第13話:驚天動地

 何としてでも「フケ」を回避しなければ――。


 梨子の曝け出した八枚のカス札を、対面する龍一郎がジッと見下ろす。




  松のカス 梅のカス 藤のカス 芒のカス

  菊のカス 紅葉のカス 桐のカス(二枚、どちらも白色)




 心許ない手札達であるが、しかし梨子はこれらが内在する「可能性」を感知している。


 どの札も、高得点に絡む事の出来るばかりだ……前向きな彼女の思考を、当然龍一郎はテレパシーで共有するように、「危険性」を察知していたに違い無い。


 一手目、梨子は場札の《紅葉に鹿》を攫い、《萩の短冊》を引き起こす。取り札の得点はこれで一〇点、もう三〇点も取れば《総ガス》は今回に限り、純粋な梨子の味方となる。


「うぅん……」


 首を捻る龍一郎。数秒程唸り、場札の《松に短冊》へ光札――《松に鶴》を叩き付ける。


「さて、ここからが重要です」


 右手の指を擦り合わせ、龍一郎は力を込めて札を起こす。彼の膂力に引っ張られたか、現れた札は《萩に猪》だった。


「ハハハ、どうにも俺と猪は


 取り札を整理する龍一郎に、梨子は「どうして?」と尋ねた。


「何て言うんでしょうか、『ここだ』って力を込めた時、不思議と《萩に猪》が出やすいんです。花ヶ岡に入学してから、そういう非科学的な思考が増えた気がします」


「何と無く分かるかも……皆、そういう流れ? とか重視しますからね」


「特に《代打ち》になってからは、それが色濃くなるようで。《札問い》の前は必ずシャワーを浴びて、それから肩を……」


 肩を、と言い掛けた龍一郎は、苦笑いして「何でも無いです」と答えた。


 一方の梨子は……言い淀んだ何かを知ろうと、《菊のカス》を《菊に短冊》へ合わせる。


「気になりますね。教えて下さいよ」


 起こした札は《牡丹に短冊》、赤い花が場に鮮やかさを加える。


「いやぁ、その……アレです。


 すかさず梨子は「一重さんに、でしょ」と語を継ぐ。龍一郎は気まずそうに頷いた。


「最初は……アイツから言い出して。『緊張を解さないと良手が打てない』って……回数を重ねる毎に、何と言うか……いや、嬉しいんです。好きな人に肩を揉まれたら嬉しいですよ、でも……うん」


 時折龍一郎は梨子を見やり、すぐに俯き……を繰り返した。申し訳無さそうな表情の少年を、梨子は酷く不憫に思った。




 疲れているのに、それでも私を気遣って……。




「……何だか、近江君……凄く疲れて――」


「こちらのお席へどうぞ」


 店員の明るい声が響き、空いている隣のテーブルへ客を誘導した。梨子は一旦口を噤み、飲み物に手を伸ばした瞬間……。


 えっ――と息を詰まらせるような声を背後に聞いた。何をそんなに驚くのだろう……と梨子は振り返ろうとした時、である龍一郎の顔、その変化を認め、彼女の視線はピタリと止まった。


「……っ、……あっ……」


 大失態……龍一郎の頬にそう書かれているようだった。彼の視線は斜め上、梨子の背後へ向いている。


 誰だろう――振り返った梨子は、すぐ後ろに立っていた二人の客に釘付けとなった。


「――あっ」


 思わず梨子は目を見開いた。勿論、現れた二人も同じく……。


「ご、ご機嫌……よう……」


 緩やかなパーマを施した髪を揺らし、ぎこちなく会釈した人物こそ――「素手喧嘩ステゴロ柊子」と渾名される女、宇良川柊子であった。


「ど、どうも……その節は……」


 その隣で苦笑いする濡れ羽色の髪を持つ女は――花ヶ岡にて「第七三代筆頭目付役」の地位に就く、「閻魔斗路」こと斗路看葉奈である。


 彼女達は「渾名」の重みに負けぬ程のであり、梨子が耳にした噂によれば懸賞金すら付いているという。


 だが……今だけは、何処にでもいる「気まずそうな」女子高生だった。互いに顔を見合わせ、先に宇良川が口を開いた。


「……近江君と、左山、さん、だったわよねぇ……」


「……はい」


 梨子が答えるも、彼女の声は芯を奪われたように頼り無かった。


「……そのぉ、ごめんなさいねぇ? 私達、本当に偶然だったのよぉ? 今日は天気も良いでしょう、服でも買いに行こうってなって、良いものが無くて油売っていたら……賀留多が打てるカフェを見付けた、それだけ……そうよねぇ?」


 反応を求められた斗路は微笑みつつも、「え、えぇ」と実にハッキリしない返事をした。


 ふと、梨子は龍一郎を見やる。見た事も無い程の蒼白ぶりだった。




 ここは……そうだ、賭けに出るしかない!




 勝算も期待も無い、まさにギャンブルを――梨子は背中に汗を掻きながら行ったのである。


「……あの、良ければ――」


 一緒のテーブルに来ませんか?


 刹那――龍一郎、宇良川、斗路の三人は声を揃えて言った……。


 一緒に!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る