第14話:お似合い
前からこの子、こんな感じだったかしら……。
花ヶ岡高校二年生、龍一郎と同じく《代打ち》を勤めるゆるふわ系女子高生(自称)――宇良川柊子は、眼前に座る同学年の左山梨子を見つめた。
宇良川の訝るような視線に気付いたのか、梨子は彼女に微笑み掛けた。反射的に宇良川も口角を上げた。口の端が痺れるようだった。
天気も良いのでウインドウショッピングをしましょうよ――録り溜めたテレビドラマを消化し終えた宇良川が、親友の斗路に電話をしたのが三時間前。準備も程々に落ち合ったのが二時間前、そして……。
全く居たたまれない状況に陥ったのが一分前である。
幾度考え直しても、何処で何が起き、「このような事態」に直面したのかが分からなかった。
一つだけ分かる事と言えば……宇良川は斜め前に座る龍一郎を見やる。
近江君……おトセちゃんはどうするのよぉ……。っていうか、この二人の接点って何なのよぉ……。あっ、もしかして……彼に代打ちを依頼した最初の人って、確か――。
ちょっと近江君、もしかしてその時から左山さんと……? あんまりにも酷いわよそんなの、おトセちゃんに思わせ振りな態度を取って……。
しかし彼女が心配をすれども、当の本人へ伝わる事は無かった。龍一郎の相貌には……羞恥が二割、恐怖が八割といった塩梅で感情が入り交じっていた。
賀留多と違った緊張感、私……この緊張は好きじゃない――水中に頭を押さえ付けられたような感覚を覚えた宇良川を救ったのは、元気良く飲み物を運んで来た店員であった。
「お待たせ致しました! アイスティーお二つです、ごゆっくりどうぞ!」
出来るなら早々に退店したい宇良川であったが、「もう行くわぁ」と席を立つのも失礼に思えた。とりあえず、とアイスティーに口を付けた瞬間……斗路が「あの」と目を輝かせて手を挙げた。
「お二人に……伺ってもよろしいでしょうか」
龍一郎達から許可を得る前に、斗路は遠慮無く爆弾を投下した。
「何ヶ月目でしょうか」
「えーっと……何がですか」
苦笑いする龍一郎に噛み付かんばかりに斗路は続けた。
「何がって、ほら……男女の仲となり、それが幾日経ったのか――」
「あーゴホンゴホン! いやぁ今日は暑いわねぇ本当に! あれ、みーちゃんったら顔が熱そうよ? これは大変ね、すぐにお手洗いに行って顔を洗った方が良いわ、さぁ立ってほら早く!」
キョトンとした龍一郎と梨子に構わず、色恋沙汰に免疫が無い故に……何処までも踏み込もうとする斗路の首根っこを掴み、宇良川は猛烈な勢いでトイレへ連れ込んだ。
「しーちゃん、一体どうしたのですか……?」
「あのねぇみーちゃん、私達と会った瞬間に見せた二人の顔……憶えていないのかしら?」
「えぇ、『こんなところで会うなんて』という表情でした」
「そんな生易しいものじゃないわ、『ヤバいところを見られた』って表情よ。仮に……あの二人が付き合っているとする、だとしたらどうして焦ったりするのよぉ。堂々と、デーンと座ってりゃ良いでしょう?」
うぅん……斗路が首を捻り、やがてポンと手を叩いた。
「目撃されては不味い状況だった、という事でしょうか」
「あら、正解よみーちゃん。貴女はさっき、デリケートな領域で土足で踏み込むどころか、タップダンスするぐらい、恐ろしい質問をしたのよぉ?」
斗路は潮垂れた様子で溜息を吐いた。
「申し訳無い事をしましたね……つい他人の恋愛話を聞くと、根掘り葉掘り知りたくなってしまいます。私の悪癖ですね」
「自覚するだけじゃ駄目なのよ……」
でも……斗路は怪訝そうな表情で宇良川に問うた。
「前にしーちゃんが話してくれたではありませんか……一重さんとの関係、これはどうなるのですか? 『くっつくのも秒読みだ』と言っていましたよね?」
それなのよぉ――宇良川はゲンナリとした顔で斗路の肩を叩いた。
「何と無く、何と無ーくよぉ? 最近の近江君……おトセちゃんに疲れているんじゃないかって思ったのよぉ」
「疲れる? 交際していないのに?」
「これは姐さんとも話したんだけどぉ……おトセちゃん、近江君が私とか……姐さんと仲良くするのを、無意識に嫌っているんじゃないかって……」
思い当たる節を斗路に何個か説明するに連れて、宇良川は「本当に彼女は嫌がっているのだ」と再確認するようだった。
自分の中で「一重トセ」が、元気一杯の可愛い後輩から――心中に嫉妬の炎を燃やす女へと移り変わっていくのが悲しかった。
「あぁ……それはそう見えますね。ですが《姫天狗友の会》に在籍する以上、一重さんの悩みは解決されませんよね」
「そういう事になるわよねぇ……会計部も大変らしいけど、こっちもこっちで大変なのよぉ……」
果たして二人は「続き」を帰宅時に取って置き、トイレから重たい足取りで出て行ったが……。
龍一郎達の背中を認めた宇良川が、その場で「あっ……」と呟き立ち止まってしまった。
「どうしましたか?」
「ううん、何でも無いわぁ」
何て事を考えたのかしら、私ったら――心配する斗路に笑い掛け、宇良川は彼らの待つテーブルへと向かった。
貴方達、怖いくらい……お似合いだったわよ。
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