間違えようとも、打って楽しければそれで良し」
あらゆる遊戯の最大原則を打ち手達にソッと教授する、いわばこの技法は「愛すべき隣人」であった。
現在を生きる梨子達が知らないのは当然だが……かつて、花ヶ岡高校には一つの「慣習」があった。
それは校内ルールの《花合わせ》を、知り合って間も無いクラスメイトと打つ、というものだった。スマートフォンやインターネットが無い時代、生徒達は殆ど事前情報も無いままで各地から花ヶ岡に集まり、ぶっつけ本番の友人作りを余儀無くされた。
中には口下手な者もいるし、口調の強い者もいる。多種多様な人間が「語り合う」には、地方性を抜いた校内ルールの《花合わせ》が一番だった。
最初は無言で闘技が始まる。皆が「花ヶ岡式花合わせの手順」と書かれた紙を見つめて場を進める内に、「私の住んでいるところでは違う」「祖母から学んだ内容とは違う」と、打ち明け始める者が現れる。
更に闘技は進み、生徒達は「ああでもないこうでもない」と口を開き、いつしか内容は互いの身の上話にまで至る。ここまでくると《花合わせ》の手順に異を唱える生徒もいなくなり、「花ヶ岡高生」が出来上がる。
やがて生徒達は友人となり、期待と不安の渦巻く高校生活へと歩き出す……という訳である。
今でこそ、入学前にインターネットを通じて「友人の予約」をする事が容易くなり、わざわざ《花合わせ》をせずとも、別の技法で楽しむ事が可能となった。
しかし、確かにある時期において――《花合わせ》は生徒同士の架け橋であり、「こういう生徒です、仲良くしてやって下さい」と代わって説明してくれる付添人であった。
「左山さんは、今年の《八八女傑合戦》に出場されますか?」
淑やかに《猪鹿蝶》を完成させる斗路は問うた。
「あぁ……今年は出ないかなぁ。去年、予選でコテンパンになりましたから」
そういえば――龍一郎が先輩方に質問する。花ヶ岡高校には彼の知らない催し物、文化がひしめいている。《八八女傑合戦》も例に漏れない。
「その《八八女傑合戦》って、どんな大会なんですか?」
宇良川が《梅のカス》を捨てながら答える。
「《八八》、あるでしょう? 花石を一〇〇個参加料として払って、五人ずつの組み合わせを作って、トーナメント形式で《八八》を打ちまくるのよぉ」
予選も御座います――アイスティーを飲み干した斗路が補足した。
「本戦には五〇人しか出場出来ません。予選を勝ち抜き、更にトーナメントを勝ち抜くと、一位から五位までに花石、そして《巴花》が与えられます――」
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